第326話 予想を越える被害に私の取った行動

 本部からの依頼は私のいない所で順調に進んでいた。役所にいた塚原さんが言っていたのは確か…100件ぐらいと予測していた。だが、岡崎さんは、


「どうやら…、5000人ほど、この夏で行方不明になってる。あまりに多すぎて、報道規制が掛かっているらしいぞ。消えたいとか、楽になりたいとか言う単身世代の高齢者があとを追うように、この地へ来ないために情報規制しているそうだ。」


 5000人っていうのは予想を越えた、かなりの人数だった。


(京都市全体で約140万人、高齢者全体で約40万人いるでしょ。高齢者の1.5%以下の数値とはいえ、あまりにも多すぎる…。)


「でも、市役所に勤めている本部の塚原さんは100人くらいって言ってたよ?」


 私の聞いた話と違うと彼に言うと、


「塚原さん?役所?本部?そんな人いたかな~。ああ、偽名ね。その人は塚原っていう戸籍を与えられて、役所職員のフリをしている子だよ。相変わらずの演技力だよね~。役所の人も紫音ちゃんも京都市民もみ~んな騙しちゃうんだから…。」


 岡崎さんすら、本名も役職も知らない塚原と名乗る彼女は架空の人物で、何らかの手段で与えられた戸籍の人物を演じているそうだ。


(怖いよ!本名も名乗らない影の人物を配備するなんて…。)


 本部の内部でも、誰が悪くて、誰が信用できるかが分からない世界だから、身内にも本職を明かしていない人もいると岡崎さんは話してくれた。


「そっか、今回は塚原さんっていう名前なんだね…。今回の顔は可愛かった?きっと、顔も本人に合わせて変装する子だから、誰も本当の姿を見ていないって、ウワサで聞いた事あるよ。」


 変装する怪盗なんちゃらみたいな人間が本当に実在するのには驚いたが、元々、そう言う能力者なら、訳もない気がしてきた。


(私も恵令奈って言う姿でいた時があったし、今は紫音って体だから、あの塚原さんは女性って事以外は何も分からないって事だよね…。)


「紫音ちゃんは騙しやすそうだから、信用に足る人物かどうか、本当の事を言わずに追い返したのかも…。」


 私が依頼を受けるのに相応しいか?を彼女に試されたようだ。そんな報告を受けていた私の元に恵麻がやって来て、


「お母さん。リストに載ってる人間の傾向を解析したけど、やはり…、高齢者の貧困って言う言葉が、キーワードになりそうだよ。まずは最低限の暮らしができるかって事だけど…、男女問わずにそれすら満たしていない人がいなくなっている。」


 恵麻は行方不明者、5000人の中の大半が、貧困層だと話してくれた。


「貧困で苦しい老後を過ごす。そんな辛い現世に留まるよりも、即座に死を選ぶ選択肢の方が幸せだと錯覚してしまう…。」


 私が自殺出来ない人に魂を抜くという痛みの無い死を提供する人間がいる。考えたくも無いが、そんな辛い現実がある。心が痛む私に、


「でも、それも尊厳死なんじゃ無いのかな…。もう生きる事を諦めた人間に優しく声を掛けるぐらいでは、その人に生きる希望を与えられない。そんなの…お互いに辛いだけでしょ?なら、今回の事を本部の誰かが、被害の発覚を遅らせているって事だよね?」


 互いの正義の食い違いが本部の内部でも起こっており、私に情報の真実が語られなかったのにも、妨害工作があったのだろう。クラゲの大量発生は事実なのだろう…。あの生命体は不幸の蜜が好きだ。悩み、不安などの負の感情を補食するために霊力を持つ人間に力を与えて、その悩みを叶える。代わりに生命エネルギーを得たあと、あのクラゲは増殖して、また…誰かの歪んだ願いを叶えるため、違う獲物を探す。


「そのニュアンスを聞く限り、恵麻は自ら死を選ぶ人間を止めるべきじゃないっていう考えみたいね。確かに年を取ると、脳も体も衰えてきて、子供みたいに感情をコントロール出来なくなる。でもね、人の生死が自由なら、こうも考えられるんじゃ無いのかな?


 死が近付いているからこそ、生きる事、活動する事を諦めない社会を現役世代の私たちが新しく作って行くの。だからこそ、こんなに片寄った方法で命を絶たせないように止めるのよ。あなたのやり方は未来つぎには繋がらないやり方だって言って、目を覚まさせるの。」


 私は夢に近い理屈で、現実を語る娘に言い聞かせるように話した。それを聞いた恵麻は溜め息を付いたあと、



「お母さんはそんなんだから、神里の家を追い出されるんだよ?未央さんからいっつも怒られるんだよ?私はお母さんの考え方は好きだけど…、賛同は出来ない。私には私のやり方がある。」


 母親の意見を酷評したあと、


「ただ、輪廻転生の流れを崩す奴は許さない。お母さんの言うとおり、魂が還らない限り、次が無いからね。だから…、今は力を貸して、お母さんのゴリラパワーでぶっ潰す。」


 いつもクールな恵麻が私たち以外に対して、珍しく怒っていた。そんな恵麻に私は、


「じゃあ、恵麻、お母さんに考えがあるんだけど…。」


 私はある方法で、元凶を見つける事が出来るはずだと提案すると、何をするつもりかを聞かれたため、私は小春を抱き上げた。


「私が九尾の力を使うの。子供の瑠奈だったから、制御できない力でも、私が使うと…。」


 私が娘の小春に親子の絆を使い、心を同調させると、私の頭には狐耳が出てきて、穿いていたフレアスカートの後ろが盛り上がり、お尻からは九つに別れた尻尾が出てきた。


「ママ、ハルとお揃いだ~。」


 小春は見たこと無い姿の狐耳の母親に当然、興奮していた。九尾の狐に変身した私はそれを黙って見ていたマリアに、


「マリア、尻尾が生えたし、尻尾穴のある服を借りるね。」


 尻尾があると、普通の服が着れないため、マリアの服を借りる事にした。


「かまへんけど、洗濯して返してな。ウチは狐臭いの着るん、かなわんし。」


 洗濯して返すならと、マリアが着ている尻尾が引っ掛からない露出度高めの薄い下着と尻尾穴のあるミニスカートを借りた。


(マリアが服を身に付けたがらない気持ちが分かるよ。尻尾が当たって落ち着かないもん。)

 

 私のあまりの変貌した姿に言葉の出ない恵麻が最初に発した言葉は、


「お母さん、綺麗…。」


 どうやら、この姿になり、いつもよりも魂の輝きが増したらしく、あのクールで表情の乏しい娘が目を輝かせるように私を見てきた。


 私は九尾の狐のパワーを貰い、妖艶さが増しているせいなのか、周囲から見られる事に対して、異様な興奮を覚えていた。

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