第3話 ときめけ恋心!
夜になり、お風呂も上がったのでいつものように雅美とスピーカーモードで通話しながら、今日出た課題をしていく。基本的に忘れっぽい美野里は忘れないうちにすることにしている。
「んー、終わったー」
「お疲れ」
「ていうかいつもだけど、雅美ほんと計算早いよね」
「普通よ。普通」
「はいはい。どうせ普通以下ですよ。あ、それと明日何時にする? 外出るなら午後からにする?」
課題を鞄にしまい込み、テレビで適当な音楽を流しつつベッドに転がりながら覚えている内に尋ねる。普段は休日は起きるまで寝ているけれど、待ち合わせ時間を決めるならちゃんとアラームをかけないといけない。
いつもは午前中でも普通に合流するけど、一応デートなのだからお昼も外となると相応のグレードが求められるかもしれない。それは少しお財布的にも厳しいし、待ち合わせにきっちり間に合わせることも考えると余裕を持たせたいところだ。
「そうね。それでいいわよ。13時とかでいい?」
「いいと思いまーす。んじゃ決まりね。待ち合わせ場所は駅前の、あー、なんだっけ、前にできた新しいシンボルの時計のとこでいい?」
「んー。そうね。じゃあそれで」
「おっけ」
これで予定は決まった。美野里は忘れないうちに起床と家を出る前の時間をアラームでセットする。こうしないとついついギリギリまでだらだらしてしまって、外出時間に間に合わないことがよくあるのだ。
「にしても、普段家で待ち合わせだから、なんか変な感じってか、道でばったりあったら気まずそうだよね」
幼稚園も同じだけあって、基本的に家が近いのだ。さすがにお隣さんではないが、走れば数分の距離だし最寄り駅も当然同じと言う距離感だ。
「んー、それは別に、気づいたら声かければいいと思うわよ」
「そう? でもそれってちょっと初デートとしてダサくない?」
「美野里って結構ロマンチストよね。そう言うとこ、可愛いけど」
「からかうなって。いいでしょ別に、ロマンチストでも。私だって乙女だぞ」
くすっと笑いながら言われたのでちょっとむっとしながら美野里は乱暴に言い返した。割とガサツめで大雑把な性格なのは自覚しているけど、だからこそ恋人にちょっとくらい夢をみたっていいではないか。それをからかうのは意地悪がすぎる。
「あら、別にからかってはいないわよ。可愛いって言っただけじゃない。恋人に本気で可愛いって思ったから可愛いって伝えただけなのに、そんなに猜疑心を持たれるなんて、悲しいわ」
「可愛いがゲシュタルト崩壊するっての。仮でもごっこでも、一応恋人になったんだから、ちゃんとそのつもりで接してよね。雅美から言い出したんだから」
恋愛感情がなくても、恋人として一緒に過ごす青春を得るためのパートナーではあるのだから、あまりその辺り今まで通りからかうのはやめてほしい。さすがに幼馴染そのままで手を繋いではい恋人では味気なさすぎるだろう。甘い言葉をはけとは言わないし無理だけど、もう少し形だけでも恋人っぽくしてもいいのに。
付き合いたてだからこそ、意見のすり合わせが大切、と言うことで真面目に注意する美野里に、驚いたのか少しだけ電話の向こうが無言になる。
「……だから、まあ、誤解を与えたなら謝るわ。これでも私、ちゃんとあなたのこと恋人として扱っているつもりよ。その、気持ちだってちゃんとそう言う風に恋人モードに意識して切り替えたわ」
「恋人モードぉ?」
そしてためらったような声音だけどそう言い訳された。本当だろうか。
付き合うとなって最初から、幸せにしてあげるわ、などと飛ばして冗談ばかり言っているけど、それが恋人モードと言うならちょっと普段の冗談が恋人ごっこ風になっただけだ。
恋人モードと言うなら言動だけではなく、こう、何と言うか、なんだろう。
美野里の語彙では言い表せないけど、とにかく告白の真面目すぎる演技のせいでちょっとときめいたりしてしまった美野里としては、上っ面ではなく心構えから恋人モードにしてほしいところだ。
「具体的にはどう変わってるの?」
「え、そう、ね。……帰り道、手、繋いだじゃない?」
「うん」
「その……ちょっと、ときめいていたわ、よ?」
「! あ、そ、そうなんだ……」
幼稚園からの付き合いなのだ。小学校くらいでも何かあれば手を繋ぐのは全く珍しくなかったし、成長してからも手を繋ぐこと自体は普通にしていた。さすがに帰り道ずっとみたいにしていることはもう何年もなかったけど、だからって今更、手を繋ぐことに特別感は覚えなかった。
ごく普通に、触れ慣れた雅美の手だなー。くらいの感じだった。でも、雅美はちゃんと恋人の手だと意識を切り替えてときめいてくれていたのか。
そう思うと急に申し訳ないと言うか、むしろ恋人と意識してしまいすぎてるからわざとからかうような感じになってるのかなとか、そんな風に思って何だか慌ててしまう。
