クール小悪魔美少女に嘘告されて付き合ってあげる幼馴染み百合

川木

本編

第1話 嘘告してくるタチの悪い幼馴染

 下駄箱をあけると、可愛らしいピンクの封筒がはいっていて思わずどきりとした。

 教科書なんかの貸し借りで下駄箱にいれた覚えのないものがはいっているのはあっても、こんな全く心当たりのないお手紙だなんて、意味深がすぎるではないか。


 さりげなく下駄箱の中を隠すように体重移動しながら手紙を手に取り、そっと裏返す。


『羽鳥美野里(はとりみのり)様へ』


 と書いてあった。その予想通りで人違いではないことがわかる宛名に、美野里は差出人が幼馴染みの野上雅美(のがみまさみ)だとわかってがっくりした。

 また何か、悪戯心でこんな手紙を仕組んだのだろう。だけどもちろん、幼稚園児から女子高生の今までずっと一緒にいて、彼女の文字がわからないはずがない。


 ちらりとすぐ隣にいる幼馴染を見る。目があい、顔を向けてニッコリ微笑まれた。いつも通り整った顔立ちから繰り出される愛らしい笑みなのに、邪悪染みて見えるのはさすがに穿ちすぎだろうか。


 とは言えここで問い詰めてもどうせ何も言わないのだ。大人しく鞄に封筒をいれ、声をかけるまでもなく雅美と教室に向かった。


 一年生の教室は四階にある。エレベーターがあるのに職員しか使ってはいけないと言うのは差別ではないだろうかと常々思うのだけど、たった一台のエレベーターに行列ができていたら多分結局自分は使わないだろうし、仕方ないは仕方ない。国語の先生とか杖をついてるし、そう言うことなのだろう。

 教室にはいって適当に挨拶しながら自分の席につき、鞄をかけてから手紙を取り出す。中を取り出す。


『放課後、体育館倉庫裏で待っています』


 いや、どこまで引っ張るの。と目の前の背中に突っ込みたくなったけど、しかたない。こうなったなら最後まで付き合ってあげるしかない。手紙を再び鞄にいれると、途端に見張ってたかのように前の席の雅美が振り向いた。


「美野里、今日はいい天気ね」

「そうだね。急に話題振るの下手になってるけどどうした?」

「きっと、あなたにとってとってもいい日になるでしょうねぇ」

「はいはい。うれしー、そうなるといいなぁ。たのしみー」


 お手紙の件を言っているらしい。一体どんなサプライズをしてくれると言うのか。などともったいぶっても、普通になんちゃって告白なのだろう。こうまであからさまだし、勘違いしようのない関係性とはいえ、そうでなければ嘘告なんてかなりたちの悪い悪戯だ。

 確かに昨日、雑談の中で恋人が欲しいと言ったけれど即断即決が過ぎる。雅美は昔からそう言うところがあるし、無駄な行動力も尊敬できる時もあるけれど。


 とは言え、最終的にうっそー、となったならお詫びにジュースの一本でも奢ってもらえそうだし、靴箱を開けた時のどきっ! 私にそんなことが起きるのか! のときめきは悪くなかったので、とりあえず素直にネタバラシを待つことにした。


 いつものように昼休みなども一緒に過ごしても、もう忘れたのかなと言うくらいいつも通りの雅美だった。


「今日は放課後、用事あるから」


 だから美野里としても半ば忘れて、放課後になってから伸びをして、今日はどうするー? と普通に雅美に聞いたところそう真顔で返事をされた。

 え? と聞き返す間もなく、てきぱきと鞄を背負ってあっさりと先に教室を出てしまった。


 用事があるから、とは? 今日なんかあるのかな。と考えてから美野里ははっとして自分の鞄を開いた。手紙を再度確認する。体育館倉庫裏だ。


 いつものトーンなので流しかけたが、さすがに本当に別件で帰る用事があるなら悪戯とはいえこれを仕込まないだろう。なので雅美は間違いなく、この悪戯の仕上げの為に一旦別れたのだ。

 相変わらず芸が細かい。だがそこまでやられると面白いのでOK。ここは美野里も全力で気が付いていない体で乗らなければ。


「あれー、今日一人なの珍しいじゃん。暇なら私らと遊ばない?」

「ごめん、今日大事な用があるから。また誘ってね!」


 なのでポツンとしていた美野里を誘ってくれる級友の有り難いお誘いもなんのその。美野里は初めての告白をされる乙女の顔を作りながら教室をでた。


 で、体育館倉庫裏である。

 体育館倉庫は体育館から通路を挟んで隣である。体育館の裏は普通に部活のランニングで通るので人目を避ける用途には向かないため、倉庫裏を指定されたと思われる。というか入学すぐに一緒に学内探検した際に告白スポットもついでに探してそんな会話もしていたのでそうだろう。

 草木がぼうぼうというほどもなく、ほどほどに手入れされていて、学外と隔てる大きな塀とその脇の木、そして上の方にある換気用の窓しかない倉庫の壁、と言うベストな死角な告白スポットである。


