春、新しい季節


 春だ。


 いきなりだけど、春といえばみんなは何を思い浮かべるだろう?

 桜、花見、入学、入社、進学……

 いかん、これぐらいしか思い浮かばない俺のボキャブラリーのなさに泣けてきた。

 まぁとりあえず、春といえばいろんなものが始まる季節だ。

 もちろん、この俺『赤間ソウスケ(あかまそうすけ)』も例外ではないわけで、短かった春休みを終えて眠気を堪えながら学校へと足を進めている。


 時刻は午前6時。

 この時間は登校時間にはまだかなり早いからか、あまり生徒も見かけない。

 それでも、ソワソワしながらスーツに身を包む新入社員であろうお兄さん。どこから来たのかわからないような尖った耳のエルフのお姉さん。パン屋の看板を外に出して軽快に挨拶してくるドワーフのおじさん。

 いつもと少し変わった街並みがそこにはある。もう少ししたら入学生やら出社する社会人やらでもっと賑わうことだろう。


 昔、ざっと200年前ぐらいか?

 その頃はまだ幻想人(エルフやドワーフといった人間とは別の種族)はいなかったらしいんだが、大きな事件……まぁ、すごく簡単に言えばゲームの世界と現実世界が一緒になるという世界全土を巻き込む事件が発生してからゲーム側の住人である幻想人がこちら側に住むようになったという話らしい。

 その辺の話はまぁ……長くなるし機会があったらってことで。


「あ、ソウちゃん!おはよー!」

「おいーっす!ちゃんと寝坊しなかったなソウスケ!」


 顔馴染みのパン屋の店主に挨拶しつつ目的の場所に行くとそこには俺の幼馴染が既についていた。


「寝坊なんかしないって、お姉ちゃんがちゃんと電話で起こしてあげたもんね?」

「……またそうやって。年齢は一緒だろうが」

「私の方が2か月くらい早いもん!」

「正確には一か月と22日だ」

「細かいなぁ、そんなんじゃ女の子にモテないよ?」


 早速お姉ちゃんムーブかましてきたこいつは長谷川ミコト。

 昔から俺を弟して接してくる。まぁ、昔はお互い歳を知らなかったし、面倒見がいいのもあって俺がミコトに姉として甘えてたのもあるんだが。


「モテる秘訣なら俺に任せとけ!」

「いや、モテたことないだろ」

「モテるために日々努力してるんだよ!」

「でも実際モテないよねぇ、カイ君」

「みこっちまでそんなこという!?」


 わいわいと盛り上がる二人。

 本当に昔から変わらないなー。


 俺達は孤児だったから、ずっとずっと一緒にいた。この2人との繋がりは幼馴染と言うよりは兄弟に近いかもしれない。

 実際、昔は2人のことを姉ちゃんと兄ちゃんと呼んでいた気もする。

 だが、今は別だ。この歳になってまで、ましてや同い年と分かった上で弟として接してほしくない。

 呼ばれるけど!ずっとずっと弟だと思われてるけど!!仕方ないんだけどね!!!


「それはそうと、早く行かないと!師匠(せんせい)に怒られちゃう!」

「おっと、師匠(せんせい)は怒るとこえーからな!」


 それもそうだ。

 今日早めに出てるのは師匠(せんせい)に呼び出されたからだ。

 なんの用事があるのかはわからないんだけど。


「よしっ、それじゃよーい……」

「え、よーい?」


 こいつ、まさか競争するとか言い出さないよな?


「どん!」


 やっぱりそうだったー!?

 いや、競争するとか以前に走り始めた!?


「おっと、こいつは負けてられねぇな!」


 カイものるのかよっ!?

 え、これ俺も行かなきゃだめ?ダメなんだろうなぁ。

 こうして、まさかの早朝ランニングに付き合わされ、ちゃんと遅れることなく統合第一学園へと辿り着いた。

 俺達の通う統合第一学園は一般の生徒はもちろんだが幻想人も通うことができる。

 魔術やアーツ、それぞれの文化や知識も学ぶことができる世界で一番最初にできたと言われる学園だ。

 その広さは普通にテーマパーク以上はあって、学園内で公共交通機関が整っているほど。

 買い物や遊ぶことが出来る商業区、それぞれ学校がある学園区、大半の学生や学園関者が住んでいる居住区の大きく三つに分けられており、人口もちょっとした都市レベルらしい。

