第9話 ノビルは街をうろついていた。

家に帰りたくなかったノビルは街をうろついていた。なるべく植物がある場所を探して腰を下ろした。この街にはベンチは多くなかったので、ノビルはいつも自分で適当な場所を探すしかなかった。ベンチより多く作られたのは侵入防止のポールだった。人々はいつも何かを拒んでいるようだった。


 ノビルは人々をぼんやりと見ていた。人々は発光体だった。そしてノビルは気が付いて、一瞬、気がおかしくなりそうになった。人々は周りから色を吸い取っているのだ。まるで反芻するように、周囲の人間が出した紫をまた自分で噛んで吐き出している。その繰り返しだった。


 自分の思考や、使うこの言葉もこの共同体の言葉であることを思い出し、ノビルは吐き気がした。自分の思考がどれだけ他者や共同体によって侵食されているかを知らなかったからだ。一体どれが共同体から来たものなのか、それともそれは骨組みのように自分の思考として構築されているのか。


 それは共同体が暴走すれば自分も暴走することを意味した。そしてそれが全く自覚できないということは、今まで何度も、うんざりする位見てきたように、人々が正義や善や幸福といった肯定的なラベルを貼り、又は規則であるからとか仕方がないことだと言って外部の力に項垂れ付いて行われた数々の醜い行為を、自分がしてしまうかもしれないこと、してきたことを意味することだった。


 ノビルは醜い行為が嫌いだった。しかしそれすらもきっと共同体の理論なのだということをノビルは気が付かなければならなかった。様々な悪徳とされているあらゆる行為は、もしかしたら自分にとっては何も、それどころか素晴らしい出会いになることさえあるのだろうと。


 ノビルはどうしていいか分からなくなった。やはり人を信じるしかないのだろうか。しかしノビルはこの眼の前の人々を全く信用できなかった。人々はこれから先も人を縛り、不寛容さを示すことで自分の価値を確認する。与えることではなく様々なマナーを守らせることで安全を保っていく。人々は他人をモノとして見ている。不安や愛情や商品を与えて、情報を絞り、コントロールしようとする。その人がどう感じるかに心を傾けることはなく、その人の判断を自分にとって都合のいいように動くように操作することに注力する。


 では自分はどうだろうか? ノビルは自分も発行体であることを思い出していた。

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