第2話 帰宅とデートの約束
「うふふ。嬉しいわ。ありがとう、美野里。幸せにしてあげるわ」
「はいはい」
付き合うことになった雅美は美野里の手を握ったまま笑顔で頷きそう言った。大げさが過ぎる言い方なのにちょっと照れて赤くなっているのは普通に可愛いので、ちょっとムカついてきた。
そもそもさっきも本気なのか、と思ってしまったのはこの顔の赤みだ。普段そんな赤面症でもないのに、しようと思ったら簡単に嘘告で赤面できるってすごすぎるでしょ。
と美野里は呆れながらつないだ手を離し、そっと雅美の頬に触れた。
11月になる空気が冷たくなってきているけど、反するように頬は熱を持っている。普通に照れているようにしか見えない。
それとも、嘘告でごっこ遊び感覚と言っても普通に恋人にはなるのだし、あれでも普通に告白に照れていたのだろうか。だとしたらちょっと、面白いけど。
「な、何急に」
「べーつに。じゃ、さっそくデートしよっか」
「え、ええ。話が早いわね」
急に触れたから少し驚いたようだったけど、そう提案して改めて雅美の手を取ると手を握り返してくれながら微笑んだ。
「そりゃそうでしょ。いやー。にしてもさっきはほんとにびびった」
「あら、なにが?」
その微笑みに、さっきの告白した時の表情が重なって思わず動揺してしまいそうなのを誤魔化して雅美と並んで歩き出す。雅美は楽しそうなまま首をかしげた。
「何がって、あんなガチ告白みたいなノリされたら、そりゃびびるでしょ。雅美、自分の顔自覚してるくせに」
「あら、もしかして私の告白にときめいたの? ねぇ、ドキドキした?」
「……ちょっとだけね! てかからかうなよ。仮にも恋人なんだし、別に、ちょっとくらい顔に動揺したっていいでしょ」
「からかったつもりはないわ。むしろ、ちょっと嬉しいわ」
「ほんと、性格悪いって」
美野里の表情を覗き込みながら、まるで無垢な少女みたいに普通に嬉しそうな顔で言うから、本当にタチが悪い。嘘告に動揺してときめいて嬉しいって、これをからかってなくて質問したなら余計性格悪いのに。それをそんな可愛い顔で言うから、あ、嬉しいならいいか。と言う気分にさせられるのだから。
美野里は雅美の顔になれている。悪戯っぽく冗談が好きで、美野里の思い付きにもいつも付き合ってくれるノリのよさもあって、黙っていたらクール系美少女だけど中身は軽くて楽しいやつだ。
そう全部わかっていて、それでも都度、顔がいいなと実感させられてきたし、笑顔を見せられるとだいたいのことは許してしまいたくなる。全く、顔がいいのはずるい。
「で、なにする? 今日何も考えてなかったけど、デートならいつもと違う方がいいよね?」
何となくつないだ手を軽くふりながら校門をでていつも通りのルートを歩きながら尋ねる。
いつもならこのまま行って駅前の商店街あたりをかるく見たりしつつだらだらまっすぐ帰っている。これが普通に最短ルートだけど、デートなら途中でお茶でもするべきか。ファーストフードは寄ることもあるから、デートっぽくなら喫茶店だろうか。
と思いつつ尋ねると、ぐいぐいと美野里の手をひっぱるようにふりながら雅美はんー、と機嫌よさそうに小首を傾げる。
「むしろ、いつも通りがいいんじゃないかしら」
「え、そう?」
「ええ。いつも通りなのに、親友から恋人になったらどうなるのか。その方が、折角恋人になった甲斐があるかどうか、わかりやすいでしょ?」
「えー、いいけど」
「いいけど? 不満なのね」
雅美の言うこともわからないでもない。恋人がいることで得られる青春と言うのは特別な時だけではなく、当たり前に一緒に過ごすだけでも友達と恋人は違うと言うことだ。
「だって、折角恋人なんだし。もうちょっとこう、らしくしたくない?」
わからないでもないけど、どうせ恋人になったのだから、最初くらいもっとこう、恋人っぽくしたい。折角恋人になったのだから、飽きる前に全力で恋人を楽しみたい。と言うのが美野里の気持ちだ。
雅美から言い出したけど、美野里だって恋人ができたのは嬉しいイベントなのだ。人生初恋人なのだから、色々したいことはある。
「そ、そうね。折角だものね。じゃあ、明日デートしましょう。それでどう?」
「ん、おっけ。それでいこっか。デートかぁ。何する?」
明日は土曜日なのでお休みだ。いつもは特に約束せずに、お互い何もなければ夜の通話でじゃあ何時に行くねって感じで適当にどっちかの家で過ごしているけど、ここはちゃんと計画をたてないと。
お互いの趣味も好き嫌いもわかり切っていて、だいたい何も計画しなくたっていつも楽しい。だけどだからこそ、デートと言えば何をすればいいのか。お互いに楽しいだけじゃなく、デート感を感じるような。
「……ちょっと、すぐには思いつかないわね」
「だよねぇ。定番だと、映画とか? 遊園地とか?」
昔からの付き合いなので、家族も一緒だけど遊園地に行ったことだってもちろんある。映画も何度かはある。だけど所詮バイトもしていない学生二人なので、あまりお金がかかる遊びはしていない。
いつもはしないのもあって、特別感はあるだろう。だろうけど、ちょっと安直すぎるかもしれない。
「悪くはないけど、映画って今別にいいのあったかしら? それなら家で見た方がよくないかしら」
「そうだけど、それだといつも通りすぎない?」
