第350話 狐に関わるとロクな事にならない

 強力な妖気を浴びた私は相手の術に掛かってしまい、まったく動けない。そんな中、抱きかかえていた小春の中に九尾の狐が目覚めた。


「この幼き体では力が使えん…、ちと、体を借りるぞ、紫音。」


 小春の中に目覚めた九尾の狐がそう言うと、私の体の中に別の魂が入り込んで来たと思えば、


「主の魂は邪魔じゃ、しばらくは小春の体にでも入っておれ。」


 彼女がそう言った瞬間、私が小春になって、自分の事を見つめていた。しかし、動けるようになった私はすぐに、


「いや、それなら私が戦うよ。その体には私の子供がいるし、休んでて。」


 小春になった私は自分の魂に眠る能力を開放した。


(スゴい…、これなら、アイツに勝てる!)


「ほう、母君は事如く、わらわの想像を超えてきよる。フム、確かに今の体は子を宿しておるからな。ここは主に任せるぞ。」


 私は小春の体で目の前にいる狐に退治する事にした。


「紛い物が勝てない事実は変わらないわよ?その体も私を見た瞬間に…。」


 狐が話し終える前に私は鋭い爪で首を跳ねた。


「同じ技は私には通じないわ、見た目が幼いからって、舐めないで。」


 本家の九尾の狐は小春の方だと言わんばかりに、玉藻前を瞬殺した。


(小春の体って、野性の獣みたいに身軽いわね。思ったよりも数十倍は速く動ける。それに瑠奈よりも遥かに強い。)


 結局、魂が私である以上は、誰の体でも強い私に、


「さすがは私の娘ね。さあ、帰りましょう、小春。」


 そう言って、私の体を抱きかかえたので、


「それは私の体、用が済んだなら、返してよ!」


 しかし、小春の体は紫音が好きなため、上手く力が出せない。


「ん?どうしたの?小春、いつもなら、ママって甘えてくれるのに。」


 私のフリを続ける狐に小春の体で文句を言い続けていると、


「小春、どうしたの?反抗期なのかしら?どうしよう…。こんな事は今まで無かったし、恵麻に相談しようかな。」


 そう言って、私を抱き締めたまま、恵麻に電話で相談し出した。


(え~、体を返してくれないの?恵麻、助けて…。)


 アイドルの事を弄び、楽しんでいた狐を退治した私は紫音に成りすます狐と一緒に京都へ帰る事となった。


(しかし、体の記憶があるのか、私とソックリだよね…、暴れると母親として、普通に叱り付けてくるし、どうしてこんな事に…。)


 帰りの電車の中で私は、取りあえず抵抗を止めると彼女は母親のように優しく抱き締めてくれていた。


(一生、小春のままって事は無いよね?元に戻れるよね?)


 不安でいっぱいの私に紫音の体の小春は、


「小春、どうしたの?お母さん、しばらくは仕事が無いから、一緒にいようね。大好きよ、小春。」


 その娘を愛して愛でる姿は紫音そのもの…だった。



「お母さんはやっぱりバカなのね…。」


 白河家に帰るなり、小春の体になった私が紫音だと説明していると、バカだと罵られた。理由を聞くと、


「霊力をまったく持たない4歳の小春の魂がお母さんの体に入ると、どうなるかを考えなかったの?幼い分、記憶の塗り替えが即座に起こるの。心身ともにもう、あれは紫音お母さんになったの。そして、あなたは小春。私の妹なんだから、次、呼び捨てにしたら、怒るからね。」


 起こった事象を説明したあと、姉には敬意を払えと叱られた。


「じゃあ、あの前世の記憶の狐はどこに行ったの?」


 聞いて見たが、どこに行ったのかがすぐに分かった。


「もしかして、お腹の赤ちゃんの体に入ったの?」


 紫音の体の中にはもう一つの生命が宿っている。つまり、小春の魂は母親の体に行き、私の体で分離した前世の狐の魂は赤子の体へ移動した。だから、呼び掛けにも反応しなかったのだ。


「そ、元に戻るのは、最短でお母さんの出産後。産まれた子が九尾の記憶を取り戻さなければ、もっと、先って事。」


 愕然とした事実を知った私の狐耳が小春がへこんだ時のように、ペタんと倒れると、


「それそれ、やっと、小春らしさが出てきたね。その調子だよ。私の可愛い妹、小春ちゃん。」


 恵麻は何事も無かったかのように、私を小春と認識して可愛がってきた。


(酷いよ、今から私は恵麻や瑠奈の妹の小春…。)


 小春の姿で鏡に映る今の姿を見て、狐に関わるとロクな目に合わないと感じた私の狐耳は見たこと無いくらいにペタんと倒れていた。


 元に戻る気満々の私は今回の事を恵麻、瑠奈、マリアの三人にしか、伝えずに黙っていたが、桜子にはすぐにバレた。


「再び、血の繋がる関係になれたわね。」


 と言われて、孫として可愛がられる羽目になり、未央にも言わない事にしたが、小春の姿で料理を作っていたので、こちらも味付け問題ですぐにバレた。


(女の勘がスゴいんだよね…。)


 しかし、幼児の体の私には秘策がある。それは…、


「大人になった、コハるんが双子の姉より可愛いなんて…あり得ない。」


 野菜大好き小春の体を瑠奈の能力で24歳の姿に成長させると、瑠奈の時よりも背が低くて、母親とそっくりの美人になっていた。どうやら、肉食よりも草食生活をした方が、母親の美しさに近付ける事が分かった。


 この事実に瑠奈の野菜嫌いは治りそうだが、継続する力が無い瑠奈は食生活を改善する事が出来なさそうだった。


「双子で成長する姿が違うって事は、性格の差よ。嫉妬などの負の気持ち、醜さが顔に出るの。」


 恵麻は破天荒で生意気な瑠奈よりも、私が成長させる素直な小春の方が、断然に性格が良いから、綺麗なのだと結論付けていた。


(そうなんだ…、遺伝以外に、性格である程度の美しさが反映するんだね。)


 人の見た目は成長期に食べる食べ物はもちろん、心の綺麗さで変わってくる。母親に激似の小春の将来は明るい…、そんな事が分かった私は小春の体で安堵していた。


 この体で過ごしていると、


「小春ちゃん、可愛いな~、さっ、お風呂に入ろ!」


 ちょくちょく、変態三十路女の日向が家に来ては、抱き締めて、イヤらしい手付きで耳を触って来る。いつも、お風呂に連れて行こうとするのを


「小春は渡さないよ、ひなちゃん。」


 真面目で頼りになる母親の紫音が守ってくれる。そして、日向を説教して、追い返そうとする。


(ちゃんと母親をしてくれてるし、私も小春っぽく振る舞わないと…。)


 そう思いつつも、この体は母親が好きなので、いっつも引っ付いて、本物の小春らしく甘えてしまう。


(ちょっと、悪いよね、娘と体を交換する事で代わりに出産してもらうなんて…。)


 妊婦はこれからが大変なのに…、その辛い事を代わってあげられない事に、私は申し訳ない気持ちになっていた。

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