第290話 魂が変わった理由

 私や杏奈のように、秀哉さんにも別の魂が入り込んでいる可能性がある。後日に、その事を秀哉の兄である岡崎 一哉に私は報告した。


「そんなはずは無い。もし、そうだとしたら…さすがに僕が気付くよ。」


 誰よりも魂を見る目が優れている事を話す一哉が私に反論してきた。


「その肉体さえあれば、本人になれるよ。使っている脳は体のモノだもん。私みたいに魂が特殊じゃないと、魂の記憶が同化して気付かないうちに本人と同じような人間になる。性格もさほど変わらなくなるけど、彼は結婚と同時に変わったと話していたから、その時期に何があったんだと思うよ。」


 私はその時に大きな変化があった事を話すと、


「杏奈や紫音ちゃんの体が入れ替えた悪霊みたいなやつに、秀哉も被害を受けたって事か?確かにあの頃の実家の事情は知らない。僕が実家に帰ったのは、杏奈の妊娠が分かって、報告しに帰った時だから…。」


 どうやら、杏奈のような事例が他にもあったらしい。事件になっていないって事は、自殺や他殺などの死人は出ていないはずだし、


 私が知っている悪霊の仕業ならば、記憶が置き換わる事は無かったはずだから、秀哉さんの件は別の案件。報告のあと、二人で考察を始めた時に、


「ママ!」マリアに抱っこされた小春がやって来た。


「オカンに会いたいって言うし、ウルサイから連れて来てん。あとは頼んだで。」


 そう言って、マリアが小春を下ろそうとすると、


「マリリンも一緒だよ。」小春がマリアを掴んで離そうしない。


「ウチの名前はマリリンちゃうわ、なんど言うたら分かんねんボケ。それから、はよ離さんかい。」


 マリアは自分をあだ名で呼ばれている事に対して腹を立てていたが、マリアの事が好きな小春は気にもせずに甘えていた。騒がしい二人を止めるために私は、


「小春、マリアが嫌がっているから手を離しなさい。」


 小春を叱ると、尖った狐耳をペコんと倒してあからさまにへこみ出した。そして…そっと、マリアを掴むのを止めた。その態度を見たマリアが、


「自分、そんな態度取るんやったら、オカンに不満くらい言えや。親子で遠慮して、どないすんねん。」


 母親に意見があるなら、言いたい事はぶつけろとマリアが小春に言うと、


「ハルはママが好き。マリリンはママが好き?」


 小春がマリアにそう尋ねると、


「好きやから、何も言わへんの?それはちゃうやろ。」


 マリアはそう言ったあと、小春の頭を撫でながら、


「紫音、まだコイツには人間らしい負の感情があらへん。嫌いって感情をうまく外へ表現できひん。母親やったら、こう言う事も気が付いたらなあかんぞ。」


 私に忠告すると、「ウチは猫やし自由にさせてもらうわ」と走ってどこかへ行ってしまった。


 ようやく、小春がいつも笑顔を振り撒く理由が分かった。この子には、人間に存在するはずの負の感情をコントロール出来ない。瑠奈に尻尾をイタズラされた時も言葉では嫌がっていても、我慢してヘラヘラしていた。今も、自分を一番理解してくれるマリアがいなくなり寂しいはずなのに…、私に叱られて耳をペタんとさせたまま、文句も言わずに屈んで、地面を指でなぞる行動を取り、いじけている。


 この子に不満があるのは分かったので、私はしゃがんだあと、


「小春、今日はお母さんに好きなだけ甘えて良いからね。」


 へこんでいる彼女の頭を優しく撫でていると、徐々に機嫌が良くなり、私に引っ付いて甘えてきた。


「小春の精神的な脆さは昔の私に似ちゃったのね。」


 この子は良くも悪くも、瑠奈の持っていない所をすべて持っていた。瑠奈が懲りない鋼のメンタルだとすれば、小春は臆病ですぐに傷付いてしまう。だから、注意すると二度と同じ事をしない。私の仕事中は話を遮って来ないし、今も仕事中のため、私の隣で言葉を出さずに引っ付いて、ニコニコしているだけだ。



「岡崎さん、ごめんなさい。話し合いの途中でしたね…。どうですか?秀哉さんの事で昔と今の何かが変わったって事は感じませんか?」


 身内の事で待たせてしまった彼に謝罪して話を戻すと、


「人を手玉に取る、紫音ちゃんでも…、子育てには苦戦するんだね。好き勝手してきた僕を兄に持ったせいで、秀哉もその子みたいに言いたい事が言えず、悩んでいたのかもしれない。」


 彼は愚痴すら言えない立場だった弟と人間らしさが欠けている小春を重ね合わせて、そう考えていた。


「弟には僕の知らない裏の顔があって、そっちの弟が親父を殺したのかもしれないな…。」


 彼はそう呟くと、


「どこの世界でも、親殺しは大罪だ。証拠が揃い次第、自分の手で処理するよ。調べてくれてありがとう紫音ちゃん。あとは身内の問題だから、引き継ぐよ。」


 私に身内の問題と告げた彼は証拠を集めると言い残し去って行った。



(確かに怪しいのは秀哉さんだけど、本当にそうなのかな…。)


 私は単純すぎる真相に疑問を感じていた。今回はそんな簡単に解決できる問題では無いと…。


「秀哉さんを見て、私が感じたのは、違う魂が元の魂を塗り替えたようにも感じなんだけど…。」


 前にもこんな事象を見た気がすると考えていた私は、瑠奈と小春のように、彼の魂が分裂したのでは無いのか?と考え始めた。知らない間に本来の記憶が置き換わっていたとしたら、瑠奈は本来、小春のような性格をしていて、私似の子供だった…。予め、小春が生まれてくる事が想定されていて、瑠奈はあんな性格の子になった。


(瑠奈は夫の蓮さんにも似てないし、私が育てたのに、私にも似てない。反対に小春は私が育てた記憶が無いのに、私に似すぎている。)


 感情が乏しい所が昔の私そっくりの小春は私にくっついて来て、


「ママ、ルーちゃんの事、考えてる…。」


 考えている事を小春に読み取られて、急に拗ね出した。


「小春、そんな事で拗ねちゃダメ。お母さんは恵麻、瑠奈、小春、三人とも大切なんだから…ね。瑠奈はそうでも無いけど、恵麻はお姉ちゃんだから…甘えたい気持ちを我慢していつも過ごしているんだよ?」


 小春に姉の気持ちを考えなさいと伝えると、また、耳をペタんとさせてへこんでしまった。


(この子はメンタルが弱すぎるよ。しかも、人に言い返せない。魂が人間では無い小春は不満を人にぶつける事がまったく出来ない。)


 もしかすると、岡崎家でも同じような事があったのかもしれない。母親が長男ばかりを可愛がり、次男は二の次。一哉さんは何の不自由も無く過ごせたが、秀哉さんはそうじゃ無かった。常に感情を圧し殺されて生きていた。やがて、その感情が別の魂を自分の中で生み出した。


(光と影の魂が同居しているみたいな感じだよね。そこに今回の事を解くカギがありそうだね。)

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