妊婦の生活はもっと大変

第356話 風評被害で不運なあの子

 最初に妊娠した時もそうだったけど、妊娠の後期に差し掛かると重心が変わるのか、歩くのに少し違和感が出るし、この体の場合、胸がかなり膨らんでくる。人にもよるが、子供を身籠る幸福感に満たされていて、性格がよりおおらかになってくるみたい…。


 恵麻には貧乏性と呼ばれるくらいの私は不安や危機があれば、逆に興奮して快楽を得られる危ないタイプらしい。だからこそ、妊娠状態に興奮して幸せホルモンが出まくる。そんなヤバめの私に、


「先生、そろそろ、ノンフィクションドラマの後期の撮影ですけど、いけますか?」


 さすがの日向でも、妊婦の私への配慮を見せてくるが、


「大丈夫。ひなちゃん、ありがとう。台本を見たけど、後半はイジメられる役じゃ無いんだね。」


 さすがに妊婦へのイジメはイメージが悪くなるのか、脚本家の恵麻は描かなかった。それに対して日向は、


「紫音ちゃん、がんばれコールには驚いたよ…。小鈴役の私は完全に世間での嫌われ者になっちゃいましたね。」


 ノンフィクションドラマとはいえ、私への苛烈なイジメ行為は、演技が素人過ぎる日向のせいで、度を越すものになり、ドラマの放送が続く度に紫音派が増えていった。得をしたのは私と親友の芽愛役をしたエミリちゃんだ。


「作戦成功ですよ。紫音先生の教えもあって、ついにアイドルとしても、ローカルから、東京でのパフォーマンスを出来る事が決まりましたし、先生のおかげです。」


 エミリは紫音の健気な親友を演じる事で、主役を超えるほどの人気を獲得して、大学生の芽愛本人からも、お礼があった。一方で、悪の一族として一番評価を下げたのは…、


「紫音!海外から帰ってきたら、私が物凄い悪者になっていて、おまけに人格に問題があるからって、代表入りを見送られたんだけど?」


 本当は良い子なのに、悪者にされた小鈴は女子サッカーの日本代表の司令塔候補ナンバーワンだったのだが、ドラマの影響を受けて世間からバッシングされて、代表落ちを食らってしまった。


(だから、実名はダメって言ったよね?小鈴が実害を受けているし…。)


 もちろん、悪の一族のトップの桜子にも、風評被害は向かうかと思ったのだが、彼女は桜子役の女性に人気の女優さんを使い、被害を最低限に納めた。反対に演技がスゴいと言われて、称賛を受ける始末だ。


(なるほど、演技が下手な日向に世間バッシングが行くように仕向けたのか…。)


 何故、素人の日向が悪の女子高校生役なのかを私は理解した。小鈴は自分の祖母に裏切られた形だったが、問い詰めても、あの悪魔は惚けるだろう…。


「私じゃなくて、脚本家の恵麻に言いなよ。小鈴を悪役にしたのはあの子なんだから…。」


 小鈴に文句は過激な書き方をした脚本家に言えと話すと、


「あんたがあの子の母親でしょ!子の不手際は親の責任!」


 スゴく怒ってくる小鈴。そんな彼女に、


「小鈴、あんまり言うと…、リアルでも、妊婦の私へ詰め寄って、イジメているって思われるよ?リアルは超仲良しって、みんなに思われる方が賢い生き方だと、私は思うけど…?」


 私と仲良くするしか、イメージ回復出来ない事を教えると、


「はめられたよ。私の印象はひなちゃんと紫音によって、破壊されたんだ。」


 もう、終わりだ…って、感じでへこみ出した小鈴だったが、数秒後には、すぐに立ち直り、


「よし!紫音。妊娠中はあなたの代わりに、私が白河家で働いてあげる。どうせ、プロサッカー契約も風評被害でおじゃんだし、フィギュアスケートはもっと、アレだし…。」


 悪役はオリンピックに出られないと悟った小鈴は日本に残って、私の出産までは白河家で働くと言った。


(小鈴はメンタル強いね、世間から嫌われても、めげて無いな…。)


 霊力の強さ=精神力の強さのため、私には劣るが、小鈴は最強クラスの女性だった。この程度の事では本人のメンタルには影響なしだ。


「ひなちゃんは甘いよ。私が演技するなら、刀で決闘を申し込んで、殺しちゃおうとするけどな~。」


 小鈴が本人役を演じるなら、イジメるのでは無くて、刀で武力抗争を始め出すアドリブを入れると言っていた。


(小鈴、あまり脚本に沿わない事をしたら、恵麻がぶちギレて乗り込んでくるよ?)


「私は先生や小鈴ちゃんみたいな、バケモノじゃないですよ~。」


 それを聞いた、日向は笑いながら、私たちをバケモノ扱いしていた。


「ひなちゃんは老けないバケモノだよ。20代前半の私でさえ、それはもう似合わないし…。」


 小鈴は私たちが着ている女子高校生の制服は、私に似合わないと話していた。


 確かに小鈴と会うのは6年半ぶりだ。私は高校二年で飛び級してアメリカの大学へ、彼女は高校卒業後にドイツへサッカー留学したため、最初の妊娠出産があったとはいえ、他の人よりも一年早く大学を卒業していた。


(恵麻は通常より十五年早く、大学を首席卒業したけど…。あの子は格が違う。)


「紫音は良いよね、頭が良いから、私なんて、学年トップを取れないのなら、大学への進学は認めないって言われたもん…。怪童の恵麻ちゃんを除くと、素で学年一位だった紫音が抜けても、あの化け猫マリアと麻友には一度も勝てなかったし…。」


 すべての大学に合格できる頭脳を持ちながら、祖母より、大学進学の許しを得られなくなり、スポーツ留学を選択したらしい…。


(大学進学させないって、いつの時代だよ…。)


 確かに桜子は、実質一位の成績だった私へは進学について、何も文句を言ってこなかった。きっと、一番が好きな女なのだろう。スポーツで金メダルを目指していた小鈴は思わぬ形で祖母や恵麻からの妨害を受ける事になった。


「まあ、紫音が同じスポーツを始めたら、また、私は負けるんだけど…。」


 すでに小鈴には、身内への負けグセが付いていた。私や麻友という存在が無ければ、彼女は常に一番を取れるレベルの優秀さがあったのに、伯父の元嫁や最強の養女に負けた神里家の正統な孫の小鈴にあの悪魔はあまり関心を示していない。政略結婚の駒、程度の扱いだろうと考えていたら、


「あっ、麻友~、こっちだよ~。紹介するね、私の娘のサラよ。」


 彼女はそう言って、神里家の養女で私の元夫?の麻友が抱えていた3歳くらいの女の子を私に紹介して来た。


(はぁ?聞いて無いんですけど!小鈴って…子供がいたの?それに、麻友、帰国したのなら、私に連絡をしてよ~。)


 彼女の子供はちょっと日本人離れしている少女だった。きっと、外国人との子供である事を私は瞬時に理解した。

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