第4話 雅美の本音
おかしく思われなかっただろうか。雅美の心臓は緊張と不安でドキドキとうるさい音をたてていた。
今日、雅美と美野里は恋人になった。それは望み通りなのだけど、少しだけ望みと違うのは、恋愛感情を伴ったものではなく、あくまで高校時代の恋人役と言う遊びである点だ。
本当は、全部本気だった。いつからか正確に言えないくらい、物心ついた時からずっと、雅美は美野里が好きだった。恋愛感情だと気づいた瞬間に、それが最初からだったとはっきりわかるくらいに、ずっとずっと美野里は特別な存在だった。
だから今日、本当は告白するつもりだった。今までずっと楽しくやってきてそれで満足していたけど、美野里が恋人が欲しいなんて言うから。どこかの誰かにその気にさせられる前にと、思い切って告白をしたのだ。
「……私、美野里のことが好きなの。恋人になってください」
本気だった。この言葉のどこにも嘘はなかった。
「あ、あの……」
だけど美野里はそうではなかった。いつものくだらない掛け合いなら考える間もないくらいすぐ返事をしてくれるのに、言葉に迷って、見たことないくらい困った顔をしていた。
だから一度顔を伏せて、嘘だよと気持ちを切り替えた。そうしてから、だけど美野里をとられることだけは我慢できないから、私と恋人になってほしいとお願いした。
美野里は適当にでっちあげたそれらしい理由に納得してくれて、青春の為のありあわせの恋人ごっこに同意してくれた。
その瞬間、当初の目論見とは変わってしまったけどそれでもすごく嬉しかった。浮き上がってしまいそうなくらい浮かれて、美野里と手を繋いで帰路についた。
手を繋ぐこと、初めてではない。だけどいつからだろうか。些細なスキンシップにどきどきしてしまうようになったのは。
恋人として、手を繋いでいる。そう思うだけでドキドキして、どうしようもなかった。
なんとかその場は取り繕ったけれど、美野里の反応や自分がどんな顔をしていたのか全然記憶にない。ちょっとがっつきすぎてしまった気はする。
家に帰ってお風呂にも入ればさすがに少しは落ち着いたけど、それでもベッドに入って自分の手をふと見れば、恋人になったんだと思い返してまた心臓がうるさくなる。
「……はぁ」
さっきの通話でもそうだ。勉強中はさすがに普段通りだったけど、美野里の口から、仮でもごっこでも、一応恋人になったと言われてドキッとした。
そんなの私が一番意識していることだ。でも意識しすぎて、美野里に変に思われないようわざと恋人らしくないようにしていたかもしれない。
「恋人モードぉ?」
だからそれは謝罪したのだけど、テンションが変なせいで余計に訝し気な声をださせてしまった。自分でもわかる。何だ恋人モードって。今までは幼馴染モードだったのか。
「具体的にはどう変わってるの?」
「え、そう、ね」
突っ込まれて、どう答えれば自然か少し考えた。だけど、そもそもどう自然ならいいのか。昨日までのノリでいけば、それは幼馴染モードなのだしそれはそれで美野里に駄目だしされるだろう。じゃあ恋人モードとは? ……ありのまま、自分の思いを伝える?
全部は無理だ。そんなことしたら、また困らせてしまう。だからあくまで、雅美も今まで恋愛感情があったわけではないけど、今日からその気持ちですよって言う程度で。それでいて、嘘じゃなくて、過剰じゃない程度に気持ちを伝えた。
「……帰り道、手、繋いだじゃない?」
「うん」
「その……ちょっと、ときめいていたわ、よ?」
「! あ、そ、そうなんだ……まあ、なら、いいけど」
言いながら途中でちょっとひよって、最後疑問形にしてしまった。そんな自分が恥ずかしかったけれど、幸いにも美野里は深く突っ込んだりしなかった。
どこか戸惑ったような返事だったけど、恋人モードであることには納得してもらえた。
それはいいけど、結局恋人モードって何って雅美自身が思うし、電話を切った今もどうすべきだったのかわからない。
恋人になれて嬉しいけど、本気で恋をしていると悟られたらまた困らせてしまう。
だからって今まで通り過ぎても、ちゃんと恋人をするようにと言われてしまう。
ほどよく、恋愛感情は今までなかったけど、これから恋人でしかできない青春を味わうためにちゃんと恋人ごっこをするって。なにそれ難易度が高すぎる。
「んあー、もう、ほんと……はぁ」
ベッドの上でごろごろと転がる。さっきの通話はなんとかなった、と言うことにしよう。今更考えても仕方ない。これ以上はしんどいので、手を繋いだことも意識しすぎないよう手を下して目を閉じる。
呼吸を意識して、何とか心を落ち着かせる。
今日、帰り道と夜通話だけでもう頭も感情も情緒もめちゃくちゃだ。恋愛的にもドキドキしたし、それがばれやしないかひやひやしたし、色んな意味で心臓は疲れている。もうくたくただ。
それでも、この恋人ごっこをやめたいとは思わない。
最初の目的とは違って流れでごっこになってしまったけど、名目だけでもちゃんと恋人で、美野里も恋人らしく振る舞うことに前向きなのだ。これ以上のチャンスはないだろう。
美野里がこのごっこに飽きるまでに、今度こそ美野里と本当に付き合えるよう、美野里の心を手に入れるのだ。
明日のデート。それですぐ結果が出るなんて思わない。今までそれなりにアプローチと言うか、思いを匂わせたこともあったつもりだけれどまったく気づかれていなかったのだ。だけどこれからは恋人なのだし、最悪誤魔化せることも考えると、今までよりずっと大胆に動けるはずだ。
少しずつでも雅美を意識してもらって、幼馴染じゃなくて、本当に恋人にだってなれる人間なのだと思ってもらいたい。
「……!!」
こ、心を手に入れるって! 恥ずかしい! 恋人になるだって! あの、美野里と!