 ちなみに、俺達は学園外に住んでいるのでわざわざゲートを通って学園内に入らなければならない。

 学園外に住んでる理由は……まぁ色々ある。


 ゲートで認証を済ませてから出る場所は学園区。

 目的地である居住区に紫燕道場に向かうためには少々距離があるので魔導列車にのらなければならない。

 魔術が使えるこの世界ならば転移魔術だとかありそうなものだが、昔に転移魔術による犯罪や、体力減少などの問題が発生したため現在は準禁止魔術に指定されている。

 まぁ、そもそも学園内は強力な結界が張ってあるので魔術の使用も難しい。

 さて、電車に揺られること数分、道場に着いた頃には時刻は6時40分ほどになっていた。


「いつきても立派な道場だよなぁ」

「まぁ、師匠が師匠だしね」


 今から会う俺達が師匠(せんせい)と呼んでいる人は紫燕雷斗という人は現紫燕流武術師範であり、担任の先生であり、俺達三人の紫燕流武術の師匠であり、お目付役である。


 ……多いな。


 まぁ、もう一つ大きな肩書きもあるんだが、今言うことでもないだろう。学校に行けば多分すぐわかるから。


ため息。


「どーしたの、ソウちゃん?ため息なんか吐いちゃって」

「あ……いや。道場に呼んだって事はめんどくさいことが起きそうだなぁっと」


 嘘だけど。


「そうだなぁ、多分体を動かすことになるよな」

「えー、師匠加減あんまりしてくんないからやだなぁ。朝から汗かいちゃうよ」


 ならなんで嬉しそうに言ってんだよ……


「とりあえず、入るぞー」


 カイが先頭に扉まで向かう。

 俺たちが来る事は分かっているのだろう。既に扉は開けられていたのでそのまま道場の中へと入っていく。

 そこにはスーツ姿の師匠が正座をして俺達を待っていた。

 師匠は身長がおおよそ180ぐらいはあるので正座をしていても大きく感じる。背筋もピシッと真っ直ぐに整っている余計に。


「失礼します!「失礼しまーす!」「……失礼します」


 挨拶をしてから師匠に近づいていく。

 金色の髪が揺れ、メガネの奥の狐のように細い目が弧を描いてこちらをにこやかに見つめていた。

 男の俺が憧れるような美形。容姿端麗とはこの人のためにあるものではないかと思わされるほどで師匠の姿を見れば絶対に忘れる事はないだろう。


「おはようございます、カイくん。ソウくん。ミコトちゃん。朝早くから申し訳ありませんね」

「おっはよーございまーす!大丈夫ですよ、師匠にこんなに朝早くから会えるなんてむしろ嬉しいぐらいです!」


 ミコトが目をキラキラさせながら答える。

 あー、そう言えばこいつ師匠のこと好きだったな。笑顔だったのはそのせいか。

 まぁ、カッコいいから当然っちゃ当然か?


「ふふふ、それは良かった。2人も大丈夫ですか?」

「もちのろんっすよ!」

「ま、まぁ……はい」

「ソウくんはそうでもなかったですか?」

「……いえ、朝から走らされてちょっと疲れたっていうか」


 いきなりのよーい、ドン!だもんなぁ。


「えー、良い運動になったじゃん?」

「朝から体に動かすのは健康に良いらしいぜ、ソウ?」


 はっはー、2人は元気ですねー。

 こちとら連休中引きこもってのでねー。


「ははは、そうですか。それはそれは……」


 師匠がにこやかにこちらを見ている。

 ……この人本当にいつ見てもニコニコしてるなぁ。


「ならば、準備運動は万全。という事ですね?」


 …………………あれ、これってなんか嫌な予感が。


 横目で2人を見るとも感じ取ったらしい。

 一瞬にして緊張が走る。


「では、行きますね?ご安心を。加減はします♪」


 優しい口調も笑顔もそのままで立ち上がる師匠。

 立ち上がる姿もスーツが崩れる事なく絵になるなぁ……なんて現実逃避したくなるんですけど、ダメですよねぇ?


――瞬間。


 現実逃避しようとしてたらカイの目の前に師匠が立っていた。


「「「!?」」」


 この後の行動は見事だったと思う。


「っす!!」


 カイは後ろに飛び下がり、ミコトは師匠にハイキック。俺はというと師匠の裏へと回り込もうと動いていた。


 つまり、こちらも一瞬で戦闘態勢になったという事だ。


 正直、ミコトのハイキックも奇襲に近いはずなのだがこれを難なく腕でガードする師匠。

 しかし、その動きのおかげで俺は師匠の後ろが取れている。


「はぁっ!」


 そのまま師匠の背中目掛けて駆け出し拳を突き出す。


「流石の連携、ですが私には当たりませんねぇ」


 腕でハイキックをガードした後、その足をまるで右側へ流すように回転し、その動きのせいでこちらの攻撃も避けられてしまった。

 だが、避けられることなど予想済み、俺の今の体勢はまだここから追撃も可能だって!


