第20話 微妙に移りゆく世界線
ミヅキと二回目のデートに出発した。
電車に乗って港町へ向かい、手をつないだままショッピングモールを目指す。
「ちょっと買い物していくか」
「だったら、あれを見たい。フューズド・ディフューザー」
「フューズド・ディフューザー?」
「ほら、これ。匂いが出るやつよ」
ミヅキが画像検索したやつを見せてくれる。
話の流れが前回とは少し異なる。
同じような世界のようでいて、会話の内容まで百パーセント一致するわけじゃないらしい。
「ああ、買っていこう。ミヅキも頑張っているから、たまには自分用のご褒美を買わないと。でも、カレンだな。お洒落なアイテムを見たら、絶対に自分も欲しいと言い出すな。最近は勉強を頑張っているみたいだし、二人の分を買っておくか」
「やった!」
微妙に違うという現象はこの他にも起こった。
インテリア用品店で買い物を済ませてから、カフェへ立ち寄った時だ。
ミヅキが注文したのはミルクティー。
前回はキャラメルラテをオーダーしていたから、ここでも明確な違いが出ている。
「あなたは何にする?」
「そうだな。今日はココアにしておくか」
でも、大部分が前回のデートを踏襲している。
たとえば本。
ミヅキは愛読している作家の新刊を手に取った。
映画もそう。
サダオが水を向けると、あのホラー映画が観たい! とボードを指差した。
一回目と大した差があるわけじゃない。
サダオは計画が上手く進んでいることに満足して、ココアに口をつけた。
「ミヅキに変なこと聞くようだけれども……」
「ん?」
ミヅキが本から顔を上げる。
「ミヅキにとって父親ってどんな存在だった? 二十年くらい一緒に住んでいたから、喧嘩する時は喧嘩するだろう。でも、冷静になったら仲直りする。ミヅキは自分のお父さんのこと、好きとか嫌いとか考えたりしたか?」
「う〜ん、どうかな〜。大学進学で別々に住むようになって、滅多に会わないからな〜」
ミヅキの父親は飲食店チェーンの本部で働いている。
同じエリアをずっと任されていて、土曜とか日曜なんかも店舗経営のために奔走することが多いそうだ。
サダオが初めて会った時は、人当たりが良さそうだな、という印象を受けた。
ミヅキいわく、父はお酒とかギャンブルが好きらしい。
その点について、ミヅキの母は一定の理解を示しており、度が過ぎないレベルで許しているのだとか。
あと、スポーツ観戦が好き。
サダオがお邪魔した時、テレビで野球の国際試合を放送していて、画面に向かって元気よく応援していた。
良くも悪くもサダオの父とは真逆のタイプといえる。
ミヅキの父は人間臭い。
「そりゃね、私も昔はお父さんのこと嫌いだったよ」
「えっ? 父親が嫌いだったのか?」
「だって体は汚いし、不潔だし、鼻毛が出ているし、年々太るし、たまに車をぶつけて修理に出すし」
「ああ……まあ……車の修理代は安くないからな」
「でも、歳を取ったら分かるんだよね」
ミヅキは頬杖をついて窓の外を見た。
「お父さんのお仕事、本当に大変なのよ。理不尽なクレームはたくさん受けるし、上司の人から常に叱られるし。周りの不幸を一手に引き受ける立場っていうのかな。でも、家では全然愚痴を吐かなかった。そういう部分は尊敬するなって」
「ああ、そうか」
サダオの父はどうだろうか。
仕事から帰ってきた時、機嫌の良い日と不機嫌な日があって、しゃべらない日は母が話しかけても『おう』しか言わない。
今日は会社で腹立つ事があったんだな、と当時のサダオにも伝わってきた。
父も仕事を辞めたくなった日があったのか。
いや、サラリーマンならあるはずだ。
それを
「あなたのお父さんは安定感があるっていうか、本当にブレない人よね」
「そうだな。でも子供の俺からすると、何を考えているのか分からない人だった。カレンの前だとニコニコしているだろう。現役のサラリーマンやっていた頃はそうじゃなかった。俺に対しても姉に対しても、一日に一回くらいしか話しかけて来なかった」