「まあ、なら、いいけど」
そして今更ながら、そうか、恋人と手を繋いで下校したのか、と理解が追いついてしまった。
雅美はちゃんとそのつもりでいたことを思うと、途中可愛い感じで思わずドキッとした時、雅美はずっとドキドキしてたのかなとか、そんな風に考えてしまって、何だか今になってドキドキしてきてしまう。
「……そうよ、その、だから……まあ、明日のデート、楽しみにしてるわ」
「う、うん。えっと、じゃあ、そろそろ」
「そうね。おやすみなさい」
「おやすみ」
なんだかお互いちょっと言葉に迷ってしまって沈黙も発生したし、気恥ずかしくなってきたのでいつもより早いけど今日はこれで通話を終わらせることにした。
切れたことを確認してからスマホを充電し、ベッドに転がりなおす。
思わずドキッとして早くなった鼓動がまた元に戻りだす。
「ふー」
危ない。相手は雅美で、顔がいいのはもちろん、ノリがよくていざとなれば気持ちを切り替えてはしゃぐ人間だとわかっているのに。雅美が美野里を意識してときめいていると思うと、急速に美野里までドキドキしだしてしまう。
このままでは本当に恋に落ちてしまいそうだ。落ち着け私。と美野里は胸に手を当てて自分を落ち着かせようとして、はたと気付いた。
落ち着く必要は果たしてあるのだろうか、と。
幼馴染なのだしあくまで青春の為の恋人役なのに、変にときめいて本気で恋をしていると勘違いしそうになってしまった。と思ったのだけど、よくよく考えると、これは勘違いをすべきなのではないだろうか。
勘違いして疑似的に恋愛感情を持って、そうして恋人関係を楽しむことこそ、青春恋愛の楽しさを味わえるはずだ。本当に形だけより断然意味がある。
だからこそ雅美も気持ちを恋人モードに切り替えてと決めていると言ってくれているのだ。ならば美野里も恋人モードに切り替えて、積極的に雅美にときめくべきなのだ。
どんどん勘違いして、雅美にガチ恋すべきなのだ。
「……いや」
と結論を出そうとしたところで、待てよと美野里の冷静な部分が待ったをかける。
もちろん理屈としてはそうだし、勘違いすべきなのだけど、これあまりに一方的に勘違いしすぎると後々恥をかくやつではないだろうか。
そもそもお互いに恋人になることにしたのは、今お互い恋愛感情なくて一方的にならず重くなく、気軽にあとくされなく楽しめるからだったはずだ。
だからノリとして楽しんで勘違いして、お互い本気の部分をもったとして、どちらかが飽きたら当たり前に親友幼馴染状態に戻るのだ。多分それはできるだろう。
今までだって顔のよすぎる雅美にどきっとしてしまうこと自体はあったし、恋愛感情を本格的に持ったとして、それ以上に幼馴染である絆があると思っているので、どんなに恋をしたってそれでこの絆を失くすことはないと思う。
だがそれはそれとして、一方的にめちゃくちゃ恋心をもってしまったら、多分幼馴染に戻ったときにめっちゃからかわれるだろう。
元々人をからかうのが好きな性格の悪いところのある雅美なのだ。多分その後お互い別の恋人を持ち結婚して老後になってもからかわれる。
「うん」
それは嫌すぎる。なのでここは、雅美にときめいていくにしても、ちゃんと雅美が美野里にときめくのに足並みそろえていくべきだろう。
さきに弁舌で雅美を恋人欲しい気持ちにさせたのが美野里にしても、告白してきたのは雅美なのだから、そこは雅美基準に合わせるのが無難だろう。
明日から美野里は雅美にちゃんと恋をするべく前向きにときめいていくとして、雅美が美野里にときめいて恋をしているか確認しつつ、恋心の成長具合をあわせていかなければならない。
雅美は顔がよすぎるのでちょっとハンデがある気がしないでもないが、まあ雅美も今日の手繫ぎですら意識していたくらいノリがよくて話が早いので、そう難しいこともないだろう。多分今大体同じくらいだ。
そうなると俄然、明日からのデートや恋人関係も楽しみになってきた。あくまでごっこと思っていたが、感情もちゃんと恋人になるなら、だいぶ話が変わってくる。
きっとただのごっこより百倍楽しい青春になるだろうし、なにより絶対気まずくならずあとくされのない恋人なのだ。これ以上の高校時代の恋人として適任はいない。
さすが雅美だ。いつも美野里より先に最適解を導いている。ちょっと悔しいくらいだ。だがそれも美野里が恋人をおすすめしたからなので、まあ実質美野里のお手柄と言ってもいいだろう。
そうと決まれば明日のデート、どんなふうに相手をときめかせようか。
美野里は眠くなるまで雅美とのデートについて思いを巡らせるのだった。
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