 勢い任せの回し蹴り。


 本当はミコトがどうなったか確認したいが余裕がない!


「それも良い動き」

「ちっ!?」


 回し蹴りを軽々とガードされた!?


「それならぁ!」


 ハイキックを受け流されたミコトの声。

 そのことに気づいている雷斗さん。


「ちょっと失礼」

「おわぁ!?」

「ちょっ、ソウちゃ、きゃっ!!」


 ガシッと足を掴まれる感覚を覚えたと思ったらそのままミコトの方へと片腕で投げられた。そんな状況では俺も受け身が取れるわけもなく。

 ミコトに受け止められはしたが。


「大丈夫、ソウちゃん!?」

「こんな時でも俺の心配かよ……」

「うん?」

「なんでもない」


 本当に、自分の事じゃなくて相手のことをを優先するのはミコトの悪い癖だと思う。

 もしかしたら追撃が来るのでは、と思ったがそれは……


「はあぁぁ!!」


 カイの猛攻によって止められていたようだ。

 右手、左手、右足、左足……全身を使った乱打を繰り出しているが、それを全て受け流している雷斗さん。ずっと笑顔だし、疲れた様子もないしマジでバケモンだわ。


「そろそろラスト、時間的にも!」

「わかってる。ミコト一気に行くぞ」

「なにする?」

「この距離から紫燕流の一撃と言えば?」

「オッケー、把握!」


 距離が離れてるこの位置ならやるとしたら一つだな。

 紫燕流の特徴は一足で距離を詰め、一撃を放つ技が多い事。だからどんなに距離があってもすぐに相手への攻撃が可能だ。

 俺とミコトが駆ける。

 それは走るというより飛ぶに近いかもしれない。

 体を勢い任せに回す要領で蹴りを目標に向かって放つその名も……


「「紫燕、疾風脚!!」」


 カイの攻撃で身動きができず、俺とミコト左右からの攻撃。

 あえて言わせてもらおう、やったか!


「合格です」


 雷斗さんの声が聞こえた気がする。合格……って言った?おわっ!!

 見事に蹴りが入ると思った矢先、俺とミコト、カイジも吹き飛ばされていた。


「紫燕流、磁気嵐……です」


 俺とミコトの蹴りが当たるか当たらないかの瞬間。

 雷斗さんが目にも止まらぬ速さでくるりと一回転したかと思うと同時にどうやら俺達は吹き飛ばされていたようだ。本当に一瞬だったのでよくわかんなかったけど。


「いっつつ……結局一撃も喰らわせずかよ」

「ほんっと、雷斗師匠すごいなぁ」


 吹き飛ばされた2人が起き上がりながら言う。

 ちなみにミコトはすぐ俺に手を差し伸べてきた……みっともないな、俺。


「……相手は雷斗師匠だぞ。レベル20ぐらいの奴がラスボスに挑むようなもんだって」


 みっともない姿を見せたせいか、自然とそんな言葉が出ていた……カッコ悪いな、俺。


「ふふふ、それでも貴方達は立派に戦いました。ちゃんと自分の力で戦い能力を使わずに制御できて素晴らしいですよ」


 立派、立派ねぇ……3人とも息切らしてるのに雷斗さん全然余裕なんですけど。

 まぁ確かに、能力は使わなかったけどさ。

 ポケットの中に手を入れて数十本は入っているものを弄りながら納得はした。

 昔の俺達なら問答無用で能力を駆使しながら戦っていただろう……ん、能力ってなにか?それは後で。


「なので!これからは皆さんの判断により能力を解放させることをここに承諾します」


 ………………………………はい?

 いやいや!だって、俺たちの能力はっ!?


「ちょっと待ってくださいよ、師匠!?俺達の能力は世界政府から危険視されてんっしょ!?」

「そ、そうだよ!!その為に師匠は私達のことを……」


 ミコトが言い切る前にそっと人差し指をミコトの前に出す雷斗さん。

 これはしーっのやつだ。


「私が貴方達を見ているのは政府からの要請だけではもちろんありません。私が貴方達を大切に思っているからです。だからこそ、私は貴方達を自由にしてあげたかった。今回の戦闘記録は既に政府へと送られております。結果の承諾も受けております。今まで他の子供達と違い窮屈な思いをさせてしまいましたね。自由にするまでに……こんなに時間がかかってしまった。本当に申し訳ありません」


