第294話 人はそれぞれの表裏を持つ

 小さな娘を置いて、仕事を優先した母親の私。その判断が娘の瑠奈の迷子騒動を招いてしまった。その事が原因で夫の蓮と揉めてしまい、言い争いをしてしまった結果、


「紫音…、警察官の前で蓮と夫婦ゲンカをしたって本当かしら?」


 神里の母さんに呼び出されてしまい、事情を聞かれていた。


「はい、申し訳ありませんでした。」


 返す言葉もなく、謝罪をすると、


「妻が夫に反論するって行為を人前に晒したなんて…、とんだ恥知らずの嫁ね。どうして、玲奈ちゃんみたいに、出来ないのかしら?」


 従順な姉嫁の玲奈と私の違いを話したあと、ネチネチと至らない点を上げて、説教をし始めた。そのお説教を黙って聞いていると、


「紫音、私がなんで、あなたのような出来損ないの女を嫁と認めたか、分かる?」


 姑に尋ねられたので、神里家を継ぐレベルの能力があるから?と答えると、


「違うわ。私が実の子を嫁にして、イビりたいからよ。」


 まさかの答えに「はぁ?」とつい、言ってしまうと、


「だって…、玲奈ちゃんは良い子過ぎるし、欠点が無いでしょ?その点、紫音の体以外は私の本当の子供同然だし、その子は昔っから逆らってくるし、イジメる要素しか無いの。ああ、紫音。もっとよ!なんなら、夫に暴力を振るいなさい!私を怒らせて、理想の嫁から遠ざかって、もっと私を興奮させなさい!」


 そう言って、昔みたいに私を愛で始めてきた。


(このはははオカシイ人だと言うことを忘れていたよ。)


 その後、母さんは私の胸を触りながら、


「蓮はこの大きい胸が好きなの?若いうちにもっと子供を孕ませなさいって、蓮を脅して、命令しようかしら?それとも、光に紫音を襲わせて、蓮や玲奈ちゃんとの信頼関係を壊しちゃおうかな。」


 行動も発言もおかしくなって来たので、


「お義母さん!正気を取り戻して下さい!それから、興奮して、馬鹿力で私を抱き締めないで下さい!」


 私は逃げられなくなり、周囲には説教と偽って、愛で続けるこの変態の母親に心底呆れていた。


(快楽のために嫁を攻撃する義母はたくさんいるけど、大好きだからと言う理由でイビり始めるこの姑は愛情が捻れてる。)



 隙を突いて変態の母親から逃げ出した私はさっきからの異変に気付き始めた。


(蓮さんもお義母さんも、いつもと違う…。私の周りで何かが起こっているの?)


 蓮が突然、攻撃的になったり、変態母さんが昔みたいに突然、私を可愛がり始めた。その事を恵麻に相談しようと部屋をノックすると「どうぞ」と言われたので、


「恵麻、少し相談があるの。」と彼女に話しかけようとした時に、


「お母さんは私たちの中で誰が一番好き?」


 と聞いて来るなり、急に抱き付いて甘えて来た。


(ヤバい…。恵麻も変になってる。これはどんな現象なんだろう。)


 大人っぽかった恵麻まで、何かの影響を受けている。いつもクールで、こんなに甘える子では無かった。今までの恵麻の場合、こっちが甘えたら、恥ずかしくて引き離そうとするくらい照れ屋なのに、今は全力で甘えてくる。


 娘の変化に戸惑っていたが、恵麻には我慢させている分、今は甘えてもらおうと親子で仲良くしていたら、子供っぽい恵麻の目の色が変わり、


「む。母君は誰かに呪われておるな。身に覚えは無いか?」


 恵麻の中から、大人恵麻が現れて、私の周りで起こる異変に対して、私が呪われている事を話してきた。もちろん、ピンと来なかったので、


「う~ん。でも、みんなが変になったのは、依頼人に会ってからなんだよね~。」


 私は今回の依頼を引き受けてから、みんなが変になったと話すと、


「変になったのではないぞ、母君。接する人間が本音を隠せなくなっただけだ。皆が普段から母君に抱いている感情が表に出てきておる…。夫は幼き子が三人になっても家庭へ入らず、子を優先せぬ母君に不満があり、桜子は元々、本音がどこにあるのか分かる女ではないし、気にする事ではない。一番の問題は恵麻じゃ…。」


 彼女は主人格の恵麻に大きな問題が起こっている事を話した。


「恵麻は母君よりも倍は頭が良い。つまり、母君よりも倍以上の事を考えられるのじゃ。恵麻と瑠奈はお互いの器量を知っていて、とても仲が良いが、小春とは分かり合うことは一生ない。知能の差で、それくらいの溝があるのだ…。」


 聞かされた事実は、瑠奈が普段から話している事と一致していた。


(ケンカするほど、仲が良いのは本当だったんだ…。瑠奈はいつも姉を煽り、発散させて、頭が良すぎる姉にストレスが掛からないように気を配っていた。お陰で恵麻は無意識に瑠奈の相手をして、血の繋がらない事実で孤独を感じる事が無く、暮らせている。それが小春の出現で崩れ掛かっている。)


「天才的な頭脳を持つ恵麻は常に孤独と戦っている。瑠奈が母親の私に甘えて来ないのは、才覚に恵まれた恵麻の孤独を知っているから…。でも、平凡な器量しか無い小春はそんな二人を一生掛かっても、理解出来ないって事?」


 私はそう呟きながら、知らなかった姉妹関係の事実に悩み出すと、


「良いか、母君。今、家族の崩壊する一番の危機だぞ。母君の身の振り方次第では、夫婦めおとの関係も子の関係もすべて壊れて失うぞ。我は母に答えをやれんが、助言は出来る。恵麻を頼むぞ。…ではな、母君。」


 大人恵麻はそう言うと恵麻の中で恵麻と一緒に眠ってしまった。


(無理矢理、大人の人格を出したから、恵麻の体に負担が出たんだね…。助言をしてくれてありがとう…、もう一人の恵麻。)



 恵麻をベッドに寝かせたあと、部屋に戻ったが、夫の蓮さんは当然、部屋にはおらず、別の部屋で眠ることにしたみたいだった。私も眠れずにベランダへ出ると、屋根の上でマリアが月を見ていた。


「どうしたんや、寝れへんのか?」


 私に気付いたマリアが話し掛けて来たので、私も屋根の上に飛び移り、よじ登ると、


「屋根の上に登るなんて、良家の若妻のする事やあらへんぞ。」


 マリアに注意されたが、私は気にせず、隣に座ると、


「さっきは夫婦喧嘩を止めてくれてありがとう…。折を見て、夫婦で話し合ってみるね。」


 さっきのお礼を話したあと、ほとぼりが冷めたあと、夫婦での話し合いをすると告げた。マリアは月を見ながら、


「夫婦の事はウチには関係あらへん。ウチは紫音の飼い猫やから側におる。紫音がおるから、嫌いなババアがおる屋敷でも我慢出来るんや。まあ、今日は天気もエエし、屋根の上にずっと、おるつもりやけどな。」


 そう言って、マリアはまた、月をじっと眺め始めた。そんな彼女の隣で私も月を見て、今後の夫婦関係や子供たちの事を考える事にした。

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