第222話 人助けしても、良い事があるとは限らない

 新社長になった白河 絢美さんの元彼と協力して、駅での自殺未遂を防いだ俺は、彼が失踪した訳アリ人間だとは思わなかった。未央にその話をした俺は物凄い剣幕で彼女に彼の居場所を聞かれてしまった。


「で、紫音は絢美ちゃんの元彼だと聞いて、この会社で働かないかと彼をスカウトしたら、断られたって事なのね?」

 未央はかなり怒りながら、俺を責めてきた。


「あの~、未央お母さん…。私ってなんで…正座をさせられて怒られているのでしょうか?」

 ガチで説教する時の鬼母モードの未央に尋ねると、


「ウチの娘が少しおバカなのは知ってたけど…、無神経なバカだとは思わなかったわ。何となく誤魔化して、私の前に連れてくるとか出来なかったの?」

 鬼母は彼を取り逃がしてしまった事を叱ってきた。


(知らないよ!そんな家庭事情があったなんて、理不尽過ぎるよ…。言い返したら、お尻を叩いてきそうだし…。)


「紫音。今日中に彼を捕まえて、私の元に連れて来なさい、じゃないと…、分かるわよね?」

 娘に脅しを掛けてきた。この鬼母には逆らえないため、


「分かりました。お母さん。今すぐ連れて来ます。」


 未央にそう告げて、白河家の家を出てから通りまで行くと、黒のワンボックスカーが俺の前に止まった。その中から私服の麻友が出てきて、


「紫音様。紫音様の部下になれる最高の誉れでありがたい勧誘を断った、不逞の輩を捕らえました。神里のお義母さまは殺して構わないと言われましたが、どういう処理をなさいますか?」


 彼女は車の中で布を被され、手足を縛られている絢美さんの元彼を指して話をしてきた。


(不逞の輩は拉致して連れてくる、ウチの母さんや麻友の事だよ?これで私も神里家に属する犯罪組織の仲間入りだよ…。)


 人の行動を先回りする麻友に呆れていたが、未央お母さんから怒られずに済むため、彼を白河家に運んで欲しいと言うと、麻友は「ではどうぞ。」と縛られている彼を車から突き落として、そのまま走り去ってしまった。


(えっ?これじゃあ…、私が拉致したみたいになるよね?主への配慮ゼロだよ、麻友?)


 幸い、近くに誰も居なかったため、見られないように、急いで白河家へ運ぶと、


「紫音。お母さんは拉致して連れて来いとまでは言ってないわよ?お母さんにあなたの犯罪行動の片棒を担がせるつもりかしら?」


 やり方が強引すぎると言われて…怒られた。


(麻友のせいで未央お母さんにまた、怒られたよ。もう…散々な日だよ。)


そして、彼の拘束を解くと、

「まさか、君が犯罪組織のトップをしているとは思わなかったよ…。俺を殺すつもりなのかい?」


 この人の中で橘 紫音は犯罪者になってしまった。


「久しぶり、涼介りょうすけ。私の娘が強引な事をして悪かったわ、本当にバカな子なの…。」

 未央は強引に連れて来たことを彼に謝罪していたが、


(これで拉致の首謀者が私って、確定しちゃったよ…。)


「未央、彼女はお前に似て美人で優しいが、怒らせると怖いんだな。部下になるのを断っただけでこの仕打ちは無いと思うのだが…。」


 彼は部下なるのを断っただけで拉致をしてきた事を話すと、


「だから、謝ってるでしょ?娘はどうしようもないバカなの。許してって言ってるじゃない!紫音!あなたも謝りなさい!」


 また怒られてしまったので、認めたくないが謝罪した。



その後、落ち着いた彼に未央は、

「私は絢美ちゃんから逃げたあなたを許さない。彼女にはあなたのような人が必要だった…。どうして何も言わずにいなくなったの?答えて!」


 彼女は怒りをぶつけて質問していた。


「俺は、自分の行いで多くの人を苦しめてしまった。そんな事を気付かずにしていたのに生きる意味ってあるのか…、分からなくなったんだよ。」


 彼はそう告げて、失踪原因を話し始めた。

 

 彼は真面目な会社員だった。毎日、真面目に自分の業務をこなし、プライベートでは年下で明るい絢美さんと付き合って順風満帆な生活を送っていたが、ある日、自分の勤務態度と周囲の勤務態度の熱の違いに気付いてしまった。向上心を削がれた彼は仕事を続けるも苦しんでしまい…、病んでしまった。


それを聞いた元会社員の俺は、

「会社員あるあるですね…。転職するか、昔の私みたいに上司に喧嘩を売って、辞表書いて辞めれば良かったのに、何故、そうしなかったんですか?」


 割り切れば良かったのでは?と聞くと、


「お嬢ちゃん。女子高校生だろ?何を言ってるんだ?」

 紫音の中身を知らない彼が首を傾げていたので、


「今年の春まで、紫音は涼介より少し年下の男性だったのよ。私たち結婚の約束までした仲だったの…ね~、紫音。」

 彼に俺の中身を説明したあと、優しく頭を撫でてきた。


「未央お母さん、昔の事はいいよ。今は仲良し親子だもん!」

 紫音っぽく振る舞わないと怒られる俺は全力で娘として甘える。


未央に甘えていると、恵麻が起きてきて、

「おかあさん、おなかすいた~」とご飯を催促されたので、


「未央お母さん、キッチンと冷蔵庫の食材を借りるね?そこのおじさんも私の料理を食べていきなよ。あっ、ご飯ができるまで、彼の話の続きを代わりに聞いて、人生の先輩としてアドバイスしてあげてよ、恵麻。」


 そう言って、俺はキッチンに歩いていった。



 母親に頼まれてしまった恵麻は、


「む~、母君が勝手な奴ですまないな。それにしても未央、さっきの声はうるさかったぞ?この男にも事情があるんだから…、女なら察してやれ。」


 大人の恵麻に叱られた未央は、


「だって、恵麻~、男って、重要な事は悩んでいても話してくれないじゃない。それは腹が立つわよ。」


 小さい子供相手にまるで友達と話す、彼女の姿に呆気を取られていた彼は、


「で、この小さい女子高校生の服を着ている少女は紫音って子の娘で紫音さんの中身は中年の男性?なら、この子は未央の孫って事なのか?」


 話についていけず混乱する彼に、


「涼介とやら、母君が欲しい人材とは思えん適応力の無さだな…。人間を見た目や中身だけで判断するな。頭が堅いお前には理解できない世界が今、ここにあるんだぞ?分かったなら、昔の事は綺麗サッパリと忘れて、我が母君の家来になれ。分かったな。」


 取りあえず、黙って紫音に付いてこいと彼に話すと、


「うむ、あとは任せたぞ、未央。我は母君に甘えて来るからな。」


 恵麻はそう告げると紫音のいるキッチンへ向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る