採用試験と家族の絆

第1話 憑依女優の妻と無口で無表情の娘

(霊なんてそんなものいるのか?)


 事務所を出た俺と紫音ちゃんは…、ずっと無言だが、俺の進む方向には、着いてきてはくれるみたいだ。


 そして、二人で依頼のいる東山七条近辺に向かった。周辺は有名な寺院や京都国立美術館などがあるかなり有名観光地だ。

(町中に霊なんているのかな?)


俺は紫音ちゃんにコミュニケーションを取ることにした。


「紫音ちゃん、なぜ君はこんな事をしているの?」

「………。」


「無理に俺についてくる必要はないんだよ。」

「………。」


何も反応してくれない。ただ、無言で彼女はついてくる。


豊国神社近くの耳塚付近に到着した。

「依頼人の所に着いたよ。」と紫音ちゃんに声をかけて


「すみません。京都霊能社の者です。」

 と指定された場所にいた女性に声をかけた。


「わざわざありがとうございます。私は池田と言います。」

 笑顔で中年の女性が挨拶してくれた。


「私は神里と言います、それに娘の紫音です。」

 俺は頭を下げたが、紫音ちゃんは女性をガン見していた。


「ご丁寧にどうも、早速依頼の内容なんですけど。私は先日亡くなってしまったようなのです。」

 女性は普通に自分が死んでいると言っていた。


(………亡くなる?)


「どういう事でしょうか?」俺は聞き返した。


「私はなぜ自分が死んでしまったのか分からないのです。その理由を家族に聞こうとしても、家族のみんなには私が見えないのです。」

 ここで死者が見える見えない話になってきた…。


「私からの依頼は私がなぜ亡くなったのか?なぜまだ、あの世に行けずこの地に留まっているのかを調べて欲しいのです。」

 死因を調査する…、これが彼女の依頼内容みたいだ。


(これが社長が言っていた。俺には見えるから合格と言うことか。)


隣の紫音ちゃんを見ると…、

(後ろの紫音ちゃんも無言でずっと、池田さんをガン見しているって事は、紫音ちゃんにも見えているみたいだ。)


「分かりました、その依頼を引き受けます。」

 ある程度の情報提供を受けた俺は昼食休憩も兼ねて近くのカフェで考える事にした。


「紫音ちゃん。お昼ごはんを軽く食べようか?何にする?」


「………。」

(相変わらずの無言。食べたいものすら言わないこの子をどうしようか。)


(ずっと付いてくると言う事は嫌われてはいないようだが、何を考えているかが、分からない。)


 俺は無難にサンドイッチのセットを注文して紫音ちゃんに食べてと言い、依頼の内容を考え直す事にした。


「大丈夫だよ、遠慮せずに食べて。嫌いなものがあったら残していいからね。」

 父親らしく、俺は彼女が残した物を食べようと考えた。


俺がそう言うと紫音ちゃんは無言で食べ始めた。

(少しほっとしたな。文句も不満も言わないから心配だからな。)


あと、

(父親の役なんだから、もう少し気をまわさないといけないな。)


「池田さんの家族に原因を直接聞くわけにはいかないからな。なにかいい方法は。」


(身辺調査か、なんだか探偵みたいな事をしているな。)


(紫音ちゃんに聞いても答えてくれなさそうだし、こんな仕事を今までしたこと無いからな。)


ふと、紫音ちゃんを見ると食べるのを止めていた。


「えっ、もういらないの?じゃあ残りは俺が食べるねと言い残り物のサラダやセットメニューのものを食べた。」

 何も話さないため、タイミングが分からない…。


「お手洗いは大丈夫?今のうちに行っておいてね。もうすぐここから出るから。」


そう言うと無言で紫音ちゃんが席を立ったので、

(相手が言わなくても、こういう気も使わないとダメだよね。)