雅美は自分でも馬鹿みたいだとわかっていて、それでも自分が考えたことが恥ずかしくってベッドの上で悶えまわる。
内容におかしなことなんてなくて、本当に好きだし、恋人になりたいし、一生傍にいたい。だからそのために努力するべきだってわかっているのだ。
わかっているのに、恥ずかしくってたまらない。だからいつも変に誤魔化したり冗談ぶったりして、今までのアプローチだって全部自分で台無しにして何一つ伝わってこなかったのだ。
全部全部わかっているのに、それでも恥ずかしくて顔から火が出そうだ。一人で部屋で考えているだけでこうなのだから、実際に美野里を前にして、ちゃんと少しずつ意識してもらえるよう、かつ今まで好きだったとばれないようにするなんて。できる自信がない。
美野里が好きだ。嘘偽りない気持ちだ。だけど同時に幼馴染としての関係が長く強すぎたのだ。そのせいで、めちゃくちゃ恥ずかしい。
告白だって、わざわざ手紙をしこんで、いいことがあるとか思わせぶりに言って、なんにもなかったことにはできないところまで自分で追い込んでようやくできたのだ。
ただストレートに事実を伝えただけの告白でそれなのだ。さりげなく美野里に意識してもらえるよう言葉を選んで、かつ雅美の恋愛感情も少しずつさらけ出して伝えていくなんて。
難しすぎる。しかも明日はもうデートだ。急すぎる。言い出したのは雅美だけど、浮かれきっていたので仕方ない。
「……ふぅ」
落ち着け、と自分に言い聞かせる。慌てる必要はないのだ。まだ恋人になったばかりだ。この恋人ごっことの距離感をはかりかねているのはお互いさまのはずだ。一気に攻めなくても、できるところから距離をつめていけばいい。
まずは明日のデート、美野里の好きなタイプをさぐろう。
いやもう、ほんとにそのくらい幼馴染でもさぐれただろ。と自分に突っ込みたい。だけど下手に恋愛の話をして、今まであまり恋愛自体に興味がなく、「親友(雅美)と遊んでるのが一番楽しいしね!」と言ってくれる状態から変わってしまう方が恐かったのだ。
それが先日の文化祭で同級生たちがたくさんカップル成立するのを目の当たりにし、ついに美野里がそんな気になってしまったからと慌てて告白をしたところなのだ。
思い返してみて、めちゃくちゃ行き当たりばったりだ。生まれてからこれだけ時間があったのに。
でも大丈夫だ。まだ時間はたっぷりある。むしろスタート地点にたてたのだから余裕と言ってもいい。
そう、どんなに雅美が今までヘタれていたとしても、雅美には最大の武器である、顔がある。
雅美は自分でも嫌になるくらい自覚している顔のよさがある。それで嫌な思いもたくさんしてきたが、他ならぬ美野里にも顔がいいと思われているのは最高の利点だ。
美野里が雅美の顔をじっと見とれてくれたこともあるし、これは絶対に有利だ。
キメ顔をすれば美野里が見とれてくれることもあるし、その度悔しそうに顔がいい女扱いされている。単純に整っているだけではなく好みの顔のはずだ。あとは性格的に恋愛的に好みになるだけだ。
「……んんん」
悔しそうな顔を思い出しただけで照れくさくなってしまった。美野里の前ではいつも平気なふりをしているけど、美野里が見とれてくれるのは本当はすごくドキドキして嬉しい。
落ち着け落ち着け。大丈夫。まず明日。最初から美野里に首ったけと思われてはいけない。幼馴染の感情しかないけど、恋人のノリをしていますムーブだ。
照れたりうろたえたりせず、冷静に落ち着いて、かついつも美野里にしたかった恋人みたいな距離感で接すればいいのだ。
具体的に何ができるかはわからないけれど、先ず第一に不審に思われないことが重要だ。
恋人の距離感でいれば、美野里の反応も何か変わるかもしれない。変わらないかもしれないけど、雅美のほうがとりあえずとりつくろいながら距離になれたなら、その次へと踏み出せるかもしれない。
雅美は自分を落ち着かせるようにそう何度も言い聞かせ、折角念願の恋人の地位を手に入れたのに、明日のデートも結局まずいつも通りで自分の気持ちがばれないようにして、とりあえず好みのタイプを聞く。という非常に低い目標をたてた。
だから今まで何も恋愛的な発展がなかったのだと言うことも、自分で理解しながら。
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