「寡黙な人なのね」
「まあな」
何がおかしいのか、ミヅキが笑う。
「親子って似ないものね」
「それ、カレンのことを言ってる?」
「さあ……」
はぐらかされたサダオはココアを口に含んだ。
……。
…………。
ロングコートの人物が視界の隅にいた。
その足元には五十円玉が落ちている。
「これ、落としましたよ」
サダオが拾ってあげると、人の良さそうな老人は『ありがとうございます』と会釈した。
親切は何回やっても良いものだ。
二回目を生きるサダオだから断言できる。
カフェを後にしたサダオたちは映画館へ向かった。
時刻はお昼過ぎ。
家まで移動するのに一時間ちょっとだから時間の余裕はたっぷりある。
「ホラー映画を観るなんて、いつ以来かしら?」
「そうだな。カレンが三歳くらいの頃に一回観たかな。ほら、カレンを俺の両親に預けて、今日みたいにデートしただろう。ホラー映画を観たのは、あれが最後だと思う」
偶然だろうが、当時と同じ映画監督だった。
「久しぶりにポップコーンでも食べるか。飲み物は何がいい?」
「お腹が冷えると困るから、熱いコーヒーがいいな」
前回と同一のメニューを注文する。
サダオの頭の中は殺人鬼フィクサーのことで一杯だった。
予告編の間も、本編が始まってからも、あのサイコパスを倒す方法だけを考えている。
落ち着け、サダオ。
何のために毎日体を鍛えてきた。
この一ヶ月で見違えるほど強くなった。
体脂肪率だって二パーセント近く落ちたじゃないか。
だから信じろ。
自分の筋肉を、自分の正義を、自分の家族愛を。
今回のホラー映画は殺人サスペンスだから、罪のない人が次々と殺されていく。
主人公もヒロインも、何回だって死にそうな目にあう。
頑張れ。
生き延びろ。
最後は絶対に勝てるから。
自己投影する内にサダオの手は汗ばんでいた。
……。
…………。
「いたたたたっ……」
映画館を出るなり、サダオはお腹に手を当ててしゃがみ込んだ。
「どうしたの、あなた?」
「急に腹痛が……。最近、仕事が忙しかったから、内臓が弱っていたのかもしれない」
「あら、やだ。大丈夫? あそこのベンチで休む?」
もちろんサダオの腹痛は演技である。
ベンチに腰かけて、病人みたいにふ〜ふ〜息を荒らげる。
「ミヅキは買い物してこいよ。三十分くらい休んだら俺も元気になると思うから」
「すぐ帰った方が良くないかしら?」
「いいから、いいから」
ミヅキは百円均一で日用品を何個か買いたいはず。
サダオは猫でも追い払うように手を振った。
他にやることもないのでスマホを取り出す。
カレンからのメッセージが大量に届いている。
お昼ご飯、アトラクション、キャラクターショー、船のクルーズ、噴水……。
どれも楽しそうだ。
父も母も満面の笑みを浮かべている。
昔から殺人のニュースを見るたびにイライラした。
人を殺すような人間は極刑が相応しいと思っていた。
無期懲役といったら死ぬまで刑務所にいるイメージだが、三十年くらいしたら出所する犯罪者もいたりする。
遺族はどう思うだろうか。
大切な家族を殺した人間がのうのうと生きていることを。
殺人鬼フィクサーはすでに三回殺しを働いた。
サダオが時間を巻き戻しているから、まだ未遂に終わっているだけで、実質は三人を殺している。
間違いなく極刑だ。
死んだ方がいい人間だ。
あれほどの狂人、もはや矯正なんて不可能だろう。
少なくとも警察に捕まって一回は前科持ちになった方がいい。
サダオだけが防げる。
殺人鬼フィクサーから家族を守れる。
カレン宛のメッセージを作文する。
『楽しそうだね。おじいちゃんとおばあちゃんは次いつ遊園地に行けるか分からないから、たっぷり遊んでおいで。怪我だけはしないようにね』
サダオの本音を
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