女も生きづらい世の中

序章 新人役者の私

「妊娠して動き回れないからって、戦力外通告してくるなんて…鬼だよ。」


 私の妊娠が発覚し、周りの女性陣に転職先を斡旋された私は、紫音の人生を描くノンフィクションドラマの撮影をするスタジオにいた。そして、マルチタレントとして活躍中の神里 玲奈役の大原 愛奈さんに対して、愚痴をぼやいていた。


「でも、私は紫音ちゃんとお仕事ができて嬉しいよ?しかも、紫音ちゃんの親友で兄嫁の玲奈さん役をもらえるなんて、嬉しい。」


 6年前はあどけない若手女優だった彼女も20代半ばになり、貫禄が出始めてきていた。


「恵令奈さんは親しみやすいから人気者だったけど、紫音ちゃんは美人だし、きっとアイドルのように人気が出る。もちろん、アンチも増えそうだけど…このドラマが成功するとハマるはずだよ!」


 彼女は見た目が良い私の芸能界入りを熱望しているようだった。


「ノンフィクションドラマの主役だけは本人出演の素人なんて…聞いた事が無いよ。色々と舐めてるでしょ?」


 なぜか、素人の私だけ本人役で出演する事に疑問を感じていた。


「恵令奈の失った世の中は新たなスターを求めているんです。その人物は先生以外には考えられません!撮影の編集はこちらで全部行いますし、その女子高校生役も似合ってますよ。私も小鈴ちゃん役で出演します。だから、覚悟を決めてください。」


 年齢不詳の可愛すぎるマネージャーで少し有名な日向は神里 小鈴役で出ると言っていた。


(なんで、日向もそこそこの役で出るの?30歳で高校生の制服は恥ずかしく無いのかな?)


 身内役が知り合いばかりの撮影現場にガヤガヤしていると、神里 光と蓮の役を演じるイケメン役者がやって来て、挨拶をされた。


(光も蓮さんも実物はそんなにイケメンじゃないよ?)


 物語もノンフィクションとはいえ、かなり実際とは違った。仕事で知り合った光との禁断の年の差恋愛がバイト先の職場で起こり、未央役の女優さんと紫音はかなりの不仲になって、壮絶な親子で一人の男を取り合うという、あり得にくい展開になる。結局、負けて傷付いた紫音が途方にくれている所へ光の弟の蓮と出会う。惚れっぽい紫音は蓮の優しさに惹かれて行き、やがて肉体関係を持ってしまう。


 そんな中で高校在学中に紫音の妊娠が発覚したが、その高校で理事長を勤める神里 桜子が孫の小鈴を使って、一般市民の紫音と御曹司の蓮の関係を認めないと言って、紫音に嫌がらせを始めるのだ。


(むしろ、実際は逆で神里の母さんは私の妊娠を歓迎してたけど…。ドラマ色が強すぎて、関係がドロドロし過ぎてない?)


 バイト先では未央役の女優にイジメられて、悪い噂を信じた光からも避けられて、高校生活でも、桜子や小鈴からの嫌がらせを受ける。


 それでも逞しく生きようとする紫音だったが、待ち受ける苦難はまだ続き、良き相談相手と思って慕っていた年上の親友の玲奈に裏切られて、蓮を寝とられる。そして、後半には妊娠された体の私は逃げられてしまうと言う、三重苦を味わう脚本になっていた。


(私、ドラマでは…、全員から嫌われる設定?着色しすぎじゃないの?)


 撮影は常に未央役の女優さんに強く当たられて、悪い姑の桜子役の女優や小鈴役の日向からは言葉にしにくいくらいのイジメを受けるハードな展開が続いていた。監督は壮絶なイジメを受ける社会の闇の部分がゾクゾクして堪らないと喜び、スゴい脚本だと感動していた。


「ねえ、ひなちゃん。後半の台本は?」


 妊娠前の撮影を取り終えた私が日向に後半部分の台本がほとんど無い事を聞くと、


「それは先生のお腹が大きくなったあと、だいたい、来年の一月の収録を予定しています。まずは前半の編集を終えて、番宣活動を行ったあとに世間の反応を見て、作り変えるって言ってましたよ。」


 この私の半生を知る脚本家は前半の部分の評判を見て作り変えるらしい。


「脚本を書いているのは誰なの?」気になるので、聞いてみると、


「もちろん、恵麻ちゃんです。だから、特に桜子さんの事を悪魔のように過激に書いているんですよ。」


 未央役は現実と同じような鬼母だが、桜子の悪役っぷりがスゴすぎる。恵麻は大嫌いな神里 桜子の世間イメージをこのノンフィクションドラマで悪くする気だ。


(これ…、神里の母さんはOKしているのかな?私の評価は多分、下がらないけど、他のみんなの評価は下がっちゃうよ?)


 日向から聞くと、恵麻は脚本を書くことで私の芸能活動(妊娠中の左遷された就職先)をOKしたらしい。未央が家事では給料をほぼ出さないと言っていたので、私の収入面の事を考えてらしいけど、素直じゃないあの子は冷たいふりをしながらも私や瑠奈たちが困らないようにキチンと配慮してくれていた。


(私やひなちゃんの制服姿をテレビに晒す事で、神里の母さんが理事長を務める学校は宣伝になる。社員が過剰ぎみになった白河家は繁忙期を過ぎて、仕事が少なくなるうちは私をリースする形で別の収入を得る。恵麻は母親の地位を上げられる、すべての人に都合が良いからこの謎過ぎる案が出たんだね…。)


 最初は驚きばかりだったが、神里家の出資でドラマ撮影をしているのだから、私の半生を描く事は、神里家に取って娯楽気分なのだろう…。



 慣れていない仕事を終えた私が家に帰ると、美南は仕事を終えて小春とメグの三人で遊んでいた。メグは相変わらず一言も喋らないが、気付けば小春たちの側にいて仲良くしている。精神的に増せている瑠奈は、三人たちとは違う場所で、


「声がワイルドでキモ可愛い~。」


 キモい喋るぬいぐるみ改め、恵麻に改造されてウサギロボの体を得た彼を愛でていた。


「小娘が、俺様を舐めてんじゃねえぞ!」


 そう言っていたが、体は小春用の護衛ロボのため、プログラム上、暴れる事が出来ないのか大人しく撫でられていた。


(いくら見た目が可愛いウサギでも、声が可愛くないんだよね…。それから、口が悪いから、瑠奈以外には嫌われてるし…。)


 趣味の悪い瑠奈は彼をスゴく気に入ってる。そんな変な子の瑠奈は目立ちたがりな性格のため、


「お母さん、恵麻お姉ちゃんに頼んで瑠奈も子役で出させてよ。」


 元々、人気者になりたい瑠奈はこう言っては出演したいとお願いしてくる。


「無理よ。新人役者の私にそんな権限は無いもん。」


 物語は高校時代の私のため、恵麻の脚本には子役が存在しない。つまり、恵麻の書く物語は瑠奈が生まれる時の話だ。


(瑠奈は落ち着きが徐々に出てきたね。恵麻が一緒には住んでいないから、しっかり者になろうと努力しているのかな?)


 時が経つ度に成長していく娘を見て、私は喜びを感じていた。


 

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