第382話 人心掌握する人間が一番怖い

(散々な目に遭ったよ。私はボーイッシュな女性だけが好きなわけじゃないのに…。)


 依頼人の彼の話を夜になるまで聞かされた私は、その呆れるほどの熱意のせいで、男装している女性の事が嫌になりそうだった。そんなモヤモヤした気持ちで白河家に戻ると、


「紫音ママ、お帰り~。が~くんが珍しく上機嫌だよ?」


 出迎えてくれた小春が笑顔の大河を連れて、私の元へ来たので、弟の相手をしてくれた姉を労ってあげると、


「マユマユがスゴく楽しそうに圭くんをゴーモンするって、捕まえていたよ~。ルー姉もそれを見たいって、道場部屋に行った~。」


 拷問という言葉を聞いた私は、小春に大河をもう少し見ててとお願いして、慌てて部屋に急ぐと、


「圭くんは大人になった瑠奈がタイプなんだね、JKの瑠奈は美人で可愛いし、スラッとしてて、マユマユに似てるから…仕方ないよね~。」


 手を縛られて吊るされる圭司と、前に私が着ていた高校の制服を着ている少し大人に変身した瑠奈がいた。


(瑠奈、あなた、何してるの?)


 高校生の年齢に年を取らせた瑠奈は、私よりも背は高いが、胸はあまり大きくなくて、如何にも依頼人が好きそうな条件、背の高い男装出来そうな美人だ。


(あっ!圭司くんの性的な思考が依頼人と同じなら…、あの姿の瑠奈は圭司くんのタイプの女性だ。)


 そんな縛られた彼は部屋に入ってきた私を見るなり、


「あっ、紫音さん。お願いがあります。娘さんを…瑠奈さんを僕に下さい!」


 よほどの精神的な拷問を受けたのか、彼はかなり気の狂った発言をしてしまっていた。そんな彼の発言をとりあえず無視して、


「瑠奈、なんで…あなたが麻友の代わりに拷問をしてるの?彼、成長したあなたの制服姿を見て、性的な興奮するくらいまで壊れちゃったじゃない。何?彼を飼い殺しペットにでもするつもりなの?」


 成長した瑠奈は体型が私ではなく、麻友似なのは少し謎だが、性格まで似られると危ない女になる。そんな危険娘を問い詰めると、


「マユマユが最良の拷問方法を思い付いたから、瑠奈は手伝ってるだけなの~。圭くんイケメンだから、瑠奈の彼氏の一人に加えても良いかなって。この姿で瑠奈が圭くんとデートしてくれるなら、圭くんは二度とお母さんに逆らわないって言ってるけど…どうする~?」


 瑠奈はかなり特殊な拷問方法を麻友から伝授されていた。


(これって…拷問なのかな?圭司くんがヤバい男への扉をこじ開けられただけじゃないの?)


 すべてを却下した私は、瑠奈を泣くくらいまでメチャクチャ叱ったあと、圭司くんの縛られた手を解放して、麻友と瑠奈の行動を謝罪すると、


「いえ、大丈夫です。瑠奈さんのお義母さん。僕は全面的に間違っていました。僕、瑠奈さんとの交際を認めてもらえるように仕事を精一杯、頑張ります。お義母さんに認められる男になれるように頑張ります。」


 拷問の結果、圭司くんの中での私の呼び名は瑠奈のお義母さんになってしまった。


(私の事が嫌いだった彼は一体どこへ…。)


 彼は今までの私への非礼な態度を謝罪、土下座をして、その日のうちに全員への謝罪を行っていた。そのあまりに変わった態度を見た未央は、


「紫音、あなた…彼に何をしたの?お母さんはあなたに女の武器を使って、彼を改心させろとは一言も言ってないわよ?自分が美人で若いからって、仕事仲間にそんな手法を取るのは良くないと思うわ。」


 何もしていないのに、色仕掛けを使ったと勘違いされた未央に私だけが怒られた。それを抗議をしに麻友を問い詰めると、


「拷問って言うのは罪を改めさせるためにある物で、相手を肉体的、精神的に追い詰めて、正しい答えを導き出す改心方法なんですよ?私は紫音様がお嫌いになるであろう、暴力行為からは、最も遠い手法で相手を改心させたんです。


 結果、彼は私への恋心が消えて、恋敵の紫音様を憎まなくなりました。反対に好きな人の親というポジションを紫音様が得る事で、彼はその義母の仕事を見習うようになり、仕事熱心な若者に変わった。紫音様への強い忠誠心を与えたのです。これであなたに楯突く因子はこの会社にいなくなりました。非常に喜ばしき事ですね。」


 そう言って、麻友はかなり満足そうな感じで私へ話してきた。結果はその通りになり、未央は圭司の仕事姿勢が変わったと満足し、綾美社長はさすがは紫音ちゃんや~、と深く理由も聞かずに職場の雰囲気が良くなったと大満足していた。



「ああ、そう言う趣味だったんですね~、依頼人の彼は…。やっぱり、紫音さんと一緒にいると勉強になるな~。大河くんは僕が抱っこしましょうか?」


 翌日から、再び、圭司とのコンビで依頼をこなす事になったのだが、私はかなり困惑していた。


(私への反抗的な態度も周囲への尖りも完全に無くなってる…。君は子供嫌いじゃ無かったの?私と夫婦に見られるのが嫌じゃ無かったの?)


 恋する人間は変わると言うが、麻友の言う…義母のポジションはこんなにも影響するのか?と感じた私は、


「圭司くん…、真面目なのは嬉しいけど、私に媚びを売っても意味ないよ?娘の瑠奈が例の姿になって、君とどうしようが、あなた達が決める事だから…関係ないし、普通に接してくれて良いんだからね?」


 圭司に私は瑠奈の母親だけど、あのバカ娘のする事と私を分けて良いからと告げると、


「瑠奈さんを育てた紫音さんはスゴい人なんです。そんなスゴい人と仕事が出来るなんて…夢のような事なんです。」


 彼は私の言葉の意味を全然、分かっていなかった。彼の中では、瑠奈=私への崇拝になってしまっていた。


(麻友の拷問って、メチャクチャ怖いね…。圭司くんの人格が変わってしまったよ。)


 もちろん、この事に誰も文句を言わない。妹の陽葵はお兄ちゃんが気を使えて、妹へも優しくなってくれたし、感動してるって、私へお礼を言ってきたぐらいだし、未央は仕事が捗るのは良い事だと言って、元に戻す話にはまったく取り合ってくれない。瑠奈もイケメンに好きだと言われる事に対して、悪い気はしないと言うし、小春は大河に優しくしてくるから、今のままが良いと言っていた。


(これじゃあ、普通の若者だった前の圭司くんがメチャクチャ悪い奴みたいになっちゃわない?むしろ、前の圭司くんがどんな人だったかなんて…全員、忘れていない?)


 そんな事を考えていた私と仕事が大好きな若者へと変貌した圭司くんは依頼人と付き合っていたとされる女性に会うため、彼女の昼休みにアポイントを取って、彼女の勤める会社の近くへ向かった。

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