第325話 従順で家庭向きな私

 私は瑠奈を連れて白河家に着くと、未央が早速、


「あっ、紫音。お母さんは忙しいから夕飯の準備をお願いね。」


 仕事中にも関わらず、白河家の夕御飯を作れと言ってきた。もちろん…全然良いのだが、家事手伝いは他所の家庭と一緒で給料には反映されない。


(理不尽だよ…、断ったら、鬼のように叱ってくるもん…。)


 この鬼母は私がお金持ちの奥さんから、平民シングルマザーになったのを理解しているくれているのだろうか?そんな思いがよぎったのだが、小春は母親と一緒にいられて嬉しいようだ。ずっと横で私が料理しているのを楽しそうに見ている。


「紫音お姉さまは女性の鏡のような存在です。いつも笑顔で楽しそうにしていらっしゃる聖母様です。」


 小春の横で未央の娘、美空は料理を楽しそうに作る姉の姿を見てうっとりしていた。


(料理は上手いかは知識や記憶だから、料理のセンスがなかった昔の紫音を見せてあげたいよ。)


 光の記憶を持つ今の私は物凄く料理が得意な女性だと周囲は認知していた。


(って事は、今の恵令奈さんは料理下手って事だよね。元人気タレントなら、それも許されるか…。)


 神里家の食卓は鈴花姉さんが料理をしているから何も心配していないが、今の私はあの家の敷居を跨げない。そう言う、離婚の協議結果だから…。



 料理を手際よく終わらせると、美空と小春を呼んで三人でお菓子作りを始めた。むしろ、この子たちはそっち方がメインらしく、出来る女はお菓子を完璧に作れる女だと信じている美空、狐の魂だからなのか洋菓子よりも和菓子が好きな小春は喜んでお菓子作りを学んでいた。


 瑠奈は帰ってくるなり、また大人の姿になって、恵麻にいらない事をしているみたいだが、恵麻はその大人妹の扱いに慣れたらしく、膝の上に乗せられていても、手を止める事なく事務作業をしていた。


「このバカはお母さんじゃないから、対して恥ずかしくないし、いないような物。」


 膝の上に乗せられて抱き締められても気にならないと言って、瑠奈の存在を視界から消去していた。瑠奈はそんな扱いを受けるとさすがに面白く無いと言い、姉を解放したあと、こっちのお菓子作りに参加してきた。


「あっ、瑠奈!今日は和菓子作りだから、ベーキングパウダーは要らない!」


 スポンジケーキでも無いのに、棚から取り出したベーキングパウダーを入れようとしたため、慌てて止めると、一緒じゃないのか聞かれた。すると美空が、


「お姉さまの娘なのに、本当にダメなのね、瑠奈ちゃんは…。いい?和菓子にはバターなんかの酪農品は使わないの、基本は植物性の物を使って作るの。ほら、寒天なんかは天草から作られていて、体に優しいのよ?」


 同級生でしっかり者の美空はベーキングパウダーと寒天粉の見分けも付かない、和菓子と洋菓子の違いも知らない、無知な瑠奈を叱っていた。


「ルーちゃん、ママの邪魔しちゃダメだよ~。」


 瑠奈は小春にまで叱られていた。すると、


「コハるんなんて、こうしてやる~。」


 大人の姿のまま、小春を抱き上げて、高く持ち上げると小春も楽しいのか、「キャ~、もっと~」と要求し始めた。その結果、お菓子作りをそっちのけで瑠奈と小春は遊び始めた。とても相性が良い姉妹を羨ましそうに見ていた美空に対して私は、


「美空ちゃん。私たち姉妹も仲が良い所を見せつけちゃおう。」


 そう言って、あとは二人でお菓子を作ろうと話すと、


「はい、紫音お姉さま…。」


 美空は私の横に引っ付いて、幸せそうな顔をして大好きな姉との時間を過ごしていた。


(瑠奈はさりげなく盛り上げる所が、みんなのムードメーカーだよね。)


 姉にウザい絡み方をしたり、妹の小春の喜ぶツボを完全に手の内に入れて、姉妹コンプレックスがある美空の事までもを考えて行動する、瑠奈の場を制する中間子らしいセンスに驚いていた。



 お菓子作りを終えて、みんなで食べ始めていたら、岡崎さんが白河家にやって来て、


「紫音ちゃん!ヤッバイ事が分かったよ!かなりの単身者世帯の高齢者がいなくなっていたんだよ。」


 ご近所付き合いが無くなる中で、想像よりも越えた数の単身者が消えていたらしい事を独自のネットワークで掴んでいた。


「あっ、岡崎さん、お疲れさま~。今日は金つばを作ってみたの。食べてみて~。」


 そう言って、作った金つばを差し出すと、


「え~っと…」彼がためらったため、


「あっ、金つばって、こっちでは銀つばの名前の方が有名だったりする?金も銀も中身は変わらないから怪しい食べ物じゃないよ?ダメだよ~、食わず嫌いしちゃあ。」


 そう言いながら、彼へ金つばの中身が見えるように切ってから再び、差し出すと、


「いや、紫音ちゃんって、こんなに家庭的なのになんで離婚されちゃうのかな~って思ったんだよ。仕事も家の事も献身的な女性なのに。」


 金つばを出しただけで、ここまで褒められるとは思わなかった私は、


「家庭的なエプロン姿の紫音ちゃんが好きなのは分かるけど、浮気は良くないぞ?紫音ちゃんも主婦を頑張ってるんだから、君も頑張りたまえ、したっぱ二号くん。」


 そう言って、家事手伝いをやらされているしたっぱ一号の私が励ますと、


「ああ、紫音ちゃんは仕事中に未央さんから呼び出されて、子守りをしてたの?あの鬼怖い紫音ちゃんも、ここではしたっぱなんだね…。」


 そう言って、彼はきんつばを一口食べて、「うま!何これ!」と叫ぶと、


「当たり前です。私のお姉さまが作ったんですよ?」


 姉の作った物を美味しいと言われて、私よりも何故か嬉しそうな美空ちゃんが、美味しいのは、当たり前でしょ?と彼へ自慢気に話していた。


「岡崎の叔父さま、私もお姉さまが捨てられた件には納得行ってません。麻友さんが紫音お姉さまを捨てたあの男を殺しに行ってくれたそうなので、吉報を期待して待っていましょう。」


 (吉報って…どういう結果?)美空は何気に物凄い事を言った。どうやら、大好きな姉を捨てた姉の元夫の蓮を許すつもりはなさそうだ。


(白河家と神里家の交流は私たちの離婚で潰えたな…。今後、バチバチとやり合う事にならないと良いけど…。)


 大人の事情を知らない美空は、姉が一方的に捨てられて追い出されたように見えるため、大好きな姉を傷付けた人たちが全部悪いと恨んでいる。反対に母親の未央は寝取られるくらいまで現状を放置した、目が雲っている私のせいだと思っているみたいだった。


 離婚をすると私を好いてくれる人たちへの理由説明をしなきゃダメだし、これがけっこうメンドクサイ。


 家事手伝いをして依頼を脱線しまくる私に、岡崎さんが話してきた報告内容はなかなか厳しい現実リアルな世界だった。


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