あーてぃふぁくとちるどれん(仮

@batourua-v-

プロローグ

 夜。


 暗闇が世界を支配し、空に僅かな月明かりと星が瞬く時間である。


 そんな闇世の中、月明かりに照らされ大きく揺れる金色の髪の少女が駆けていた。

 艶めく髪と美しさのなかにあどけなさが残るその顔は、誰もが息を飲むほどだろう。しかし今その表情は苦渋に満ちている。


 額につたう汗。

 焦りと不安。

 乱れる呼吸。


 その原因を作っているもの、それが……


 ギャン!!


 少女の目の前で何かがぶつかり弾ける音がした。


「……」


 だが、弾ける破片には目もくれず走るスピードを一気に上げる。

 それが何かはわかっている。だが問題ない。


 笑顔で見送ってくれた共に任務を進めていた仲間達。

 笑顔で見送ってくれた強襲の中、先に行けと言ってくれた隊長。


 彼女の焦りは彼等の安否であって何処からかの攻撃はではない。確かに何処からの攻撃かはわからない不安はあるが、その攻撃が自分には絶対に当たらないという確信がある。

 たとえどんな強力な攻撃も弾き返す、それが彼女を覆っている風『ドラグーンネスト(竜の巣)』がある限り。


(……一応、試してみるか)


 まるで疾風かの如く少女は森の中に逃げ込んだ。

 目の前に障害物として立ち並ぶ木々たちをそれでも難なくすり抜けていく少女。

 その姿はまさしく『疾風』である。


(こちらに向こうの攻撃は当たらない。けど……)


 後ろを見る。

 あるのは暗闇に並ぶ木々たちだが、少女の視線には別のものが映っていた。


(隊長……みんな……)


 心配は尽きない。

 自分が攻撃されていると言うことは仲間達はやられてしまった可能性が高い。


(………っ!?)


 そして、後ろを見ていた彼女はようやく攻撃の手段を知る。

 後ろから追いかけてきているもの、それは【銃弾】だった。

 いや、銃弾なのは分かっている。目の前で、後ろで、あらゆる方向から飛んできては竜の巣に弾かれていたのだから。

 しかし、どうやってこちらに飛んできているかまでは分かっていなかった。故に木々立ち並ぶ林に入ったのだが、なんとそれは『木々を避けながらこちらに向かってきている』のだ。


(なにっ!?どう言うこと!?魔術、いや……飛んできているのは間違いなく銃弾)


 跳弾なる技術もあるが、木々にぶつかっているわけではない。

 隙間を縫うようにこちらへと向かってきている。


ギャン!!


 再度、竜の巣に防がれる銃弾。

 攻撃事態は怖くはない、だがそれでもその攻撃手段が分からないのが怖い。


(……ならっ!)


 木の枝から上空へと飛ぶ。

 一気に視界が開けて月と星が彼女を出迎えたが、それ以外にも一つ本来あるべきでは無いものが遥か遠くに存在していた。


「ーーすぅ」


 息を吸い(魔力を込め)


 目を瞑り(目標を定め)


 構え(あるはずの無い弓を)


「ふっ!」


 息を吐く(放つ)


 ヒュンっと空を切る音がした。

 少女の手には何も無い。

 だが、確かにソレは放たれた。

 ソレは確実に目標に命中するだろう。命中すると言うイメージは完璧だったし、尚且つあるべきでは無いものは避けることもできない。


「ーーこれで攻撃が止まるわね」

「お見事」

「っ!?」


 背中から聞こえた機械混じりの声に振り向きながら手にないはずの槍を突き立てる。


「……危ない危ない。流石はドラグーン家の御令嬢。風魔術に関しては世界一と言うのも頷ける」


 紙一重、声の主は少女の風の槍を既のところで避けていた。


「ちっ!」


 咄嗟に距離を取る。

 風の魔術を得意とする彼女ならば上空を飛び、移動することも容易。


 だが……

 目の前の存在には不可能だ。

 顔全体を覆う仮面をつけているため顔はわからない。声も機械音混じり、全身を黒い服に包んでいるため暗いこの空間では金色に輝く仮面が尚更目立つ。


「あんた何者よ。あんたからは魔力を全く感じない、だってのになんで空を……」

「飛んでいるのか。かね?さて、教えてあげたいのは山々だ。私としてもレディにが秘密ごとをしたく無いのだが、これも任務でね。まぁ、しかし君ならばわかるのでは無いかな?この世界にあって魔術以外に空を飛ぶ方法があるとするならばそれは、さてなんだろうね?」