 深々と頭を下げる雷斗さん。

 そうか、そこまで俺達のことを想ってくれてたんだな。


 そう、俺達は政府の監視下にある。

 その理由が俺達が特異能力者だから。特異能力者ってのは魔術とは別の特殊な能力を持った人間のことだ。

 俺の場合は【変化】持っているものの形を変えたり硬くしたりすることが出来る。先程ポケットの中をいじっていたのはポケットの中に大量の爪楊枝が入っていたから。何かあった時には基本的にこの爪楊枝を変化させて対処させることが多い。

 カイは【剛腕】左手で強力な一撃を放ちその威力は大岩をも砕く。欠点として左手でしか放つことができないが……ワンパンマン?知らない知らない。

 ミコトは【治癒】あらゆる怪我や病気を治すことができる。俺達三人の中では一番すごい能力だ。だからこそ1番の保護対象だろう。本人はそのことが全く分かっていないようだが。


「ただ、それでも……これを付けることは余儀なく、されます。少なくとも見た目はおかしいものではないので我慢していただきたいです」


 そう言って開かれた箱の中には腕輪が3つ。

 ぱっと見は電子時計にも見えるようだけど。


「時計型制御装置です。日常生活時はこれによってみなさんの能力は制御されるでしょう。制御を解除する場合はそれぞれのAIに許可を貰えば解除できます」


 AI……?


 その言葉が合図になったのか、電子版から3つの姿が映し出された。

 1つが男性で2つは女性のようだが。


『はじめまして。私達が今後、君達の体調や能力を管理させていただく。私の名前はゼロ、赤間ソウスケの担当だ。よろしく頼む、マスター』

『私はセフィと言います。長谷川ミコト様の担当でございます。よろしくお願いいたしますね、ミコト様』

『やっほー!僕はフラン!えーと、神崎カイジの担当かな?よっろしくー!』


 三者三様の挨拶をするAI達。

 え、これ本当にAIなのか?完全に自我を持ってるっぽいし、ちゃんと……なんていうか、人って感じなんだけど。と、とりあえず、受け取るとしよう。


「えっと………よろしく。ゼロ、だっけ?」

『ああ、呼び方はどんな呼び方でも構わない』

「んじゃ、ゼロで」

『承知した』


 ……

 …………

 …………………

 ………………………


 会話が続かん!!

 そもそも、俺は人見知りなんだよ!!

 AIと話すことなんて思いつかん、思いつかんよぉ!!


 ふと、カイとミコトの方を見てみると結構盛り上がってるみたいだ。

 くぅ、いいなぁ2人はちゃんと話せて。

 ゼロも俺なんかより向こうのほうが良かったんじゃないだろうか。手につけた時計のディスプレイに目を向けるとそこには少し笑顔のゼロが映っていた。ん、笑顔?なんで?


『さて、マスター。今の時間なのだが、そろそろ動かないと学校に遅れる時間だ』


 えっ?

 そう言われてディスプレイに映し出されている時計を見る。

 あ、というか本当に時計なんだねー………7時50分!?


「うわっヤベェ!!このままじゃ遅刻しちまうぞ!?」

「ほんと!あー、でも正直ちょっとお風呂とか入りたい」


 2人とも気づいたようだ。

 確かに、今からなら外を出て走ったら普通に間に合うだろうけどリフレッシュするっていうなら話は別だな。


「ふふふ、そこに関しては問題ありませんよ?」


 いつもにっこりの雷斗さんが笑顔でこちらに向かってくる。


「ここの屋敷にはワープゾーンもありますしリフレッシュカプセルもありますからね。今からならカプセルに入ってからワープゾーンを使用すれば10分前に着くでしょう」

「ほんとですか!?やったー!リフレッシュカプセルでも全然大丈夫!お先失礼しまーす!」


 いうや否や走り出すミコト。


「リフレッシュカプセルはそこの道を左に曲がればすぐに見つかるはずですよー!」

「わっかりましたー!」


 既に道場出口まで走っているミコトがこっちに手を振りながら答えている。


『元気な娘だな、マスター』

「あ?……ああ。昔から変わらないよ。あいつは」

『大切にしてあげることだ』


 ……大切に?あいつを?その言葉の真意はわからないが、それはまぁ当然だな。


「とりあえず俺もリフレッシュカプセルに行く。カイはどうするんだ?」

「もち、俺も行くぜ!」


 何はともあれ、新しいことがまた始まりそうだと思いながら俺とカイはリフレッシュカプセルがあるであろう場所へと向かうことにした。

 新しい相棒と、新しい環境。


 春ってのは本当にいろんなことが始まる季節だな。


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