「わかってるわよ。だけど無理にお金を使うって言うのも。そうねぇ……恋人しかしないこと。…………キス、とか?」
「雅美、私の体目当てで恋人さそってきたの?」
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。体目当てで美野里を選ぶわけないでしょう?」
「それ詳しく聞いたらぶっとばしたくなるやつかな?」
雅美ほどの美少女に比べたら凡人だろうが、美野里だって単品で見れば悪くない、はずだ。と言うか恋人を選ぶ際に異性だと子供できたら困る、と言うのは雅美の方が恋人になったらごっこでもそう言うのもしたいからと言うことなのだろうか。別に無理強いされることはないだろうけど、そうなるとちょっと恋人ごっこするのにも話が変わってくるのだけど。
「まあそれはともかく、それは早すぎでしょ。付き合ったばっかだし。んー、まあ、よし。とりあえず気持ちだけ恋人意識するとっからしよっか。待ち合わせて、デート服着てって感じで」
「……さすがにそれは当たり前でしょ。仮にも恋人でデートってなって普段着できたら引くわよ」
「そんな言い方……待って、デート服ってまずどんなの?」
引きながら言われたけれど、よく考えたら美野里は今日恋人ができるなんて想定して生きてこなかったのでデートの服なんて手持ちの用意をしていない。
もちろん服はあるのだから組み合わせればなんとでもなるだろうが、自分の口から出てきたデート服がどんなものなのか全くぴんと来なかった。
「えっ。うーん? 普通に、ちょっといい服じゃないかしら」
「法事の時にきたやつとか?」
「どういういい服で来る気なの。フォーマルって意味じゃないでしょ。そうじゃなくて、ええっと。私も詳しいわけじゃないけど、まあ、自分がより可愛く見える服じゃないかしら」
急に自分のデート力のなさに不安になった美野里だけど、同じデート初体験のはずの雅美はそうさらっと答えてしまう。理屈はわかっているが、そう当たり前に言える服が難しいのだけど。
「うーん、だからそれがさ、むずくない? 雅美は心当たりある手持ちあるの? とっておきの私も見たことない服が?」
「……私は普段からいつデートになってもいい、自分を魅力的に見せる勝負服を着ているわ」
「あっ、ずっる! 逃げじゃん。もうそれは逃げ!」
いつも一緒だった二人なのだから、ちょっと遠出やオシャレしてなんてのも何度もあった。新しい服を買えばファッションショーだってしているのだから、お互いに見せていない服も組み合わせもないのだ。
普段着ではないと言っても、他でもない雅美だからこそデート服が難しい。と言うことに気が付いた。そしてそれは雅美も同じだ。ちょっと何着ても似合うし何着ても可愛いと思って、自分だけセーフにしようとするのはずるすぎる。
「よし、じゃあ明日は、お互いのデート服を選ぶデートにしよ」
「それ、デートなの?」
「デートっしょ。もちろん最初からジャージでいくとかはないわーだけど、着替えやすいカッコで行くこと。いいね?」
お互いデート服がないなら買いに行けばいい。幸い季節の移り変わりで、そろそろ新しい服もほしいところだ。衣替えも終わったので、しまいっぱで忘れたものとダブって買ってしまうこともないはずだし、タイミング的には最適だ。
「んー。まあ、いいけど。駅前?」
「それでいいっしょ。一応高い方もみときたいし」
一番安いのは駅前からちょっと離れたとこのだけど、さすがにデート服だし多少はいいのが買いたいところだ。一番いいのを見てから似たようなのをそこそこお手頃なところで買うのがいいだろう。
「りょーかい。何時にする? 私は一日オッケーよ」
「えー、いつも通り起きてから決めたらよくない?」
いつも起きて適当なところでお互いに連絡とりあって、じゃああと一時間後にーみたいな感じで合流していたので、きっちり時間を決めて会う習慣は二人にはない。休日なのであんまりきちっとするのが面倒なのだ。
「駄目よ。デートなんだから、ちゃんと準備したいもの。一番かわいい私、見たいでしょ?」
「お。うん。おっけ」
にっと悪戯っぽく微笑んで顔を寄せて言われた。いつも可愛いし、それを自覚しているくせに、一番かわいいのを見せたいとか、言葉だけデートと言うだけじゃなくて心構えも特別みたいで思わずドキッとしてしまう。
面倒だし、と言う気持ちを押しのけてときめかされてしまった美野里は、反射的に頷いて了承したのをちょっと悔しく思いながら頭をかいてごまかす。
「んじゃーあー、また夜の通話で決めよ」
「はいはい、もう商店街終わっちゃったね。何か今日、帰るの早くない?」
「そう? いつも通りじゃない?」
「んー、そうね。じゃあ、私がそう思ってるだけね。ふふ。変ね」
「ん? 変なのはいつもでしょ」
手を繋いだくらいで足並みをそろえるために普段より遅くなる必要はなかったし、周りの抜かされ具合を見てもいつもより遅いとは美野里は思わなかった。
だけどなんだかおかしそうにしている雅美に、何だか調子が狂ってしまいそうだ。
その後は別に恋人と言ってもいつも通り話して、先に美野里の家について手を離して別れた。
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