第298話 呪いに打ち勝つ女

 瑠奈たちの乗る幼稚園バスを見送ったあと、恵麻が私に、


「お母さんが呪われちゃったから、私まで変な気分になって、恥ずかしい所を見せる羽目になったじゃない!」


 変なサングラスを掛けた恵麻は接すると本音しか喋れなくなる呪いを受けている私を叱り付けて来た。


「恵麻、そのサングラス…似合って無いよ?」


 当然、8歳の女の子に色付きのサングラスなどは似合うはずも無く、その事を指摘したのだが、


「何も無いのに掛けてる事ぐらいは分かってよ、お母さん。」


 からかうといつものように怒り出す恵麻を見て安心した私は、


「なるほど、サングラスなどで私を直接見ないようにすると、本音を隠せずに話すことも無くなり、呪いは掛からないのね。」


(さすがは我が家の天才長女、一晩で呪いの影響を受けない方法が分かったのか…。)


「正確に言うと、今のお母さんに目が合うと掛かるみたいなの。しかも、気付く前に一瞬で…。さすがの私も対応出来ずに自立した良い歳なのに、子供みたいに甘えてしまうなんて…、不覚だった。」


 恵麻は昨日の事を振り返り、とても恥ずかしい事だったと言っていた。


(まだ、8歳なんだから、もっと、甘えてくれても良いのに…。)


「お母さんは嬉しかったよ~。恵麻と親子で引っ付くのは好きだもん。」


 そう言って、横を歩く恵麻を捕まえて抱き上げようとすると、前に走り出して交わされた。


「お母さんはなんなの?抱き付き魔?娘が恥ずかしいって言ってるのに、抱き付こうとするなんて、ほんと、あり得ないんですけど!」


 照れ屋の恵麻は私とのスキンシップは恥ずかしい年頃になったらしい…。


「昔はお母さん、お母さんって、いつも…甘えてくれたのに…。みんなとは少し早い目の反抗期が来たって事?」


 そう言って、悲しそうな感じで恵麻に話し掛けると、


「ほんと!そう言う所が瑠奈たちに似ていて、腹立つんだよ!お母さんは瑠奈のずる賢さに小春の無邪気さを合わせているから、手に負えない子供みたいな母親だよ!」


 恵麻は子供っぽい母親にイライラしていた。私は謝罪して、本題に入ろうと問い掛けると、


「最初から、そうしなよ!未央さんにお母さんが真面目に仕事しないって、絶対、言い付けてやる!」


 完全に怒った恵麻は、鬼母の未央に言い付けると私に告げたあと、少し息を整えてから話を始めた。


「問題は依頼人が無意識にお母さんを呪ったのか、故意に呪ったのかだよ。死んでから、特殊な能力が身に付いたとは考えづらいし、もし、無意識なら…依頼人に他人の本音ばかりを聞かせながら、徐々に追い詰めて自らの命を絶たせた悪霊がいて、ソイツの能力が人から人へ移して回るような呪いを駆使している場合や岡崎家のように、憑く相手の悪意を増幅させて、家族の仲を引き裂き、破壊するタイプの奴の場合などの無意識憑依型の悪霊の可能性が高い。」


 恵麻はそう言って、考えられるパターンをいくつか上げていた。それに対して私は、


「もし、依頼人の本人が故意に私を呪っていたなら、私の何かに腹を立てて、次の宿主として、自分の中にいた悪霊を私に取り憑かせた…。」


 私は恵麻と違うパターンの視点を話すと、


「お母さんの腹の立つ要素なんて…、お金持ちの家で生まれた元男性で、約20歳も離れた女性の体に若返って、その女性の体が完璧な容姿に、抜群の運動神経を誇る疲れ知らず…。しかも、国際弁護士の男と結婚して、まだ21歳なのに、アメリカの有名大学を飛び級で首席卒業。もうすでに三人の子供がいる。おまけに帰国後に復帰した仕事もエースと言われて順風満帆…。うわ~、女からは恨まれる要素しか持って無いよ~。」


 そう言って、「今のところ、人生が完璧だから、恨まれるんだよ?ここは諦めて、女子全員から嫌われなよ、お母さん」と言われた。


 恵麻から、私は前からとても運が良いと言われていた。その運の良さは娘の小春にも遺伝して、小春の持ってる才能が大人たちからメチャクチャ好かれるの一点しか無いのに、ウチの三女の小春は持ち前の運で、すべてを乗り切っている。


(今朝もその小春ペースに私ですら、自立を促すはずだったのに、ご飯を私の手で食べさせてしまったからね。あの子が私みたいに苦労知らずの人生を歩んでダメにならないか…、スゴく心配だよ…。)



 九尾の狐の生まれ変わりの小春はごく最近の家族の一員なので…、まだ掴めない点が多いがこれだけは言える…。あの子は同年代の同性に絶対、嫌われる…と。


「普通の人なら、悪口や妬みが多いはずの本音地獄を聞かされたら、スゴく病むのに、お母さんは…、今のところ、ダメージゼロだよね?」


 恵麻は呪いに掛かる私へはまったく不幸が訪れない事に疑問を持っていた。


「だって…、未央お母さんからは毎日のように、若さを妬まれてるし、仕事が遅いってネチネチ言ってくるし、神里のお義母さんから次の孫はまだか?って、四年間子供を作ろうとしない私にネチネチ言ってくるし、今さら、他の人に罵声を浴びせられても、別に気にならないし、何て事無いのよね…。」


 昨日は夫の蓮に責められたりした私だったが、破天荒娘の動きを読めなかった落ち度が私にあったため、素直に受け入れていた。夫婦ゲンカは蓮が反省しない瑠奈に対して、甘やかす発言をしたからで、それと瑠奈の警察に保護された事は別の問題だと思っていた。


「お母さんはわりと鈍感だから、本音で攻撃を受けても、周りの人が根負けしちゃうんだよね…。呪いを越える運の良い星に生まれた人間って事なのかな?」


 頭の良いはずの恵麻すら、理解出来ないレベルにいる私には並の悪霊の攻撃などはまったく効かない。依頼人の彼女は恐らく…、親を殺した妹は妹、でも、自分は自分だと、存在を割り切れ無かったから、他人の戯言に病んでしまい、悪霊に取り憑かれて追い込まれた。


(どちらにしても、環境が違い過ぎる私が彼女を理解する事は一生、出来ないだろう…。すべてを割り切らないと今の世の中は生きていけない。人間がこの世に存在する以上、誹謗中傷などの悪意は無くならないし、その人をよく知らない私が彼らや彼女らを本当の意味で理解する事は出来ない。)


「マリアが猫目線で言ってた通り、つまらない人間の世の中になったね。」


 ウチの飼い猫が言ってた言葉を引用して、話を終えようとすると、


「じゃあ、お母さんの口から、依頼人にそう言ってあげなよ…。」


 恵麻も悪霊の発生源は人の心の弱さが原因だと、はっきり伝えろと言ってきた。

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