 ハッとする。

 この世界に魔術ともう一つ特別な力が存在するというのは習ったことがある。


「特異……能力者!」


 言葉と同時に風の刃を放つ。

 会話をする必要などない、目の前の存在は敵だ。

 特異能力者の戦闘力は未知数。それは飛ぶことが能力なのか、はたまた別の能力があるのか分かっていないのだから尚更、隙を見せずに攻撃を仕掛ける。

 今のは完全な不意打ち、しかも先程のような槍による点ではなく薙ぎ払うような風の刃。避けることなどできるはずがない。


「……なっ」


 そう、思っていた。


「おいおい、交戦的だね。レディ?いや、正直無詠唱ながらこの威力の風を発生させるのは流石だけれど、相手が悪いんだ」


 だが、実際には仮面の存在はその刃を受けることはなかった。

 左手を前に出した瞬間、風の刃が跡形もなく消え去ってしまった。これが仮面の存在の特異能力なのだと分かるには十分な結果だ。


「まずは話を聞いてほしい。私は君に手荒なことをしたいわけでは……」

「くっそぉ!!」


 目の前で起きた現象が理解できない。

 だが、危険な存在だということはよく分かる。

 その危機感から少女が両手に風の剣を作り出し攻めかかる。


「とっ……と!」


 それを全て紙一重で避ける仮面の人物。

 ならばと風の槍でさらに猛攻を仕掛ける。


「風の剣から槍、その切り替えのスピード、実に素晴らしい。その歳でよくできるものだ」


 しかし、それさえも避けられる。


「くっ!当たれぇ!!」

「良いだろう」


 あり得ない言葉と同時に仮面の人物が左手で突き出した槍を受け止めた。

 瞬間、風の槍が先程の刃と同じように消え去っていく。


「あ……あ?」

「言っただろう、君では私には勝てないんだ。私の異能は他とは違って特別なんだ」


 槍を突き出した彼女の腕を右手で掴んで優しく囁きかけるように耳元で話しかける仮面の人物。

 機械音ではあるもののこいつは絶対に男だと少女は悟った。


「くっ!離せ!」

「話したいのは山々だが君が暴れるからね。少し大人しくしてもらおうか」


 そう言って仮面の男が左手を彼女の胸元に当てる。


「なっ、へ、へんたい!?」

「ばっ、馬鹿者!!俺はお姉さんが好みでお前みたいなやつは好みじゃない!!」

「はえ?」


 今までの話し方と大きく変わった仮面の男に驚いた瞬間、彼の左手が怪しく光り始めたと同時に彼女の体に異変が現れた。


「っ!?な、なんなのこの力が抜けていく感覚はっ……」

「君の魔力を『破壊』した。今後君が魔術を使うことはできないだろう」

「なっ、バカなっ!そ、そんなっ……」


 両手に力を込める。

 先程と同じように風の剣を作り出そうとするがうまくいかない。


「やめておいた方がいい。今魔力を消費しようとすれば一気に地上に落ちることになる」

「そ、そんな……いや!私はだって、ドラグーン家の!!」

「諦めることだ。さぁ、それじゃそろそろ私達の目標を達成するとしようか。時間もない」


 そう言って仮面の男が手を差し出した。


「今君が運んでいるものをこちらによこすんだ。なに、命を取ろうというわけではない。なんなら君のお仲間も無傷だ。ただ、君と同じように魔力を破壊させてもらったので今後魔術が使えるかどうかは分からないがね」


 その差し出された手を世界の終わりを迎えたような表情で見つめる少女。

 大粒の涙を流し、頭を抱え、それでもどんどん力を失っていく感覚を味わっていく。


「あ……あ……」

「早くするんだ。このまま地上に墜落してもいいのかい?」


 機械音混じりの声に耳を傾ける。


 渡してもいいのか、これが初の任務なのに。

 ドラグーン家の一人としてこんな失態をしてもいいのか。

 このまま本当に魔力を失い魔術が使えなくなるのは確定だというのなら。


 せめて任務だけでも成功させたい!


「……か」

「ん?」


「渡してたまるかってのよー!!!!」


 どれだけ残っているのか、本当はもう残っているのかどうかもわからない。

 それでも可能性があるのならばそれに賭ける。

 全ての力を飛行に注ぎ込んで思いっきり目標地点である街へと飛ぶ。


「なっ!?死ぬ気かお前ぇぇぇ!?」


 そんな声が後ろから聞こえてくるが御構い無し。前の方には街の明かりが見える。

 ならそこに辿り着けばまだチャンスはあるはずだ。


「ドラグーン家なめんなぁぁぁ!!!」


 叫び声を響かせながら街の方へと飛ぶ少女。

 どこまで保つかはわからないが、それでも一つのチャンスにかけたのだろう。


「……やれやれだ」


 呆れた、と呟いて携帯端末を開く。


「こちらブレイカー、残念ながら目標を逃した。これ以上街の近くで私は動けないので後はそちらに……ああ、それは申し訳ないと思っている。ドラグーン家の御令嬢を甘く見過ぎていたよ。だが、彼女はもう魔術は使えない。捕獲するのは簡単だろう。それと、彼女の仲間達だが……うん、手を出さないように。そのまま街へと送れ」


 そう言い伝えると端末を切った。


「……ふっ、運が良ければまた会うかもしれないな。運が良ければ……な」


 仮面の男の目線の先、そこにはもう少しで街にたどり着こうとしている少女の姿があった。















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