第376話 子供たちにも言い分はある

 恵麻との話を終えた私が事務所を出ると未央に話し掛けられた。

 

「紫音、生まれてくる子は男の子だよね。私、この年齢になったから、分かるんだけど…、子供をもっと欲しいと思っても、リスクがあるからもう、産まないって決めてるんだけど…、今も美空の兄弟がやっぱり欲しいなって思うの。」

 

 言葉が詰まっている未央を見て私は、家族の間で何かあったんだと察知した。

 

「未央お母さん。私の妊娠で、美空に弟が欲しいって言われたの?」

 

 そう尋ねると、コクンと頷いたあと、

 

「性については話して理解してくれていると思ったから、私、美空を叱ったんだけど…ケンカしちゃった。」

 

 娘が大好きな彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

(あれ?未央お母さんにしては珍しく…重症?)

 

 私はメンタルにダメージを受けた未央へ掛ける言葉を考えていた。どうやら、大きくなった私のお腹を見て未央は複雑な顔をしているようだった。その表情を見た私は、

 

「未央お母さん…、今は子供を産むだけが、子供を持てる選択肢じゃ無いよ?私はそれが分かっているから、血の繋がらない恵麻やメグを娘として育てているの。」

 

 自分の血が繋がらなくても、大切にしたいと思う気持ちさえあれば…、美空にいくらでも兄弟や姉妹は増やしてあげられる事を話すと、

 

「うん、分かってるわ。私にとってはあなたも娘だもん。私も老いて、少し弱気になってたわ。ゴメンね。」

 

 彼女がそう告げて立ち去ろうとしたため、私は彼女の手を掴んだあと、

 

「未央お母さん…、私の生まれてくるこの子への教育はお母さんに任せようと思ってるの。私が一人で育てると瑠奈や小春みたいに少し変な子になっちゃうから、私の子たちにも、鬼の母親として厳しくして、一緒に育ててくれないかな?」

 

 私は自分の子供だからと言って、優先するつもりも無い。恵まれていない環境にいる子供がいたら、産まれたばかりの赤ちゃんをほったらかすかもしれない。私はそんなダメ母親なのだと彼女に伝えると、


「血の繋がる我が子との距離の取り方…か。ありがとう紫音、お母さん…少し考えてみるね。」


 その一言を私に伝えると、お礼を言ってくれたあと、少し微笑んでその場をあとにした。



 リビングに戻ると少し騒がしくなっていた。行ってみると瑠奈と小春が何かを始めたようだ。


「反対!反対!娘の差別、反対!」


 まるでストライキをする若者の感じで、瑠奈がダンボール製のボードを掲げて叫んでいた。必死な姉の横で小春は何の事だか分からないが楽しそうなので、反対運動に参加しているみたいだが、


(いつもなら、瑠奈の戯れ言なんて、未央・美空親子に速攻で鎮圧されるけど、あの二人はケンカ中だから、騒ぎを聞いても、現れる気配が無いね。)


 見事なタイミングで私への抗議運動を始めた瑠奈に、


「娘の差別って、お母さんが何をしたの?」


 理由が分からないため、瑠奈に尋ねると、


「最近、瑠奈よりもコハるんばっかり良い思いをしてるよね。瑠奈もマユマユとイチゴのフルーツサンドが食べたい!小鈴ちゃんと肉が食べたい!瑠奈は一人で歩いてたら、恵麻お姉ちゃんの鳥に拐われただけだもん!」


 このおバカ次女は自分の待遇の悪さに文句を言っているみたいだ。事件解決の時に、小春だけがお肉とスイーツを食べに連れていってもらった事への抗議を何故か、私に対して訴えているようだった。


(そんなの知らないよ…。あのあと、小鈴や麻友が勝手に三人でご飯に行ったんでしょ?それがなんで、私のせいなの?あと…、人を暗殺した帰りに豪華なご飯を食べに行くって、どういう神経してるの?特に小鈴。)


 神里家のイカれた養女と娘の行いに呆れていた私。ご飯を食べた事を小春から聞いて、何故か、その話を聞いた事もない私にキレる瑠奈。関係者のほぼ全員が理解不能な行動をするため、


「瑠奈、お母さんが怒ったら、怖いの知ってるよね?未央お婆ちゃんは説教で精神攻撃をするけど、お母さん…自分の子供へは容赦なく、武力鎮圧するよ?」


 若干、八つ当たり気味の娘の言い分は聴かずに捕まえようとすると、


「暴力反対!反対!ゴリラお母さん、反対!」


 姉の悪い所が似て、母親の事をゴリラ呼ばわりする瑠奈が捕まえられないように上手く距離を取って来た。


「鬼ごっこやる~、ハルもまぜてよ~。」


 無邪気なのか、おバカなのか分からない小春が参加して来た。


「じゃあ、お母さんの代わりに小春が鬼で、瑠奈は逃げてね?瑠奈が一分間逃げ切ったら、フルーツサンドでも、肉でも好きなだけ、食べさせてあげるわ。」


 ご馳走をエサに姉妹の鬼ごっこ対決へ持ち込むと、


「お母さん。本当?なら、全力で逃げる!」


 瑠奈は確実におバカのため、食べ物をちらつかせると母親へ反乱するのを止めた。しかし、5秒も経たないうちに、小春が瑠奈を捕まえたあと、じゃれた勢いでソファにバックドロップをして瑠奈を叩き付けた。


(うわ!瑠奈…弱!すぐに捕まっちゃったよ。)


 瑠奈を振り回し楽しそうな小春だったが、楽しいのも束の間、


「お前ら、またか!人ん家で暴れんなって言うとるやろ!」


 屋根から騒ぎを聞き付けたマリアに捕まり、小春は猫のように首を掴まれて怒られた。狐耳をペタんとさせて、へこむ小春。


「ウルサイのはルー姉だもん。ハルじゃないもん…。」


 こうして、瑠奈の反乱は瞬時に鎮圧された。


(瑠奈って、怪物級の生き物に囲まれてて少し、可哀想だよね…。)


「瑠奈、食べにはいかないけど、何かを作ってあげるよ。だから、二人で帰ろっか?」


 小春は騒がしくしていた主犯として、マリアに連れ去られたため、残された瑠奈のご機嫌を伺うとすぐに上機嫌となり、


「肉~。瑠奈はチキンがいい!アッサリした照り焼きが食べたい!」


 意外に安上がりの瑠奈の発言を聞いて、帰ろうとしていたら、リュックサックなどの荷物を背負った美空に遭遇した。


「お母様にしばらく紫音お姉さまのお家で暮らすように言われました。」


 家出娘のような美空の後ろから、未央が現れて、


「美空と話して、紫音の出産後の手伝いをしばらくさせようと思うの。代わりに瑠奈を預かって、私がしつけをしてあげるわ。」


 そう言って、マリアに連れて行かれた小春のように、瑠奈は未央に連れて行かれた。


(あっ、チキン食べたいって言ってたのに…可哀想。約束したし、明日に届けてあげよう。)


 私は大好きな姉の家に行けるはずなのに、少し複雑な顔をする美空の手を引いて、一緒に自宅へ帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る