 ふざけて二人で来た時はともかく、こうして一人で来るとちょっぴりもじもじしてしまう美野里だった。


 鞄を背負い直し、所在なさげにしているとすぐにさらに奥の倉庫角から、ひょこりと雅美が顔をだした。

 ちょっとほっとして、もー、遅いよーと言おうとしたが、あげかけた手と共に止まる。


 いつになく落ち着きがないようにおどおどし、顔はこわばり、頬はかすかに赤く、無言でそのまま陰からでてきた雅美。いつも年不相応に落ち着きのある雅美がそんなふうに、子供っぽいような態度だから、何だかおかしいなと違和感になって軽口がでてこなくなったのだ。


「来てくれてありがとう。突然手紙で呼び出して、ごめんなさいね」

「あ、うん。まあ、何で手紙かはともかく、そりゃ来るでしょ。雅美からだし」


 普段から挨拶やお礼と言う基本を疎かにはしない雅美だけど、なんだかあんまり今日はかしこまっているから、美野里は変に緊張してしまいそうになりながら、誤魔化すように頭をかく。

 いつもより少し遠い二歩ほど離れた距離で正面に立つ雅美が、何故か直視するのが気恥ずかしい。


「名前書いてなかったけど、わかった?」

「ディスんなって。フツー雅美の字はわかるでしよ」

「ディスったつもりはなくて……その、ごめんなさい」

「え。あ、うん。別に謝らなくてもいいけど」


 二人の関係性でわからないわけがない、わからないと思ったのはもうディスと軽口で言ったのに、普通に謝られてしまって逆に戸惑ってしまう。

 いつもと違いすぎる。そんな、まるで、恋する乙女みたいな。


「あの、突然こんな事言って驚くかもしれないけど……思い切って言うわね」

「あ、うん」


 雅美はいつにない真剣な顔をしていて、とても何この空気ーなどと突っ込むことなんてできない。頷いて何を言われるのか、待つしかできない。


「……私、美野里のことが好きなの。恋人になってください」


 促した美野里に雅美はすぅはぁと芝居がかったように小さく深呼吸をしてから、そうはっきりと告白した。


「……」


 確かに、告白としか思えないシチュエーションだった。手紙で呼び出し、照れたような可愛い顔で、ためらっていて、告白としか思えない状況だった。

 だけどそんなこと、ありえないはずだった。どんなに手が込んでいても、雅美が美野里に恋をしているなんてあるはずがないから、絶対悪戯だと思い込んでいた。

 だってずっと一緒にいて、ずっとただ仲のいい友達で、相手の考えていることなんて手に取るようにわかるくらい距離も近くて、いつだってお互いの気持ちくらいわかっていたはずだった。


「あ、あの……」


 何とか口を開いたけど、肝心な言葉がなにもでなかった。ただ真っ赤な顔で緊張したような、今まで見たことのない乙女な顔をした雅美があんまり可愛らしい顔をしていて、ただそれに見とれてしまった。

 雅美は美人だ。それは前からわかっていた。その顔を自覚して利用しているようなところもあるし、苦労しているところもあるって知っている。だけどその上で、こんなに可愛い顔をしているのは初めて見た。


 美野里のことを好きで、それでこんな顔をしているのだ。今まで一切気が付かなかったけれど、ずっと隠していたのだろうか。そう思うと申し訳ないような気がして、なんだか胸が苦しくなる。

 雅美の表情に魅入られて、頭が全然まわらない。まずは、気が付かなくてごめんと謝るべきなのだろうか。いやそもそも、恋人になってと言われたのだ。ならそれの返事をするべきなのか。


