第11話 復活するタイム・リープ
桜庭ハナヨの葬式は、どんよりした曇天の日、近しい親族ばかり二十余人を集めて行われた。
喪主はサダオの父。
なのだが、かなり神経を弱らせており、大部分をサダオとミヅキが代行した。
カレンが泣いている。
どうしておばあちゃんが死んじゃったの? と真っ当な疑問を口にしている。
ミヅキも目元を真っ赤にしている。
演技なんかじゃなくて、義理の母が死んだことを本当に悲しんでおり、突然の事件にショックを受けている様子だった。
いざ棺が霊柩車へ運ばれる段になって、それまで死んだように固まっていたサダオの父が立ち上がった。
何をするかと思いきや、棺にしがみついて泣き出したのである。
慟哭が会場にこだました。
釣られてカレンも泣き出した。
見ていて胸が痛んだ。
普段は感情を表に出さない父であるが、人並みの愛情はあるらしい。
だったら、なぜ母が生きている内に優しくしなかったのか。
機会はいくらでもあったはずなのに。
男としてのプライドが邪魔したというのか。
母の遺体を焼いている最中、警察官がやってきて父と何やら会話していた。
あまり捜査が進んでいないらしい、というのがサダオの率直な感想だった。
犯人につながりそうな手がかりとして、現場に残されていた足跡が挙げられる。
サイズは二十七センチ。
国内の有名メーカーが販売しているシューズの足跡だ。
県内だけに限っても毎日たくさん売れているから、シューズの持ち主なんて腐るほどいる。
それでも警察はあらゆる靴屋の販売データーを洗っているそうだ。
凶器は石らしい。
庭に落ちていたやつで母の頭をガツンと殴った。
一見すると無計画なようであるが、現場まで凶器を運んでいくリスクがなく、しかも使い終わったらその場に捨てていいから、中々に周到と言えないだろうか。
死因は頭部の外傷による脳内出血。
抵抗した様子がないことから、ほぼ即死と思われる。
前回のカレンの時といい、犯人は思い切りが良くて、サイコパス気質の持ち主といえそうだ。
人は簡単に殺せてしまう。
中には逃げおおせる者もいる。
理不尽さに胸を締め付けられたサダオは、警察官との会話を終えた父の肩を抱きしめた。
「大丈夫だよ、父さん。犯人は必ず捕まるよ」
「どうせ死ぬんだったら、俺が死ねば良かったのに」
「やめろって」
涙が止まらない父の肩をもう一度抱きしめる。
遺恨のある人物の手によって桜庭ハナヨは殺されたと父は考えているらしい。
もちろん心労からくる妄想なのだが、今は自分を責めたい時期なのだろう。
これから父はどうなるのだろうか。
愛犬と一緒に余生を過ごすのだろうか。
次は自分が殺されるかもという恐怖に打ちのめされるのか。
近所の人と世間話することはあっても、共通の趣味を持つような仲間はおらず、下手するとほとんど家から出なくなる気がする。
坂道を転げ落ちていくだけの人生。
そう思うと辛かった。
……。
…………。
父を家まで送り届けたサダオは、自分の家に帰るなり、温かいコーヒーを淹れた。
犯人を許せない。
目の前にいたら石で頭を砕いてやりたい。
悲しみの色に染まっているカレンを見るのもつらかった。
サダオやミヅキと違って、カレンは心底から祖母のことが好きだった。
その祖母が死んだ。
病死でも事故死でもなく他殺によって。
消えない傷として一生心に残るのではないか。
サダオは作業部屋に入るなり内側から鍵をかけた。
マグカップを机に置き、腕組みしたまま考え込んでいると、携帯が揺れていることに気づいた。
「もしもし、俺だ」
「お父さん、どんな様子?」
相手は姉だった。
「さっき家まで送り届けたよ。今日は早く風呂に入って、早く寝るように言ってある」
「やっぱり心配だわ。私がそっちに二、三日泊まり込もうかしら」
「子供の世話があるだろう。無理しなくていいよ」
「でも……」
姉の声が涙で湿る。
