第2話 紫音が喋らない本当の理由
「新たな有力情報は無しか。」
家を出た俺たちは、どうするかを考えていたが、探偵初心者の俺に当然、何も閃くはずもなく未央さんに聞いてみる事にした。
「家族からも知人からも慕われている人がなぜ、なんだと思いますか?未央さん。」この人なら閃くかもと期待すると、
「光さん。私が年上だから気を使ってさん付けで呼んでくれますけど、私の夫なんですから。未央と呼び捨てにしてください。」
他人行儀な応対に怒られてしまった。
(妻という設定は崩したくないらしい)
「未央。」
「なんですか光さん。」
「呼んだだけです。すみません。」(慣れないよ。)
「だから、敬語はやめてください。怒りますよ。」
怒った感じの仕草をしてくる。
「怒らないで。ちゃんと話すから。」俺はタジタジになる。
「それなら良いですよ。光さん。」
(さっきからマウントを取られ続けてる。)
「では。続きは自宅で夕食を食べた後にしましょう。」
仕事も家事もこなす完璧な奥さんだ。
「紫音、お家に帰ろっか?」
未央さんは紫音ちゃんの手を繋いで歩いて行った。
「………。」それでも彼女は未央さんに対しても無言だ。
白河親子の家は会社の事務所でもあるらしい。
夕食をご馳走になる事になった俺は未央さんが夕食を作る間に社長に今日の成果を報告した。
「と言うのが、本日得た成果になります。」と俺が言うと、
「なんや、ややこしそうな案件やな。すまん!任しといて悪いが採用試験の難易度は激ムズや。」と社長が言う。
(ですよね。まったく原因が不明ですもん。)
「あと、お伺いしたいことが……。」妻になりきる彼女の事を聞きたかった。
「なんや言うてみぃ。」
「未央さんはいつもああなんですか?」と俺が言うと、
「あれはわしの義理の娘やねん。交通事故でわしの息子とわしの孫娘を亡くしてもうて、それがショックでおかしくなってしもてん。」
(それは精神的にキツいな。)
「当時は家に引き込もっとたわ。でもな、そんな時に紫音に会ったんや。」
夫と娘を同時に失う痛みは人には絶対に理解されないだろう…。
「紫音もな、学校でいじめられてずっと不登校やってん。」
(霊が見える不思議な子。それだけでいじめの対象になるな。)
「なんか、不思議な力を持つ紫音との波長が合ったんかな、それ以来、家に連れ帰って娘のように扱うようになってしもうたんや。
あれや、現実逃避っちゅうやつやな。」
(現実逃避している点で言えば、俺も変わらないな。)
「未央も紫音も二人とも現実逃避しとんねん。だから、わしのな、手伝いやらしてんねんけど、困ったことに紫音には霊が見えても、未央には霊が見えへんのや。」
未央さんは霊が見えないのか…。
「だから、光くんみたいな霊が見えるやつを新しく雇ってん。」
紫音ちゃんの理解者と未央さんとの間を取り持てる相手…か。
「すまんけど、働いている間、かわいい義理の娘のために芝居に付き合ってくれへんか?」
社長は俺に頭を下げてきたので、
「俺は構いませんが、社長の息子さんみたいには立ち振るえませんけど、大丈夫ですか?」と俺が言うと、
「振る舞う必要は無いんや。霊が見えるだけで十分、光くんは役割果たしとる。あとは、紫音との相性だけやねん。
…そこが一番の問題やけどな。」と社長は言った。
「そうですね。話をしないからコミュニケーションが取れないですし。」
(今日は一言も話さなかったからな。)
「まあ、色々、頼むわ!今日はお疲れさん。」
話を急に切り替えてきた。(話はもう、終わり?)
夕食は四人で食べる事になり、
「そう言えば光さん。」俺を真剣な眼差しで見てきた。
「どうしたの?未央。」恐る恐る聞くと、
「いつごろこの家に引っ越して来られますか?それとも私が光さんの家で暮らしましょうか?」
(早速、同棲を求めてきたな。)
「どちらかの選択肢しか無いんですか?」
「ああ、近くのマンションを借りて一緒に住むという手もありますね。」
(どっちにしても一緒には、住むんだ。)
「どちらにしても紫音の事もあるので早めの返事をお願いしますね。」
と未央さんは話を終えた。
やはり、未央さんは精神的に危険な状態なのだろう。
たとえ、偽者の家族でも3人で暮らしていたいのだ。
その間も紫音ちゃんはずっと黙ってご飯を食べていた。
(紫音ちゃんもかなり深い闇を抱えていそうだな。)
紫音ちゃんの事は何となくわかる。霊が自分にだけ見えていて、親にも友達にも理解されず、否定をされてこの年まで廃人のように過ごしていたのだろう。
つまり、生も死も存在しない無の世界で生きているという事だ。
食事のあとは三人で依頼の話をしないと。
今の俺にできる事は、
「紫音、こっちにおいで。」と紫音ちゃんを呼んだ。
すると、紫音ちゃんがこっちに来たので、
「俺はお前の父親だ。お前の言うことはすべて信じるし、お前にしか見えないものも俺には見えるんだ。」
「だから、何でも話してもいいんだぞ。」
「お前が何を言っても否定しない。」
しばらくの間のあと、
「本当に?」と初めて紫音ちゃんが声を出した。
「本当だよ。だって今日、俺たち二人だけは池田さんと話したじゃないか。」
「うん!」と紫音ちゃんは言った。
「それから、この人は君のお母さんだ。だから、何でも話してもいい。」
話を始めてくれたので今度は未央さんとも俺は話して欲しかった。
「紫音のお母さんは君を否定しないから、甘えてもいいんだぞ。」
未央さんなら、大丈夫だと…、彼女を説得すると、
「お母さん。」と紫音ちゃんは未央さんに声をかけた。
すると、未央さんは涙を流し、泣き崩れてしまった。
「お母さん、泣かないで。」泣き崩れた母親を心配していた。
「うんっ、うんっ、ごめんね。紫音。」
と言いながら紫音ちゃんを抱き締めた。
「100点満点の対応やな。」と今まで黙って聞いていた、社長が言っていた。
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