第380話 仕事復帰明けは後輩の補佐
私には悩みごとが二つある…。一つは仕事の不遇と言えるほどの待遇。そして、もう一つは…、
「お母さん!大ちゃん泣いてるよ!」
5歳になり、幼稚園帰りの瑠奈が仕事中の私を呼びつけた。私は仕事の手を止めて、我が家の長男の元へ急ぎ、泣くのが収まるまで、あやし続けていた。
「どうしたの?大河。トイレもご飯もさっき済ましたし、何か、機嫌が悪いの?」
半年前に生まれた我が家の長男、橘
「が~くんは尻尾がムズムズするんだよね~、ハルも生え変わる時にムズムズしちゃうもん。」
もう一人の姉、小春は大河の事を「が~くん」と呼んで、大河に生えてきた狐の尻尾を優しく撫でていた。
(なんで…生まれた時は普通の子供だったのに、尻尾が生えてくるのかな?)
生まれた時は少し耳の小さな普通の赤ちゃんだった彼は生まれてから一ヶ月たったある日、朝起きたら、頭に小さな狐の耳とお尻の上(尾骨)に狐の尻尾が生えて来た。
(狐に取り憑かれた元夫に押し倒されて、妊娠させられると…、こうなるのね。)
我が家の長男はわずか一ヶ月で普通の赤ちゃんでは無くなった。まさにその尻尾がある姿は小春の弟。寝る時も自分の尻尾が気になると寝てくれなくなるし、狐の耳が敏感なのか、物音を立てるとすぐに起きて泣き始めてしまう。
(狐っ子を子育てした記憶なんて無いし、勝手が分からないよ…。)
初めての狐の子育てに悪戦苦闘し始めた私へ白河家の鬼母は厳しかった。現場に出られないため、役立たず判定を受けて、
「紫音がいるとすべてが捗らないし、役立たずだから、家事でもしてなさい。」
最低賃金は出すからと言って、日中は白河家の家政婦を始めた。これでは仕事のキャリアもクソも無い。専業主婦向きのため、家事は得意だが、この仕事とは外部とは無縁の世界だ。陽葵ちゃんからは、
「紫音先輩みたいになりたくないし、結婚しても出産したくないな~。」
と言われた結果、少子化問題にうるさい恵麻からは、
「お母さんは少子化の敵だから、事務所に入って来ないで。」
と邪険されて、霊の仕事を一切、任されなくなった。今の夫?みたいな立場の麻友からは、
「紫音様は私を受け入れて、子供をたくさん作ってくれれば良いんですよ。」
そう言われて、蓮とそっくりのアレを持つ彼女から定期的にHを要求されて、そのドSとも言えるテクニックに酔いしれた私は、アレの機能が本物なら、また妊娠しちゃうだろう。つまり、このまま行くと私の社会復帰は一生訪れない。だからと言って、ウチの子は特殊だから…よそに預かってもらうわけにもいかない。
(早くも、仕事の完全復帰は夢物語だよね…。普通の家庭でも、やっぱり、仕事との両立が大変なのかな?)
瑠奈や小春に面倒を見てもらうわけにもいかず、私は息子の大河が寝るか、上機嫌になるまであやし続けていた。
「給料泥棒の紫音は不要ね、解雇してはどうでしょう?絢美ちゃん。」
未央は私を解雇したらどうかを絢美社長に聞くと、
「アカンよ~、ウチらはこの子のお陰で今があるんやから、それに案外、子連れで頑張っとる姿を見せるのは会社のイメージアップになるんちゃうん?未央姉。」
絢美社長にとって、未央は義姉の時代からの姉であり、絢美が社長になってからは、経営を白河家のブレーン未央に頼りきっている。絢美の意見を聞いて少し考えた未央は、
「そうね、子連れ紫音が役立たずじゃない事を証明出来たら…、ウチにはかなりのプラスだし、依頼をこなしてもらおうかしら?」
そうして、私は子連れでの依頼を受けてもいい事になった。
「え~、今日は紫音さんとですか?」
後輩の若宮兄妹の圭司は私が同伴すると聞いてとても嫌そうだった。
「圭司くん。それ、子連れの私に対してのハラスメントだよ?」
大河を抱えた私は、後輩の彼にハラスメントだと叱った。
「僕は子供が苦手なんすよ。紫音先輩と歩いていたら、僕の子供だって言われるのが嫌なんですよ。」
美男美女の私と圭司くんが隣に歩いていると、世間からは夫婦に見られるらしい。そんな不満ばかり言う彼だったが、依頼人を怒らせていた過去は嘘のように、仕事をこなすサバサバしたイケメンへと成長していた。しかし、そんな彼にも理解できない依頼がやって来ると、
「えっ、浮気したまま死んだから、彼女たちに気付かれないまま、自分の名誉を守って欲しい?」
少しチャラめの霊の依頼人の言葉を聞いて、圭司くんは目を点としていた。
(圭司くん、分かるよ?その気持ち。死んだら、名誉もクソも無いのにね。)
死んだのに浮気発覚を恐れる依頼人に呆れていた私、なのにこのサバサバ圭司は、
「分かりました。女性関係のもみ消しですね?」
裏がありそうな依頼を普通に引き受けた。男性の元を離れた私たちは彼に、
「圭司くん。いくら、依頼人の成仏出来ない理由が仕様もない事でも、もっと、本人から情報収集しなよ。」
と彼に話を聞いて、裏取りをしろと告げて先輩面すると、
「紫音先輩。今は本名とSNSアカウントさえ分かれば、どういう人間かを把握できる時代なんです。しかも、下らない理由で成仏出来ないなら、さっさと解決して、旅立ってもらうのが、効率が良いんですよ。」
そう言って、リュックからノートパソコンを取り出して、死んだ彼のアカウントを調べだした。そこには、堂々と本名でリア充生活を紹介していた。
(依頼人の足が付きすぎてない?浮気したら、絶対にバレるよね?)
ニックネームならともかく、本名でリアルを紹介していたら、浮気発覚ごときを恐れるなんて、明らかにおかしい。こんな単純な事に気付かないなんて…この子、大丈夫か?
そんな、仕事の詰めが甘い彼に、
「圭司くん。これダミーアカウントとじゃない?表向きでは、女性が一切、写っていないし、一人男の硬派っぽいクリーンなアカウントだよね?でも、依頼人は複数女性との交際発覚を恐れているんでしょ?何故だと思う?」
私は先輩として、裏を読めとアドバイスしたら、
「だとしても、自身も認める浮気野郎には変わらないですよ。捨てアカに女性の気が無いのなら…、裏アカを探すまでですよ。」
私は仕事を所々、ハショってしまい、真意を掴まないまま、安易に進める彼への不安を覚えていた。
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