第24話 仲間達は完全に引いていた。

 喚いた蓼の精神は比較的すぐ落ち着いてきたのだが、喚かれた方はたまったものではない。仲間達は完全に引いていた。管理人の方が寧ろ優しい位だった。そのために蓼の精神はまたどんどん不安定になった。


 当然仕事も楽ではなかった。辛い仕事の中では、自分はなぜこんなことをしているのか? という疑問が湧き上がることがある。何か楽しみがあれば、何か楽しく笑えられれば、そういう疑問も雲散霧消し考えなくなってくるが、蓼はそうやって解消する方法を持てないどころか、仲間達から余計に拒絶という苦痛を与えられていた。


 蓼は仲間達から危険な作業場に充てがわれるようになっていた。蓼は嫌われるどころか気持ち悪がられていた。しかしノビルは何の強要もされていないにも関わらず、蓼と一緒に危険な作業場へと付いていった。なんとなく。


 その場所は電灯も消えている場所が多かった。暗がりに目を凝らして、手探りに作業をした。


 削ったものを運び込み、二人は仕事を終えた。


 紫の電灯が坑道を照らしていた。どこから来たのか、虫が電灯の周りをぶんぶん飛び回って、何匹かは電灯の内側に入り込んで抜け出せなくなっていた。電灯の中には虫の死骸が溜まっていた。


 ノビルが電灯に近付いて、手で電灯を拭ってきれいにしようとしていた。


 ノビルは呟いた。


「なんで、なんでこんなにも分からないんだろうね。閉じ込められた虫を見ていつも思うよ。この虫と私達は一緒なんだって。何も分からないんだ、ほんとうに」


 蓼は返事をしなかった。


「すごくすごく悲しくなるよ。寮舎の電灯にも大きな虫が入っていて……5ミリくらいのものなんだけどね。その虫がいつまでもいつまでも電灯の中で歩き回ってるんだよ。何日経ったんだろうって、その虫は日にちなんて分からないから、永遠の時間をあの中で過ごしてる」


 ノビルは話し続けた。


「電灯の中の動かなくなった虫の数は日に日に増えていくんだ。でもね、ある日唐突にそれがきれいさっぱりなくなるんだ。掃除されて捨てられたんだね。まるで一匹も、この電灯の中で死んだ虫はいなかったかのようになるんだ。全く何も変わっていないのにね。虫が吸い込まれて死んでいくこの電灯は、何一つ変わっていないのに。そしてまた電灯の中に虫が吸い込まれて死んでいく。明かりはまた段々と黒点を増やして、私達に何かを報せるのに、今度は自ら、自分の手で電灯を外して、虫の死骸を捨てて、何もなかったかのようにしたんだ……」


 蓼はまた暗い穴の中の奥へと戻っていった。ノビルは少し離れて、それについていった。


 電灯の一つが、ふっと消えた。穴の中は真っ暗になった。


「どこまで行っても真っ暗だ」


 暗闇の中で、蓼の声だけが響いていた。しかしそれはそこにいるノビルの手を引くようなものではなく、ただの溜息のようなものだった。


「でも、本当に自分が求めているものは何なのか、本当に美しいものを見たときに初めてそれを知るんだ。


 人々は別々のところに住んでいる。


 いつかきっと出会えるだろう……死んだ者たちとさえも」

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