第67話 男が女として生きる覚悟は女優魂に似ている

俺は今、仕事を続けるか迷っている大原さんに向けて話していた。


「私は女優を辞めても構わないと考えています。今さら、一般人になるのは大変かも知れませんが、あなたはまだ若い。決めるなら今、ですよ。」


 女として生きる最大の決断をした俺だからこその説得だった。


「今日は久しぶりに一般人として過ごせてどうだった?」と聞くと、


「私は女優をしていて無理があったのかもしれません…。すべての人があなたたちみたいに温かい人ばかりなら、すぐにでも辞めると言ったはずです、でも…。」大原さんは悲しそうな顔をしていた。


 彼女は芸能人としてバッシングもあっただろう。今回の休養ですら、自分勝手とか、無責任とか、誹謗中傷をされたみたいだった。

(優しくない世界だね、芸能界の仕事は…。だからこそなんだよ。)


「私は宮元さんに頼まれたのは、大原さんを立ち直らせて欲しいだった。それは、女優としてとは、言っていなかった…。その点も踏まえて、私は芸能界の引退を進めているんです。」


「もし、無理に続けて精神が壊れてしまったら、それこそきっかけを作ってしまった、宮元さんが浮かばれないんです。」

 この時の俺は珍しく、熱くなって話していたかもしれない…。


「私は今辞めると、いろんな人に迷惑をかけてしまいます。」

 彼女はこの状態でも、関係者さんの心配をしていた。


「やっぱり、君は向いていないよ?女優なのに、気を使いすぎなんだ。私たち一般人の大抵の仕事はチームワークが何より重要なんだ。でも、女優は常に一人だ。周りには共演者がいるかもしれないけど、あなたの役は一人でこなさないといけない。どれだけのスタッフや関係者がいたとしても、演者は一人。常に孤独と戦い続ける仕事なんですよ。」


「あなたにその覚悟はありますか?」今日の俺は厳しかった。


「恵令奈先生。少し言い過ぎかと、思います。」

 日向は俺を制止してきたので、次の行動に出た。


「大原さんは私を見てどう思いますか?」彼女に意見を求めた。


「はい。年齢はほぼ変わらないのに、しっかりと自分を持ったスゴく素敵な女性だと思います。」彼女は見たままに答えてくれた。


「正確には違うんです。俺は今年の4月までは、35歳の男性だったんです。その頃、霊に関しての仕事で出会った女性がいました。その女性の名前は上本 恵令奈さんという依頼人の方でした。依頼を受けた時に彼女が俺に触れてきました。その瞬間、不思議な力の影響で、記憶が35歳男性の俺、体が24歳女性の恵令奈さんになってしまったんです。」


 そして大原さんの手を取り、恵令奈の胸に当てて、


「この感触は本物の女性でしょ?最初は男に戻る方法を探しました。でも、本物の恵令奈さんの魂はすでに旅立ってしまい、もう存在しません。事態は変わらないまま、俺は私、恵令奈として生きる事を決めました。戸籍も恵令奈、見た目も恵令奈、好きなタイプも男性なんです。そしてこの間、結婚を約束していた女性、未央を後輩で男性の本郷くんに譲りました。」


「大好きな女性が他の男性に取られても、今はそれすら悔しいと思わないんです。それはこの体が人一倍、女性に興味を持たないからです。常に恵令奈は男性の事ばかり考えているんです。」


「この気持ちは誰にも分かってくれません。恵令奈も俺も常に孤独なんです。このケースは歴史上おいてもほぼ、無かった事例かもしれないから…。」


「でも、俺で良かったです。もし、隣にいた紫音に恵令奈さんが触れたらどうなっていたか分かりませんから…。俺はこの子を守れたら、あとはどうなっても良いんです。」

 そう話して、紫音の頭を撫でていた。


それを聞いた紫音が、

「お父さん。私はお父さんの娘になれて良かったよ?お父さんがいなければ今の私は絶対にいなかったもん!だから、ずっと私のそばにいてね。」

 紫音は涙を浮かべながら話し掛けてきて、俺の元にすり寄ってきた。


俺を止めてきた日向も、

「恵令奈先生はそんな孤独で大変な思いをしたのに、人をたくさん救ってきたんですね。決めました、私は先生に付いていきます!先生みたいにたくさんの人を救えるように頑張ります。」と気合いを込めて話した。


俺は大原さんに、

「社会的立場が弱い、女として生きる覚悟は強い精神を持つことなんだよ?大原さんが本当に女優を続けたいなら、もっと強くならないとダメだよ?」


すべての意見を聞いた大原さんは、

「私は女優を続けたいです。誰にも負けないくらい強くなります。だから、お願いします。奈都美さんに言ってもらえますか?私はもう、大丈夫だと。」

 彼女の目が変わり生気を取り戻した…そんな雰囲気だった。


「恵令奈さん、私の目標はあなたです。男性のあなたは完璧な演技で女性になっているもの…。それにとても強いし、憧れの女性です!」

(変な憧れを持たれてしまった…)そして彼女は俺に、


「あの!良かったら、私と一緒に女優をやりませんか?」

(彼女の中で俺は女優の恵令奈みたいだ。でも…ちょっと違うよ?)


そのお誘いに俺は、

「私には私しか出来ない仕事がある。あなたにもあなたにしか演じられない役がある…でしょ?」

 キッパリと断って彼女にそう言って諭した。


「残念です。いつでも待ってます、恵令奈先生。」彼女は残念そうだ。

(この子の教師になってしまったよ…。まだ、芸能界に誘ってくるし…。)


「強くなれるおまじないをするね?手を貸して。」

 そして、俺は彼女の手を握り心を込めて俺の能力を解放した。

(これで彼女の才能が開花するはずだ。頑張って、大原さん。)

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