あとは、未央さんに協力してもらおう。


そのあと、すぐに未央さんが来てくれた。

「未央さん。協力ありがとうございます。」と言うと、


「光さん。私たちは夫婦ですよ。もっと親密な関係なはずです。」

 至近距離まで近付き、俺を見て、目をキラキラさせている。


(頼んで悪いけど、未央さんは大人の妖艶な雰囲気の女性で、すごくやりづらい…。京都に由緒ある良家の女性って感じかな。)


「紫音、ちゃんといい子にしてた。」と言い、紫音ちゃんを撫でていた。

母親の役に入りきっている。

(憑依女優みたいな人だ。)


俺たちは、池田さんの自宅へ向かう事にした。


「と、言うのが、池田さんの情報になります。」と未央さんが言った。


「そんな情報をこの短時間で集めたんですか?」と俺が聞くと


「愛する夫のためです。」と未央さんが言った。

(こういう仕事をしていると少し感覚がおかしくなるのかな?)


横にいる紫音ちゃんは相変わらず何も話さない。


俺に突然、憑依女優の美人妻と無表情で無口の美少女の娘ができたみたいだ。



 未央さんの情報通り、池田さんの自宅はすぐに見つかり、玄関で大学生になる息子さんが対応してくれた。


「初めまして、昔、お母さんの同僚だった、神里 未央と申します。」と女優妻の未央さんは言った。


(さりげなく、平然と嘘を並べる女優妻。すげぇな。)


「この度は、お母さまの詩織さんが突然のことで、心よりお悔やみ申し上げます。」

 未央さんはグイグイと池田さんの家庭事情に首を突っ込む。


「いえ、こちらこそ母のためにお越しくださってありがとうございます。」

 と未央さんを偽者だと気付かない、池田さんの息子さんが言った。


「生前のお母さまには大変お世話になり、本日は夫と娘をつれて哀悼の意を表したく、訪問させていただきました。」

(年の功だ。未央さんはこう言うシチュエーションに慣れているのかな?)


「本当にありがとうございます。上がって母に会ってやってください。」

 息子さんは、偽者家族をアッサリと通してしまった。


「ありがとうございます。では、失礼します。」

 と未央さんを先頭に俺と紫音ちゃんは池田さんの家の中へ入っていった。


 池田さんの遺影に一通りの挨拶を済ませたあと、未央さんは本題に入る事にした。

「あんなに元気だったお母さまはなぜ、お亡くなりなったんですか?」

 ガチ女優妻は早速、情報を聞き始めた。


「それが、母は突然、自殺してしまったのです。」

 息子さんは悲しそうな顔をして答えていた。


「本当に自殺だったんですか?」未央さんが、疑いながら…聞き返すと、


「警察は現場を見てそう判断したみたいですが、僕は信じられないんです。」

 息子さんは自殺を信じてはいない…。


(なにが原因なのかな?)と俺が考えていると、


「そうですよね。いつも明るくて誰からも慕われていた詩織さんが、そんなわけないって私も思っていました。」

(女優の妻は自分で調べた情報を元に話している。)


「だから、せめて今の私にできるのはその原因を究明することなんです。」

 名演技を繰り広げる女優妻は、息子さんの心を取り込むつもりだ。


「本当に?他に原因があるんですか?」と息子さんが言うと、


「私にはそんな調べる力は無いのですが、ここにいる私の夫と娘なら、可能かもしれないと思い、今日、連れてまいりました。」


(話を持っていく方法がうまいな、未央さんは。)


すると池田さんの息子さんが、

「お願いします!どうしても母に何があったのか知りたいんです。」

 彼はまっすぐな目で未央さんに頼んでいた。


「夫は私より年は下ですが、とても頼りになる存在です。あなたが話をしてもいい範囲で話してみてくれないかな?」

 未央さんは俺をなぜか立ててくれる…。


それから、池田さんの息子さんは話をしてくれた。


夫婦の仲がとてもいい事。仕事の話をしている時が楽しそうだった事。

葬儀にも多くの人が参列していて、とても人から慕われていた事。


話を聞く限り死を連想するものは何もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る