第297話 我が家の朝は大変

「おい、お前らの旦那が庭に落ちてたぞ。コイツらケンカしてたん?」


 朝の散歩に出掛けていたマリアが帰ってくる時に庭で気絶していた光と蓮を拾ってきた。


「ありがと~、マリアちゃん。気付いたら、朝から外でケンカをしてたのよ~。本当に良い歳をして、兄弟ゲンカなんて…ね~、紫音ちゃん。」


 玲奈は自分の娘が外にぶっ飛ばした事を言わず、マリアへ説明をしていた。


(自分たちで兄弟ゲンカして倒れた事になってる!)


 父親を倒した玲奈の娘たち、紫織と花音は何事もなかったかのように、瑠奈と三人で教育テレビを見て、ゲラゲラ笑い、楽しんでいた。


(切り替えの早い、この三人はすでに大物の片鱗を見せてるね。)


「マリリ~ン、あ~そ~ぼ。」


 マイペースの小春もさほど気にする事もなく、帰って来たマリアに遊びたい要求をしていた。


「アホか、今からメシの時間やろが、それにお前のオトンずぶ濡れやし、風呂に入れなアカンやろ。紫音、手が空かへんのやったら、ウチが旦那を洗ろたろか?」


 蓮の風呂の世話をしても良いと言ったが、


「それはダメ。マリアに夫の裸を見られるのは抵抗あるし、私がやるよ。」


 マリアの性対象は人間の男のため、夫の裸を見られたくない。私がやると話すと、


「安心せえや。お前の旦那がウチを求めん限りは相手せえへん。ウチは恋愛感情なんてもんあらへんもん。」


 そう言って、マリアは蓮を担いで、風呂場に連れていった。


(今までの流れからすると、何か起こりそうだけど…。朝食の準備がまだ残ってるし、調理の仕上げをすっぽかしたら、お義姉さんに何か言われそうだし…。)


 微妙な立ち位置にいた私は、夫の事を信じて任せる事にした。



 普通の家庭と同様、末っ子次男の嫁の私は女の中では、立場的に一番弱い。家庭の料理は鈴花姉さんが仕切っているとはいえ、神里の女の中で唯一、外の仕事をしている私は、朝食くらいは手伝わないと立場を失うと感じていて、仕事に行く前の私は非常に忙しい。


 朝食を玲奈と配膳して、騒ぐ子供たちを座らせたあと、風呂場にいるマリアたちの様子を見に行くと、体を洗い終えて服を着せてる所だった。


「ああ、紫音か。お前はエエ旦那を持っとんな。エエ形しとるで。」


 マリアは蓮の男性器を見たらしく…、それを見て、良い旦那と言って来た。


(夫のそこを褒められても…全然、嬉しくないんだけど…。)


 変な所に注目して指摘をするウチの猫に対して、少し嫌な顔をしていると、


「そんな顔すんな。動物学的にはオスは繁殖力の象徴のここだけが良かったら、あとはどうでもエエんや。顔の見た目とか、性格とかは関係あらへんねん。んなもん、当人のプライドの問題や。お前は同種の猫や犬の見分けが付きにくいやろ?動物界では、繁殖力がすべてや。人間の外見とか、教養とかをチマチマ考えんのは人間だけやぞ。」


 やけに説得力をある事を話し出した。マリアはそんなイイ男の裸に興奮することなく、服を着せたあと、気を失う彼を部屋まで運んでくれた。


「マリア、ありがとう。」と欲を持たず働く彼女にお礼を告げると、


「かまへん。あれは紫音の男やし、一応、ご主人様やからな。」


 そう言ったマリアは、ウチはババアがおらんようになってから、メシを食うわと言って、屋根に登って行った。


(マリアは良い子だよね…。)


 私に対して、本音しか語れなくなる呪い…。そんなものを掛けたのは誰だか知らないけど、私よりも、私の周りの人に不運が訪れていて、今のところ、私自身にはダメージが無かった。



 ダイニングに戻ると、食事中くらいは行儀を良くしなさいと、玲奈が動き回る子供たちに注意しながら、朝食を食べていた。ウチの恵麻は玲奈の息子の晃也にご飯を食べさせている。


 ウチの小春は箸の使い方がとても下手なため、私が戻るなり、


「ママ~、コーくんみたいにハルにも食べさせて~。」と甘えてくる。


「小春はもう、4歳でしょ?フォークで良いから、一人で食べられるようになりなさい。」


 と言って、娘の自立を促したら、いつもの不満がある時に起こす例の行動、狐耳をペタんとさせてへこみ出した。


(小春は感情が耳に出るから、とても分かりやすいよね。顔や態度にすぐ出る所もこの子が大きくなる前に直さなきゃ…。)


 私は器用な瑠奈を呼んで、キレイな食べ方の見本を見せたあと、小春にお箸の使い方を教えていた。小春は文句を言葉では表さない。母親の私の言うことは必ず聞くのだが、耳をペタんとさせているので、何かしらの不満があるらしい…。


「小春、気難しい顔をして、食べちゃダメよ。みんなのご飯が美味しく無くなるでしょ?」


 慣れないお箸を使っているせいで、険しい顔をして食べる小春へ注意をすると、横にいた瑠奈が、


「コハるんは苦手な事をする時はいっつも、そんな顔をしてるよね。幼稚園の時もそんな顔してるから、瑠奈と同じくらい可愛いのに、モテないんだよ?」


 小春の幼稚園での不人気は表情の乏しさにある事だと暴露した。実質、何も出来ない呼ばわりされた小春は、


「ルーちゃんのいじわる~。」と言って、


 ご飯を食べるのを止めてしまい、私の膝の上へ登り顔を埋めて拗ねてしまった。


(小春は何でも器用にこなす瑠奈に苦手意識があるんだね。同じ年齢でこの差はさすがに可哀想だよ…。)


 小春が母離れ出来ないのは、何をやらせても上手くいかない所にある事が分かった。娘を甘やかすのは良くないが、ご飯を食べてくれないと困るので、


「小春。お母さんが手伝うから、ご飯を食べなさい。」


 と拗ねていた小春に告げると、埋めていた顔をひっくり返したあと、閉じていた耳を立てて、ご機嫌になった。


(もしかして…、この子、これを狙ってた?)


 そんな気がしたが、朝ご飯を食べるのが遅れて、玲奈や鈴花姉さんに迷惑を掛ける事を考えた私は、ご機嫌な小春の口に朝ご飯を放り込んでいった。


「ママ、それ好き~。」


 小春は普通の子供が苦手なはずの野菜をパクパクと食べている。それを見ていた恵麻が、


「野菜嫌いのお母さんも小春に見習いなよ。この家に来るまでは、お母さんが嫌いだからって食卓にも野菜が出てこなかったし、ほんと、食べないんだから…ね~、瑠奈ちゃん。」


 恵麻は私と同じく野菜嫌いの瑠奈に問い掛けると、


「フッ、野菜などはこの世から消えるべき悪なのだ。」


 そう言って、小春の皿に嫌いな野菜をすべて放り込み、ごちそうさまでしたと逃げていった。


(また、瑠奈は都合の良い事ばっかり言って…、本当に口が減らないよね。)


 ウチの瑠奈と小春はそれぞれに違う問題点を抱えており、個性的な子供の子育ては大変だな~と感じて、私も嫌いな野菜をしれっと小春の口に運び、好きな物だけを食べていた。

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