第291話 正義のためなら…

 今は小春と一緒にいる。その事を伝えると、基本的に事務所から指示を出してくる恵麻が珍しく私の元にやって来た。


「お母さん。なんで、小春は元気が無いの?」


 小春が耳をペタんとさせているため、さすがの恵麻でも妹の異変に気付いて私に尋ねてきた。


「今日のこの子はいつもより、不安定なの。なんでだろ…。」


 いつもはここまでじゃない娘の異変を感じ取った私は恵麻に相談した。


「今夜は満月だからじゃないの?あの瑠奈バカは朝からハイテンションだったし、反対に小春は気が落ち込む感じで変だったもん。だいたい、お母さんは人の変化に鈍感過ぎるんだよ。」


 いつものように、私はしっかり者の長女に鈍感だと叱られてしまった。


「お母さんの事だから…、この状態の小春に要らない事を言ったんでしょ。本当に今日は来て正解だったわ。」


 鈍感な私を叱った恵麻は小春を抱え上げて、優しく慰め始めた。


「ネエネエ、ハルの事が好き?」と小春が姉の恵麻に聞くと、


「もちろん好きだよ~、可愛い妹だもん。」


 恵麻は慣れた感じで、小春の相手を始めるとすぐに機嫌が良くなった。


(人によっては、月の満ち欠けでここまで変わるのか…。ん?今日は満月…。)


「恵麻、もしかして…能力者狩りが犯行を行う日は満月の日じゃない?」


 高齢の特殊能力者が亡くなる事件には周期があった。それが満月と関係しているのでは無いかを恵麻に尋ねると、


「お母さん、少しだけ違うよ…。能力者狩りは満月と新月の日の夜に毎回、現れて殺して回っている。その二日の周期にだけ目覚める何かがいるんだよ。そして、今日もどこかに現れる…、だから、私は来たの。」


 予測はほぼ、当たっていた。そして…秀哉さんの中に眠るアレが目覚めるのも恐らく、今日の夜だ。彼が今日に動けば、岡崎さんの父親殺しの犯人が分かる。能力狩りはあの人で、岡崎さんの父親を殺したのはあの人って事になる。



「小春は危ないから私が連れ帰るね。お母さんは岡崎さんを助けに行くんでしょ?これを使いなよ。」


 いつの間にか眠ってしまった小春を抱えた恵麻が細長い錫杖のような物を渡してきた。


「恵麻、お母さんを犯罪者にしたいの?今時、こんな錫杖、旅の僧侶も持たないよ?振り回した時点で通報されちゃうよ。」


 私がそう話すと、


「今の私のミッションは二つ、小春の回収と忍ロボに装備させる武器の性能データを取る事。あとそれ、三節棍だから…、よろしくね。」


 それだけ告げると、恵麻は逃げるように小春を連れて立ち去ってしまった。


(はぁ~、潜入ロボや凶器の作成、恵麻がどんどん危ない方向へ行ってるよ…。恵麻は大人だと思っていたけど、ここら辺がまだ、8歳の子供なんだよね…。)


 天才児の恵麻にも子供っぽさがある事を知った反面、新たな悩みが増えた私は、このどこら辺が三節棍なんだろうと思いっきり振ってみると錫杖が三つに折れて、節が鎖で繋がれた棍が三つに分かれて、見事な三節棍と言う、立派な凶器に変貌した。


(この隠し武器っぽさが忍なのかな?天才少女の考える事は分からん。)


 私は三節棍をどうにかして元の錫杖スタイルに戻し、弟の所へ会いに行ったと考えられる岡崎さんの元へ向かうことにした。



 岡崎家に向かうと警備の人も居らず、辺りはとても静かだった。


(そう言えば、昨日、人払いをしたって言っていたし、使用人たちにお暇を出したって事かな?それでも、誰もいないのは変だ。)


 インターフォンにも反応が無いため、別世界に来た感じだったが、そんな事で諦める私では無い。ご自慢の運動神経を使い、屋根を飛び越えて侵入した。



「神里様、不法侵入ですよ。」


 秀哉さんの奥さんの美雪さんが、悪霊を斬る刀を持って庭で待ち構えていた。


「随分と物騒な物をお持ちなんですね。まるで悪霊が来ることを想定したかのように待っているなんて…どういうつもりなんですか?」


 私が彼女に尋ねると、


「ウチの主人が神里 紫音様は厄介な悪霊に取り憑かれているから、次に来た場合はこの刀で斬って差し上げろと申されました。ご覚悟を。」


 そう言って、彼女は刀を私に向けて振りかざしてきたので、交わして距離を取って、


「あなたが一哉さんのお父さん。義理の父親を殺したんですね。その太刀筋を交わせる人はそういませんし、秀哉さんが能力者を殺しているのを知ってしまった父親の不意を突いて、あなたが本物の刃物で刺し殺した。」


 事の真相を話し始めると、


「夫は正義のために悪を討っていた。私はそんな夫を慕っていた。なのに…この家の人間、お義父さまは夫の正義を理解しなかった。一哉さんが死ねば、岡崎の家督は夫の物です。夫は一哉さんを殺して、岡崎の家を継ぐんです。あなたごとき小娘に邪魔はさせません。」


 彼女は問答無用で私を攻撃し始めた。


(太刀筋は剣道をやっている人よりも段違いに鋭い。もしかすると、高校生の時の小鈴よりも強いかもしれない。)


「あなたほどの正義に五月蝿い人間が悪霊に影響されて、闇落ちしちゃうなんて…。この世も終わりかもしれません。あれは優しいあなたの夫ではありませんよ。」


 新月や満月の満ち欠けに影響されて、その二日間の夜だけ、秀哉の中から出てくる悪魔、それが…能力者狩りの正体だった。


「あなたは秀哉さんの中に別の魂がある事を知っていた。なのに、老害と決め付けて、高齢の能力者を殺し続ける彼を止めなかった。稀有な才能に恵まれたあなたは、その力をもっと弱い立場の人間に使うべきでは無かったんですか?」


 彼女の苛烈な攻撃を交わし続けながら、私はもう止めないかと言い続けた。


「夫はいつも私を褒めてくれた。そんな夫のためなら、私は悪魔にでも、鬼にでもなる。」


 秀哉さんの事を愛する気持ちが、彼女を狂わせた事を知った私は、


「悲しい人。秀哉さんとの子供が出来ない体とはいえ、夫への愛情の掛け方を間違えるなんて…。美雪さん、そろそろ…終わらせても良い?」


 私は交わすのを止めて、持っていた三節棍を彼女のわき腹に当てて、彼女に致命的なダメージを与えたあと、鳩尾に蹴りを入れて倒した。気絶させた彼女を掴んでゆっくりと地面に寝かせたあと、


「夫が同じ事をしたら、私ならボコボコにしたあと、警察に突き出すけど…ね。」


 正義のために悪を討つのは私たちの仕事じゃないよと、気絶した彼女に私は言い放った。


(異常に強いな~、岡崎家の嫁。…私よりは弱いけど。)

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