「お父さんとお母さんは五十年くらい連れ添ってきたのよ。それが突然終わっちゃうなんて、耐えられないわよ。お父さんってああ見えて繊細なところがあるの」
「そうかな」
サダオの知る父はプライドが高くて他人の気持ちに無頓着なイメージしかない。
「サダオもミヅキさんもお仕事で忙しいでしょう。私はパートタイムだから、しばらく休みをもらってみる。やっぱりお父さんが心配」
「分かったよ。俺もなるべく父さんのケアはするようにするよ」
スマホを置いたサダオは一段目の引き出しを開けた。
祈るような気持ちでタブレット端末に電源を入れる。
前回はカレンが亡くなった後に『タイム・リープ』のメールボックスが誕生していた。
やり直すチャンスがあるのなら、もう一度過去に戻れるはずだ。
「頼む。母さんを蘇らせてくれ」
サダオはすぐに顔をしかめることになる。
『タイム・リープ』のメールボックスはあるのだが、メールが一通しか入っておらず、『あなたも最新スマートフォンを手に入れましょう!』というメーカーからのプロモーションだった。
受信時刻は土曜日の朝六時半。
まだ温泉施設へ出かける前だから母を救うことは可能。
カレンが死んだ時は過去三十日分のメールが溜まっていたような気がする。
しかし今回は一通。
この差は何だろう。
余計な過去まで改変するなということか。
分からない。
が、他に選択肢もない。
土曜日の朝へ戻る。
ミヅキとカレンを温泉施設まで連れて行く。
サダオだけ車で家まで戻ってくる。
道路の混雑状況にもよるが、家から温泉は片道二十分くらいだ。
母が殺されたであろう時刻には余裕で到着できる。
とにかく犯人の確保だ。
コートの不審者なのか不明であるが、この手で捕まえておきたい。
じゃないとまた家族を殺しにくる。
何回でも、何回でも、諦めない限り。
次に狙われるのはミヅキかもしれないし、サダオかもしれない。
ドアをノックする音がしたので慌ててタブレット端末を閉じた。
ミヅキかと思ったが、立っていたのはカレンだった。
「おばあちゃん、本当に天国に行っちゃったの?」
カレンの腕には大きなクマのぬいぐるみが抱き抱えられている。
サダオの母に買ってもらったやつで、カレンはいつも枕元に置いて大切にしている。
「そうだよ。棺に入っているおばあちゃんを見ただろう。煙になって天国へ行くんだ」
「天国って本当にあるの?」
「どうだろうか。カレンは天国があると思うかい?」
「分からない。この目で見たことがないから。お父さんはどう思う?」
「お父さんはあると思っている」
「どうして?」
「昔に観たテレビ番組でな……」
前世の記憶を持った人間のインタビューを放送していた。
前世はどういう名前で、どういう家族構成だったのか。
生年月日はいつで、仕事は何で、死因は何だったのか。
その人物はインタビュアーからの質問にすべて即答していた。
あれが単なるインチキだったか、今となっては分からない。
三十年くらい経っても覚えているから、鮮烈なインパクトがあったのは間違いない。
「その人は天国を見てきたそうだ。穏やかで美しいところだったと語っていた」
「じゃあ、天国って本当にあるんだね」
「父さんは信じている」
納得したカレンが去っていく。
一人になったサダオはタブレット端末を開いて、震える指先で画面にタッチした。
もう一度母に会おう。
ちゃんと親孝行しよう。
『いつも野菜をありがとう。母さんが丹精込めて育ててくれた野菜、とても美味しいよ』
ちゃんと言葉にして伝えよう。
ミヅキとカレンも含めた五人で、今度はうちで食事したらいい。
機嫌の良い日ならミヅキも嫌とは言わないだろう。
たくさんの後悔を背負ったサダオは、母が生きているであろう過去へと飛び立った。
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