第329話 離婚理由は紫音の怠慢?

 岡崎さんが私たちの元を去ったあと、マリアが私に、


「エエのん?杏奈の旦那にあのクラゲ生物を引き渡しても?」


 マリアは私の判断に何か疑問を持っていたそうで、その何かは私にも分かっていた。


「あの人は杏奈の旦那さんだけど、本部が私を監視するために送り込んだ刺客だと思っているわ。私の行動に不備があれば、白河家の今後にも差し支えるもん。例え、本部の真の目的が貧困高齢者の排除だったとしても、私の一存でデカイ組織に歯向かう訳にはいかないのよ。」


 私は今後を見据えて、わざと原因の元を本部に引き渡した。


「神里のババアが知ったら、激怒しそうやな。あのババアは本部のやり方には賛同して無さそうやし…。」


 貧困高齢者は生きる価値なしとして、高齢者の排除に踏み切った組織と独自の少子化対策を実行して、若年層の総数を増やした神里の母さん。真逆の取り組みをしている二組が分かり会えるはず無い。


「知っているよ、あの母さんは…。分かった上で互いに手が出せないの。子飼いを増やして大企業にまで成長させた神里家。何百年の歴史ある裏組織。そのやり方に大きな差が出てきたから、今は水面下でバチバチとやり合っているんだよ。」


 白河家に在籍する私は神里の嫁と言う複雑な立場だった。


「情報漏洩の危険性があったから、紫音は旦那と別れさせて、切られたんちゃうの?まあ、蓮は仕事ばかりしていて、鈍感な紫音にウンザリしてたってのもあるんやし、一概にババアの一存で切ったとも言い切れんけどな。」


 マリアですら、私の妻としての行いは良くなかったと感じていたらしい。


「分かってるよ、子育てと仕事を優先して、夫を蔑ろにした事くらい…。将来的に破綻すると考えた神里の母さんが早い目に私たちの夫婦関係を切った。互いに合う相手を見つけろって…。」


 離婚理由は彼にも私にもある。確かに少子化対策を優先するなら、ある程度は女性が男性に身を委ねる形で結婚関係を続けるしかない。好きとか言う曖昧な理由で結婚相手を選ぶから失敗に終わる。夫が妻にどうして欲しいか、妻は自分がどうしたいかを伝えて、相違が無いのかを確認してから結婚する。結婚とは男女の契約みたいな感じなのだと言うことをマリアに話すと、


「猫は好きな相手と交尾して、メスだけで子供を育てんねん。オスは家無しでフラフラしているだけで、要らへんねん。なのに、人間社会はなんでオスが優先なんや?まあ、違いがあるとしたら、人間の子は大人になるのに20年も使わなあかんのはさすがに掛かり過ぎる事やな。みんな瑠奈みたいに5年くらいで大人になってくれたら、ホンマはエエんやけどな。」


 20年はさすがに掛かりすぎだと指摘したあと、人間の成長の遅さと、女の重要性を理解しようとしない人間の男社会を痛烈に批判していた。


「う~ん、男の記憶がある私としてはなんとも言えないよね~。ただ、男よりも女の方が忍耐強いし、特に出産と20年の子育てを経験した女は年を取った時に男よりも圧倒的な差が出て、本当に強くなると思うよ。」


 未央や桜子辺りは本当に強い。未央は子を失った事に立ち直った瞬間に彼女の中で強い精神を持つ、何かが目覚めた。神里 桜子は異様な家に嫁ぎ、娘の鈴花や息子の光に遊びを覚えさせずにかなり厳しく育てた。お陰で、私は女になっても強い心を持ち続けられて、記憶を失う事もなかったし、夫に捨てられても、わりと平気でいられる。


 娘の瑠奈から、「お母さんは子育てと仕事しかしないし、つまらない女。」だと言われるが、女が娯楽に溺れると自分の子が弱く育つ事は常に厳しく育てていた桜子を見ていて、分かっていたから、体が女子高校生になろうが、勉強ばかりしていたし、余った時間は白河家の仕事にすべてを費やしていた。結婚して、瑠奈が生まれてからは大学に通いながら、娘を一生懸命育てていた。


(女と男は違う生き物。マリアの言うとおり、猫も人間も男は金を持ってくる以外に何の価値も無いから、フラフラしてても構わないが、女は違う。女が子を育てないと、まともな人間には育たない。シングルファーザーの男は女の代わりにちゃんと出来る人が多いのに、女がいる男は…)


 仕事が忙しい理由で、子育てに介入して来なかった、元夫の蓮に対して、急に腹を立ててしまった私は、挙げ句の果てに専業主婦が良いと言って、捨てられた事を思い出していた。


「弱い人間を排除しようとする社会が悪いのか、そんな弱い人間ばかりを育ててしまった日本の政策が悪いのか、どっちかは分からないけど…、神里の母さんのやり方も本部のやり方も違うと思う。」


 そう言って、今回の依頼を振り返っていると、


「なら、まずは紫音らしいやり方を見つけるしか、あらへんのちゃうん?ウチは小春の子育てくらいやったら、手伝ったるさかい、気張れや。」


 彼女は尻尾を振りながら、体を擦り付けるように私にへすり寄ってきた。その時に私の後ろを見て、


「なあ、紫音。尻尾無くなったし、ケツが丸出しやぞ?せめて、家に帰るまでは尻尾を生やしといた方がエエぞ。ほなな。」


 スケスケ下着が見えているのは、人間として恥ずかしく無いのかと私に指摘したあと、「ウチは猫やさかい、報告は任せて散歩に行くわ」と告げて、そのまま走り去ってしまった。


(ありがとう、いつも私の事を注意深く見てくれて…。どっちでも良いけど、警察官に出くわすと公然ワイセツ罪になるかもしれないし…。)


 穴から下着が見えている私は再び、尻尾を生やしておく事にした。念じると狐耳と9本の尻尾が出てきて、安堵していたのだが…。


「あの女子、可愛い。狐のコスプレをして歩いてる~。」


 若い女性からはスマホでスクショされ、何かのアニメのコスプレだと思われている私は一緒に写真を取ってくださいと言われて、狐っぽいポーズまで取らされた。小春の狐耳や尻尾は元々あるためか、周囲から指摘されないのに、私の九尾の姿は完全にコスプレ扱いを受けていた。


(ねえ、マリア…、穴から下着が見えるよりも、良い年してコスプレをしていると思われる、こっちの方が恥ずかしいよ?)


 ただ、今の私は16歳の頃の幼い紫音の見た目だったため、危ない巨乳女性だと言われる心配がなかった事だけが、幸いな事だった。


「良い年して、可愛いって言われるのはやっぱり少し抵抗あるよ。」


 老けない体の今の私には、自らの老いや死を引き起こす方法を考えないといけなくなっていた。


(自らの死を選ぶ事を批判していた私が、死ぬ方法を考えないといけないなんて…ね。)

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