「……」


 いつも軽口ならいくつでも言えて、毎日馬鹿みたいに雅美と永遠に通話していたのに、肝心な時に限って何も言葉が出てこない。そんな美野里に、雅美はゆっくりと顔を伏せた。

 二人の身長はほぼかわらない。だから少し距離のある状態でうつむかれると、髪もかかって顔はほとんど見えなくなる。


 もしかして、泣きそうになっているのだろうか。嘘泣きもしょっちゅうな雅美だけど、本気で泣くなんて言うのは滅多にないことだ。

 え、どうしよう。と普通に焦る美野里が口を開くより前に、ぱっと雅美は顔をあげた。


「なーんて、びっくりした? もう、全然突っ込んでくれないじゃない。えー、本気にしちゃった?」


 まだ頬に赤みは残っているけど、普通にケラケラ笑い出した雅美を見て、美野里はようやく理解した。


 あ、これ嘘告だった。と。いや! わかっていた! 最初からずっと嘘告だと思っていた! 思っていたのに、騙されてしまった。演技が過ぎると言うか、美人が過ぎるせいだ。


「こ、この、顔のいい女が! こんな、嘘告はさすがにタチが悪すぎでしょ!」

「失礼ね、嘘だなんて言ってないわよ。私と恋人になりましょうって、普通に本気よ?」

「え?」


 ほっとしつつ罵倒すると、お腹をおさえて笑っていた雅美は自分を落ち着かすように胸に手を当てて、どこか不敵に微笑みながらそう言った。

 思わず普通に聞き返してしまう美野里に、雅美は一歩後ろに下がって、何だか楽しそうに口元に指先を当てながら微笑む。


「昨日、美野里が言ったんじゃない。恋人が欲しいって。高校一年生の、今、恋人がいる楽しさは今しか味わえないから、今欲しいって。言ったじゃない」

「え、まあそりゃあ、言ったけど」

「それを聞いて私も思ったの。確かに、って」


 雅美が説明をしてくれるには、先日の文化祭の時にも美野里は高校一年の文化祭は今しかないんだよ! と言って雅美を振り回したのだが、それも何だかんだ楽しかったのでその通りだから自分も恋人が欲しいかも、と思ったらしい。


「私がここを出て目につく端から告白すればきっと、校門を出る時には恋人ができている自信があるわ」

「とんでもないこと言うな。いやそりゃあ、そうだろうけども」


 あまりに顔がいいから、中々私以外に親しい友達ができなかったほどだ。告白だって日常的にされている。恋人が欲しいとアピールすれば、労せずすぐに恋人ができるのは間違いないだろう。

 わかるけど、的確に自分を表現しすぎだ。事実としてとんでもないナルシスト発言なのも事実だから、少しは謙遜を覚えるべきだろう。

 だけど美野里の呆れたような突っ込みも気にせず、雅美はどこか憂いを帯びた瞳で続ける。


「でもさすがにね? 私も高校時代に恋人が欲しいから、何て理由で子供ができてしまったらちょっと、問題じゃない?」

「大問題だよ!?」


 ちょっとどころではないし、何を普通にはにかんだ可愛らしい感じで言っているのだ。と言うか、恋人が欲しいと言うのも高校生としての恋人のいる青春を、と言ったのであり、そんな人生賭けた恋愛の話はしていない。

 あくまで普通に、高校生らしいピュアなやつで、そんな、えっちな意味で美野里は全然言っていないのだ。勘違いしないでほしい。


「だから少なくとも恋人は同性であるべきなのだけど、だとしてもほら、結局私は大して本気ではなくて恋人ごっこの遊びのノリでも、きっと相手は私に本気になってしまうわ。それは少し、申し訳ないと言うか、ね? わかるでしょう?」

「はいはいなるほど? それで、告白しても勘違いしないし、もし遊びが過ぎて一線超えても子供ができないこの私と付き合いたいってことね。はいはいりょーかい」


 そこはさすがに雅美も気恥ずかしかったのか、若干早口で言ったのでそこは察してあげた。

 まあ実際、その認識は間違いないだろう。男子に雅美から告白しようものなら、恋人ごっこだと説明したところで、子供までいかなくてもえっちなことのひとつやふたつ求められるだろう。だってそりゃあ、可愛いから。

 だから男子を避けるのは理解した。昨今は女同士も結婚できるのだし、とりあえず青春の恋人として同性なのは全然ありだろう。わかる。でもそれはそれとして、たとえ相手が恋人ごっこと了解したうえで付き合っても相手は本気になるし、きっとめんどくさい展開になるだろう。

 雅美から告白したのだからと、責任をとって結婚とかなるのは重すぎる。だからそこで、都合のいい女として美野里なのだろう。理解した。


「やだ、私はそこまで言っていないけど……けどまあ、とにかく、そう言うことなのだけど。ダメかしら?」


 言わんとすることは理解した。この雅美の美貌に小学校に上がる前からずっと一緒にいてまだ目がくらんでいないのだから、美野里ほど適任者はいないだろう。なるほど。理解したし、恋人が欲しいと思わせたのも美野里なのだから、そう言う意味でも責任をとるべきだろう。


「雅美……」


 だから美野里はわざとらしく上目遣いで可愛い顔をする雅美に微笑みかけ、そっと右手をだした。


「! いいのね!?」

「これから私たちの高校生活は、恋人のいるバラ色の青春生活だよ!」


 両手で私の手を握りながら目を輝かせる雅美に、美野里はぐっと左手でサムズアップして喜びを伝えた。


 いきなりだし久しぶりに聞く最高にナルシスト発言にちょっと引いたけど、これは美野里にとっても悪くない提案だ。

 美野里は恋人が欲しいとは思っていたが、残念ながら美野里は雅美のようにモテるタイプではない。昨日恋人が欲しいと言ったのも、欲しいねー(無理だけど)と言う愚痴でしかないし、特定の好きな人がいるわけでもなかった。

 とりあえず恋人と言う雑な恋人の幻想と青春が欲しかっただけなのだから、こんなにお手軽にわかりあえる恋人ができるのはむしろ好都合と言ってもよかった。


 と言う訳で、幼馴染の大親友だった二人は、本日から親友兼恋人になります。

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