第312話 瑠奈が帰って来たけど…

 頼りにしていた富川さんも行方不明になったらしく、ますます分からなくなった私は瑠奈が向かったはずのトイレを調べた。


(当然、奥に設置されているし、出口なんて…無いよね。)


 瑠奈が向かった方向は合っているし、今日は平日の午前中だからお客さんも少ないから、人に紛れて私の目を盗んで抜け出す事は出来ない。それに自らの意思で歩いているなら、小春の双子センサーが気付くはず。


(まったく分からない。こんな神隠しみたいな事が頻繁に起こっていたら、みんなが騒ぎ立てるはずなのに…、それすら、起こらない。)


 完全にお手上げ状態の私が見つけたプチ家出人の条件は、全員、実年齢よりもかなり若く見える事だ。


(うん、家出人の全員、年齢不詳だよ~。)


 家出人は瑠奈以外全員、若見えの20代。富川さんも顔が美人だったし、ある意味、該当するかも…。でも、帰って来るまで、平均して五日間も掛かる家出、京都に帰らないとダメな私たちは瑠奈の帰還を待っている時間も無い。



 トイレに手掛かりが無かった私が、荷物を置いていた席に戻ると、一人の女子中学生ぐらいの女の子がいて、その子は他の席が空いているはずなのに私たちの席を占領していた。


(あの子、誰?私に似てるって言ったら、似てるけど…。)


 その可愛らしい女の子は私の顔を見るなり、


「あっ!二人とも、瑠奈を置いて、どこに言ってたの~。」


 彼女は自分の事を瑠奈と名乗り出した。


(ああ、頭が痛くなって来たよ…。確かに魂の色も形も、瑠奈っぽいけど、中学生と変わらないぐらいの女の子になってるし…。)


 一気に中学生くらいになってしまった瑠奈をガン見していると、


「もう、ルーちゃん!ママが心配してたんだよ!」


 小春は普通に成長した彼女を瑠奈と呼んでいて、情報が追い付かない私の代わりに叱り始めた。


「ゴメン、ゴメン!鏡を見てたら気分が悪くなったの。お母さん、いい加減、瑠奈にスマホを買ってよ。瑠奈はもう、大人の体だよ?」


 瑠奈は自分が大人だと言ってきたため、試しにお母さんの私は今、何歳ですか?と聞いてみた。


「お母さんはこの間、22歳の誕生日を迎えたばかりだよね?もう過ぎたんだし、そんな事を言っても、プレゼントをあげないよ?」


 少し大人になった瑠奈は私の年齢を言い当てたが、そこに大きな矛盾が生じ始めたため、


「あれ?お母さんはなんでまだ、22歳なの?まさか…。お母さんは年を取らない魔女か何かの家系なの?」


 そう言って、自らの年齢に混乱し始めたため、さっきまで瑠奈は4歳だったよ?と真実を語ると、


「あれ?確かに…、コハるんはまだ、4歳だし、瑠奈って、双子の姉だったよね?」


 小春の体と精神は少し大人に成長していたが、それは周りとの史実が合わない事を悩み出した。私からすれば、娘が突然、年を取って現れた事に驚きを隠せないが、これで合点がいった。20代の女性が10代のように若く見える理由、それは…、


「他の人も行方不明中に時をさ迷って今の時間に流れ着いたんだ…。だから、若い見た目に変わったんだ…。」


 私はその結論に達した。問題は時をねじ曲げた者の存在だ。そんな事を人間が出来るわけ無い。被害を受けた人間には…変身願望があった。例えば、瑠奈は4歳の自分に満足していなかった。脳と体の年齢差を感じていて、早く大人になりたいと常に感じていた。だから、時をさ迷い、今にたどり着いた。つまり…、


「瑠奈は瑠奈だけど…、ここに帰って来たのは、未来の瑠奈だよ。」


 そう言って、瑠奈に私の仮説を話したら、


「それは違うよ、お母さん。瑠奈は4歳の記憶しかないし、正確に言うと、瑠奈だけは年を取ってしまったんだよ。」


 少し大人になった瑠奈はかなり優秀な子らしく、自らも体が成長したと言う、曖昧な記憶の中、徐々に対応していった。


「多分だけど、彼女はある年齢に達したら、結婚して嫁入りが決まってたんじゃないのかな…?家庭に入り、仕事も辞めないといけない事実…リミットが近付いてきて、これ以上、大人になりたくな~い、みたいな感じで願い続けていたんだよ。」


 瑠奈はバカにするような感じで富川さんの事を話し始めた。


(女性には珍しいけど…ピーターパン症候群?)


 恵麻と同様、もしくはそれ以上の閃きの才能を得た瑠奈は抜群の切れ味でプチ家出人の条件を結論付けた。そんな私たちに後ろから、


「まったく、失礼な親子だ!誰が大人になりたくな~いよ!」


 後ろから可愛らしい声がしたので振り返ると5歳ぐらいの少女が、腕を組みながら、怒っていた。


(あっ、富川さん、だよね…?本当に子供になってる…。しかも、その服は瑠奈の着てた服だよね?)


「これでは…さすがに仕事にはならん!どうしてくれるのよ、神里 紫音、あなたのせいよ!」


 幼児に変貌した彼女が、子供の姿になったのは私のせいだと罵ってきた。元美人だけあって、可愛いんだが、生意気な少女になった姿を見た瑠奈が突然、


「キャハハハ、超ウケるんですけど!あの頃に戻りたいって、幼児に戻ってやり直したかったんですね~、元キレイなお姉さん。可愛いでちゅね、紫音ママに抱き締められたくて、ここにもう一度、来たんでちゅか?」


 彼女をバカにし始めた瑠奈は成長しても、嫌な女の性格は変わらなかった。


(瑠奈!バカにし過ぎだよ!相手の精神は成人女性なんだよ!)


 取りあえず、怒る彼女を落ち着かせて、煽る瑠奈を叱り付けた。その後、20歳くらい若返った幼児の姿の彼女に事情を聞くと、


「知らん!気付いたら、この姿だ。確かに、仕事を辞めて、相手の実家に嫁ぐ予定だったよ。嫌だなと考えていた時に、声がしたのよ。それで呼ばれた所に行ったら、あなたの娘がいたんだけど…、昨日はあなたの娘と同様、何も無かったの。でも、今日は…あなたたちと別れて、悶々として車の助手席に座ってて気が付いたら、ここのスタッフルームで寝てて、体が縮んでたの!」


 彼女は小さな体で頬杖を付いて、深い溜め息を付いた。


「マンガの世界みたいで、楽しいね、コハるん。」


 少し大人になった瑠奈は楽しそうに膝に乗せた小春へ話し掛けると、


「ルーちゃんは大きくなったね、ママそっくり~。」


 小春は私とほぼ変わらない背の高さに成長した瑠奈に甘えていた。


(小春は瑠奈に対して問題なく接してる。でも、本来の子供の姿が普通なんだから、瑠奈を元に戻さないとダメだよね…。)

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