第293話 加害者家族の罪と夫婦喧嘩

 夕方前に入った緊急の依頼。夏は陽が落ちるのは遅いとは言ったとしても、遅くなり、辺りが真っ暗になると私も困るため、少し急ぎで依頼人に会いに行くことにした。


「梅雨も明けたし、祇園祭の季節だよね。」


 6年前もそうだったけど、ウチの繁忙期と京都の夏祭りの時期が重なっているため、三大祭りであるこのお祭りには縁がない。ざわざわと忙しい祭りの準備をする人々の間を通りすぎて、私は小春を抱っこしながら、依頼人のいる場所へ向かう。


 堀川通りの近くにある天使突抜てんしつきぬけ(東中筋)通り。その名の由来になった五條天神宮付近のマンションに到着すると、その屋上で依頼人らしき若い女性が待っていた。


(依頼人のいる場所は山や川が多いのに、マンションの屋上ってパターンは珍しいよね…。)


「…ほんとに来た。」


 亡くなった人の大半が望まぬ死だったりするため、明るい人は少ない。死んだ時の記憶が無い人が多いから、絶望的な表情をしている人も少ないのが救いなのだが、今回の依頼人の彼女は、かなりの闇を抱えた感じでそこに佇んでいた。


「こんばんは、依頼人の方ですよね?神里 紫音と申します。それと抱っこしているのは、私の娘の小春です。」


 私が挨拶をすると、依頼人は私たちに害が無いかを確認して、


「そう…、私は以前、このマンションに住んでいた高杉と言う者よ。最近は違う所に居たのだけど、死んだら、長年住んでいて、思い入れがある場所に呼び戻されるみたいね…。」


 彼女は高杉と名乗り、死んだ後目覚めると、以前に住んでいたこのマンションで霊となりさ迷うはめになった事を語ってくれた。


「何か、未練があって現世に留まっているんだと思います。私に出来る事はありませんか?」


 早速、依頼の話をしようと話し掛けると、


「あるけど…、私は妹を止められなかったし、もう起こっちゃった事は変えられないでしょ?あなたは三ヶ月前に起こった、親殺しの事件を知ってる?私はその事件を引き起こした姉。同時に親を失った娘。」


 三ヶ月前に事件が起こり、何もかもを失って、やり直すきっかけも得れないまま、自らの命を絶った事を話してくれた。

 

(事件加害者の姉で、被害者の娘でもあるのか…。きっと、過激なマスコミ取材や世間に叩かれて、社会的抹殺をされた事件被害者。)



 報道ではプライバシーの規制が掛かるが、世間の目には規制が無い。家族が事件を起こしたとなれば、尚更…。


「過去を変えろとは言わないけど、私にどんな他の選択肢があったのか?それが知りたい。それに…、止められなかった私に落ち度があったのか?教えて欲しい。」


 霊になっても、憔悴する彼女はそう告げて来た。それを聞いた私は、


「分かりました。死を選ばざる得ない状況だったあなたの別の選択肢があったのか?を探してお伝えする事とあなたの責任がどの程度あるかをお伝えすればいいんですね。」


 私が彼女にそう告げると、こくんと頷いてくれたので、


「依頼をお引き受けします。」と告げてその場を後にした。


(久々に重い依頼だよね…。話の途中で幸せな家族の感じを出すのは良くないから、小春が騒がずに黙って聞いていてくれて助かったよ。)


 甘えたりして、依頼人を煽らずに聞いてくれていた娘へ感謝をした。


(三ヶ月前だから、私たちはアメリカにまだいたよね。だから、強烈な事件を聞いても、ピンと来なかったのか。)


 私は恵麻に連絡して事件を調べてくれとお願いすると、


「小春はお母さんといるんだよね?ねえ、瑠奈が居ないんだけど、どこ行ったの?」


 姉の恵麻を待っていると言っていたはずなのに、いない事を聞いた私が事情を彼女に話すと、


「お母さん…、私を待っているなんて、バカ妹のあり得ない嘘をなんで鵜呑みにしちゃうかな~。身辺調査はこっちでやっておくし、早く見つけないと面倒な事になる!だから、急ぎなよ!」


 すぐに瑠奈を確保しろと恵麻に怒られた。


「小春。瑠奈がいなくなったから、少し探すね。」


 そう言って、小春に予定の変更を告げると、


「ルーちゃん?ルーちゃんはポリスの所だよ~。」


 小春いわく、瑠奈はすでに警察で保護されているらしい。どこにいるのか把握している小春の能力にも驚いたが、そんな事、今は問題ではない。警察にいるって事は、神里の母さんにバレるって事だ。私は急いで入院中の岡崎さんに連絡をして、どこの交番にいるかを聞き出し、すぐ迎えに行った。



「紫音!瑠奈をちゃんと見ていないとダメだろ!」


 先に瑠奈のいる交番へ来ていた夫の蓮さんに私は怒られてしまった。


「ごめんなさい…。瑠奈が白河家で恵麻を待っているって話したから、緊急だけど、依頼人の所へ出掛けていたの。」


 事情を話したのだが、この日の蓮さんはいつもみたいに優しくはしてくれずに、


「君は母親だろ!小春は連れて行っても、瑠奈は連れて行かないって、どういう了見なんだ?君は娘に差を付ける母親なのか?」


 判断を間違えた私を責めて来た。ごもっともの意見のため、謝罪を続けていたら、瑠奈が蓮さんに、


「まあまあ、お父さん、許してあげなよ~。お母さんも反省しているんだからさ~。」


 仲裁に入ってくれたのだが、嘘を付いたのに悪びれもしない瑠奈に私は、


「そもそも、瑠奈!なんで、嘘付いて、白河家を勝手に出ていくのよ。お母さんにも、お父さんにも迷惑を掛けたんだから、そこをまずは謝りなさい!」


 勝手な行動を取る、瑠奈にも謝らせようとすると、


「紫音!まだ、4歳の娘に当たってどうするんだよ!今回は君の落ち度だろ?娘に責任転換をするのは、母親としては良くないぞ。」


 嘘を付いた娘は咎めないみたいな発言をした蓮さんに腹を立てた私は、


「私が母親としてダメなら、蓮さんも父親としてどうなの?毎日、仕事で育児は私に任せっきりだよね?こう言う時だけ、偉そうに父親として現れて、私に説教して、勝手な事をした瑠奈を甘やかす…。それは父親としてどうなの?って事だよ!」


 私が日頃から瑠奈を甘やかす夫の落ち度にもあるだろうとキレたら、黒い影が瞬時に私と蓮さんの前に現れて、


「お前ら、ちょい待てや。そんなもん、家帰ってせえ!」


 ウチの猫娘のマリアが私と蓮さんの間に入って仲裁を始めたあと、


「小春が泣きそうな顔でお前らを見とんのが見えへんのか!コイツがこう言う時に上手く表現できひん事は前に伝えたやろ!紫音!」


 マリアは我を忘れて夫婦喧嘩をする私に食って掛かり、平手打ちをした。その衝撃で私は我に帰り、すぐに小春を抱き上げて、あやし始めた。


「ごめんなさい、小春。それにみんな…。」


 私は完全に落ち度を認めて、場にいる全員に謝罪をした。

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