第15話 その人間が誰だったのかはすぐに分かった。

 その人間が誰だったのかはすぐに分かった。食堂での食事の後のことだった。


 管理人達は機嫌良さ気に労働者に提供される食事について、栄養士がついていてバランスがとれていると自慢げに言っていたがどう見ても米でカロリーバランスをとった食事だった。何故いちいち嘘を吐くのかノビルには不可解だった。自分たちが虐待をしているという事実を自らに隠し通すために、まるで自分が奉仕者であるという嘘を吐き続けなければならないのだろうか?


 管理人達はタダでこんな食事が食べられることを素晴らしいことだと労働者に語っていた。しかし当然それはタダなどではなく、労働の対価だった。自分たちの餌が待遇がこれ以上悪くならないために労働者達は感謝してますとニコニコしていた。こんな嘘をついて媚びるしかない情けなく哀れな姿を見れば誰でも吐き気がしていいものだが、管理人達はそれを三歳時がお遊戯会で歌を歌っている場面でも見ているかのように微笑んで受け取った。管理人達にとって、本当に労働者がどれほど苦しい生活を送っているなどという考えは全くなく、本当に楽しそうに労働しているのだと思っているかのようだった。


 実際管理人にそう思わせる環境は出来上がっていた。怒りは管理人達に差し向けられるようにはできていなかった。そして管理人達自身も労働者を同じ人間だと思っていないのか、怒りをぶつける相手を探しているのか、他人を教育したがっているのか、集団の理論に洗脳されやすいのか、そんな人間ばかりだった。そうでなければ大抵こんな穴ぐらにはいられなかった。


 管理人はにこやかに話していた。


「知ってる?生き物の存在意義って、食べ物があるかどうかなんだって。食べ物がある限りその生き物は存在価値があるの」


 どうやらその管理人は自分が生きていることが全くもって害にしかなっていないと感じているが、それを肯定したくて仕方がなく、そのために害を与えることこそが価値であると思い込むようになっているようだった。


 ノビルは頭がおかしくなりそうでくらくらした。ここでも一緒なのかと思った。どこもかしこも何故ここまで狂っているのかノビルには訳が分からず涙が出た。


 食事の後労働者達は話始めた。自分の席も離れられず管理人が見張る中ではあったが一息つける場面だった。


「私は赤色の街から来たんだ」


 ノビルとは少し遠くの席で誰かが話していた。それはあの時の人間だとノビルは気付いた。蓼という名前のようだった。


「刺される、撃たれる。そうすると人がね、真っ赤な砂のような粒子に破裂して、そのまま……風のように消えてしまうんだよ」


 蓼は抑えようとしているが自分が興奮していることを隠し切れないようだった。蓼は多くの傷を抱えた動物達のように、苦痛ばかりの自分の古巣に戻りたがり、鎮痛剤を得ようとしていた。


「ほら、紫の街はいい街だよ。やっぱり」


 誰かが的を射たりとばかりに言ってのけた。


「この社会が人間の完成形だと言うのか?いくらかマシというのがそんなに嬉しいか?」


 急に激しい口調になった蓼に相手のコウブシは不可解な表情を見せた。


「少しは何かを変えようと思う気はないのか? 虐げられている人々や欲求をコントロールされている人々のおかげで成り立っているだけの社会じゃないか。あの街がいい街だなんて言う人間は、そうして苦しみから甘い蜜を得ているだけの人間か、与えられる餌でしか満足を得られないと分かった家畜だけだ」


 コウブシは明らかに不機嫌になっていた。自分が責められているという事実から蓼の言葉はにはただの不愉快な雑音と、蓼自身の評価を下げるためだけの材料になっていた。蓼にとってもそれはいい意味をもつ反応ではなかったが、しかしそれでも言葉を止めなかった。蓼自身もただ自分が見ている現実について喚き散らしたいだけなのだった。そしてそれが一人でも多くの人間に感染すればいいと思っているようだった。

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