第349話 格の違う強さ

 私は小春を抱っこしながら、ボイストレーニング中のシェリの元へ向かうと、


「あっ、紫音先生ですよね…。あの~、昨日は酷い事を言ったり、呼び出して、暴力的な事をして、スミマセンでした。」

 

 昨日、体を乗っ取られた時に行った事を謝罪されたが、「気にしないで」と話して、練習を続けさせた。

 

(自分の意思でやった事になるんだ…。あの恵麻が作ったチョーカーを外したらどうなるんだろ?)

 

 彼女は首元のチョーカーを外す事なく、普通に行動していた。どうやら、霊力が無い者には触れないし、見えない仕様らしい。

 

(って事は、昨日は誰かが、ウサギに付いていたチョーカーを外したの?一体…誰が外したんだろ?)

 

 昨日にシャチが食べた仮面野郎以外にも、他の何者かがいる?その可能性を拭えない私はトレーニングを終えたシェリに聞いてみる事にした。


「ねえ、シェリちゃん。昨日にウサギを誰かに渡されなかった?」


 そう尋ねてみると、


「そっ、そうですね、ものすごく綺麗な女の人にウサギを抱っこさせてもらったんですけど、その時になんか…急に暴れたくなって、会ったことも無い紫音先生の事が憎くて憎くて堪らなくなったんです。紫音先生と恵麻って言う娘だけは許さないって…。」


 彼女は誰かにウサギを渡された瞬間に、私と恵麻に復讐をしようと考えたと言っていた。そして、暴走族を従えて南港で待ち伏せしたと語った。


(あの口の悪い元ウサギ野郎に体を乗っ取られて、その間の記憶が曖昧になったんだね、きっと…。)


 体を勝手に使われたシェリに聞いた事で、私は新たな怪しい人物の情報が手に入った。


(綺麗な女の人とやらが、奴の復讐劇に手を貸したって事?しかも、失敗する事を見越して…だよね。)


 元ウサギ野郎に適合する体を狙っていたが、近くにいたのは弱いシェリのみだったため、シェリが狙われた。普通、復讐の成功を考えるなら、もっと霊力が高い人物を物色したあと、慎重にやるべきだ。


(と言う事は…、最初から奴は陽動要因で私をここから遠ざけたかった?)


「シェリちゃん、ちょっとゴメンね。」


 私はシェリの首のチョーカーに手を掛けて外したあと、それを劇場の中に潜入中の小春用護衛ロボのウサギに付けた。しばらくすると、


「あっ、紫音先生…、何かご用でしょうか?」


 シェリの声で私に少し怯えながら、ウサギロボが喋りだした。


(可愛い声!人格が塗り替えられて、真面目少女にコピーされてるよ。)


 あんなに口の悪かった奴は、チョーカーに人格を押し込められて、それを付けていたシェリのような人格に塗り替えられてしまっていた。


「あなたなら、分かるよね?あなたに手を貸した相手がどんな女性だったのか?」


 そう言って、少し厳しく問いただすと、


「うう~、答えます、答えますから、怒らないで。」


 すっかり気弱な女の子の人格になった奴は、


「何だか…、雰囲気だけは紫音先生に似てました、あれは玉藻前って言う綺麗な女性に化ける妖怪です。」


 ウサギがそう答えたので、次に裏切ったら、丸焼きにして君の後輩のシャチ君のエサにするからねと言って、小春の護衛活動に戻れと命令すると、「御意」と可愛い声で近くにあった穴の中に入っていった。


(やっと、ウサギの見た目と声がマッチしたよ。真面目なシェリちゃんの人格のコピーペーストが成功したみたいだね…。)


 あとで恵麻に怒られそうだが…、私はあの子を許してあげる事にした。


「玉藻前って、九尾の狐が化けた女性の姿の名前だよね…。小春は前世の記憶が無いの?」


 九尾の魂を持つ小春に尋ねると、理解が出来ずに首を傾げていた。


 小春の前世の九尾の狐とは違う九尾の狐がいる事に驚いていたが、世界は広いため、そう言う事もあるんだなと考えていた。


(九尾って事は、私が同じ姿をしたら…共鳴とかしないのかな?)


 私は念じ始めて、九尾の力を借りると、狐の耳と九尾の尻尾が飛び出した。尻尾穴を出すため、ワンピース制服を脱いで、近くにあったアイドル衣装のブラウスとプリーツスカートに履き替えて、いつものようにファスナーを後ろに向けて尻尾を出した。


「ママ、ハルとおそろい!尻尾がフワフワ~。」


 子供狐の小春には尾が一本しか無いけど、大人で霊力が高い私には立派な九本の尾がヒラヒラと生えていた。


(小春が近くにいるから…、いつもよりも力が増している。これなら…同族の事をすぐに察知できそう。)


 私は早速、その動きを察知した。


(上って事は、ここの屋上にいるって事?)


「シェリちゃん。ここの屋上って何かあるのかな?」


 私のケモミミ姿に唖然とする彼女に聞くと、


「えっ、あっ、はい。確か、屋上はあるはずですけど…、ずっと、立ち入り禁止だし、鍵が掛かっていて入れませんよ?」


 屋上は危ないため、鍵で施錠されてるらしい。


「ありがと、シェリちゃん。小春、ウサちゃん。行こう!」


 私は小春を抱きかかえて、護衛中のウサギロボに声を掛けて付いて来いと告げた。そして、立ち入り禁止の屋上の扉を片手で押し倒すと、そこには、背が高くて若い女性がいた。


「妖気を感知できないようにしたのに、ここが分かった事は褒めてあげるわ。酷いじゃない、私の式神を食べちゃうなんて…。」


 人間では無い雰囲気を出す彼女は私の姿を見て、


「紛い物のクセに狐の妖気を駆使する人間が存在してるなんてね。でも、本物の九尾の狐には勝てないわよ。」


 彼女はそう言って、私を睨み付けた。すると、


(あれ?体が動かない…。)


「蛇にらみって、知ってる?あなたの視覚から毒が入って、神経を麻痺させる技なの。普通、身体能力を駆使するあなたが私と戦うためには、相手を五感で追うわよね?本物の九尾の狐は相手のそれをすべて封じて、無力になった者の力を頂いちゃうの…。あなたにはできないでしょ?大人しく私に食べられちゃいなさい。」


 あの女狐は動けない私のすべてを捕食するつもりらしい。彼女の言う通り、動けない私になすすべは無さそうだ。


(あ、もしかして、ピンチ?食べられちゃうの?いつも、便りになる恵麻も瑠奈もいないし、これが私の最後なのかな?ウサちゃん、小春を連れて逃げて…。)


 せめて、小春だけでも逃がそうと考えていると、動けない私に小春が、


「情けないのう…、それでもわらわの母君なのか?」


 最大の危機の中で、小春の中に眠る前世の記憶が強力な妖気を浴びて目覚めたみたいだった。


(狐の魂を持つ小春の中に前世の記憶が目覚めたの?)

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