第17話 巡回

「おはようございます信平くん」


 朝の太陽にも負けないくらいの眩い笑顔。


 まいのいる日常は俺の生活を目まぐるしいくらいの変化をもたらすと思っていたが、実際はそうでもなかった。

 元々幼馴染たちのラブコメ中心地に近いところに生息していたので、間接的に怨嗟の眼差しは感じていたし、きょうとはそれなりに仲がいいので嫉妬してくるやつも少なからずにはいた。

 ヒロインのあざとい仕草なんかもアリーナで見ていたので、耐性はついている。まあ、自分が直接受けるのとは衝撃の強さが段違いだけどな。


 なので大抵のことは冷静に対処できているはずだ。


 チラチラ


 隣を歩くまいがチラチラと俺の手を見ている。前を歩くきょうが冗談ぽく真斗の手を握りしめたのを見た影響だろうな。


 手を見て、俺の顔を見て、繋がれたきょうと真斗の手を見て、ため息を吐く。


 反面教師め! と勇気を出したきょうに毒吐くわけにもいかず、かと言ってイケメン面してサッと手を握ることもできないのでアリーナでのラブコメ鑑賞をすることにした。


 真斗もなんだかんだ言っても、きょうのことが好きなのは丸わかり。

 きょうから顔を背けた拍子に見せる照れた表情。後ろにいる俺たちには丸見えだ。


「こうやって見てると、冴木くんも案外わかりやすいんですね」


 眩しいものでも見ているかのように目を細めながら呟くまい。

 お前もわかってくれるか同士よ!


「ああ。2人とも根が正直者だからな。お互いの気持ちもわかってるはずなのに踏み込めないじれじれタイプだ」


 こういうラブコメは人気だという言葉は性癖の問題だろうから飲み込んだ。


「あの、信平くんもじれったい感じが好きなんですか?」


 もじもじと聞かれて考えてみる。


「見る分には大好物だな。あれだけ積極的にアプローチしてるわりに肝心なところで日和る。そのうちに思い余って一線越えようと———」


 妄想が過ぎたと思い口をつぐむと、目を見開いたまいが、真っ赤な顔で口をパクパクさせていた。

これ、絶対に想像してるな。


「だ、だめです! ちゃ、ちゃんと物事には順序というものが! ……あれ? でも確実な方法となるとこれほどに有効な方法はないのかも?」


 恋の駆け引きなんか、俺にもよくわからんけどそれはオススメできないぞ?


「あまり物騒なこと考えるなよ? お前、そんなことしなくても魅力的なんだから」


 思わず本音が溢れてしまい慌てて口を閉ざした。


「へっ? み、魅力的? ですか? 私が?」


「い、一般論でな? ほらっ、かわいいし、性格いいし、ちょっと暴走ぎみなところもあるけどそれはそれでギャップ萌えというか」


 自分の失態に焦り、考えなしに言葉がポンポンと口から飛び出していく。


「一般論、一般論ですか? それは信平くんも含めた一般論ですか?」


 冷静な口調で聞かれたので、身構えてしまったがあくまで一般論だ。俺が焦る必要はない。


「そうだな。俺も含めてだな」


 失態に気づき顔を背けるが、攻撃モードに入ったまいはサッと反対側に回り込んでくる。


「そういうギャップは、ずるいです」


 顔を覗き込んでいるまいの表情はニヤけっぱなし。

 車道側に回り込んできたので、軽く肩に手を置いて反対側に誘導する。軽くなんでセクハラで訴えないで下さい。


「……ちゃんと、責任とって下さいね?」


 照れた表情での呟きはまわりを誤解させてしまう言葉だった。


「ノブくん? まいに何したの?」


 いつの間にかそばに居たきょうの額に青筋が見えた気がした。笑顔のはずなのに。


♢♢♢♢♢


 放課後の風紀委員の見回りは、週に2回3グループが校内を巡回する。

 今回の俺のパートナーはまい。言わずもがな校内でも有数の美少女なので、男子からの注目度は以前から高かった。しかし、今回は女子からの注目も高い。


「あっ、噂の2人。いいわね委員会デート」

「広瀬、そういう趣味だったのね。応援してるわよ!」

「ほらほら、あの先輩。なんでも弱味握られて無理やり付き合わされてるらしいよ」


 ボソボソと聞こえてくる言葉を拾っているが、女子からは比較的好意的というか生暖かい目で見られているようだ。


 巡回をする際に気をつけるポイントがいくつかあるのだが、その中に1年生の教室が挙げられる。まだ入学してから間もないということもあり問題が起きやすいからだ。

そんな訳で体育会系の男子は1年生の教室の巡回をすることになっているのだが、今回はまいがパートナー。美少女という存在はある意味トラブルメーカーだ。

 フラグを立てているわけではない。一般論だ。


「あれっ? 信平せんぱい、どうしたんですか?」


 教室の窓からひょいと顔を出してきた円ちゃん。珍しいものでも見ているかのような目で忙しなく俺のまわりを見渡す。


「風紀委員だよ。俺のことはいいから友達と談笑していてくれ」


 彼女のまわりのにいる取り巻きの男子が俺に鋭い視線を向け———、サッと目を逸らした。


「あ〜、そうやって邪険にしないでくださいよ〜」


 ヒョイと立ち上がった円ちゃんがトテトテと廊下に出てくると、何を思ったか俺の右腕にしがみついてきた。


 突然のことで驚いたが、俺にとって彼女のこの手のおふざけはいまに始まったことではない。

 そう、俺にとっては、だ。


「◎△$♪×¥●&%#?!」


 まいは両手で口を押さえながら声にならない悲鳴を上げている

 

「あれ? 何をそんなに驚いているんですか? わたしと先輩ならこれくらいのスキンシップは日常茶飯事ですよ?」


 まいに見せつけるかのように右腕を頬擦りする円ちゃん。あまりからかわれるとあとに響くのでやめて欲しい。


「こんなこと日常茶飯事されてたまるかっての。ほら、まわりの目もあるからやめてくれ」


 ヒョイと右腕を上に上げて抜くと「ふにゅ」っという柔らかい感触がした。


「ひゃっ! ちょっと先輩? 人前ではやめてください」


「まてまて。不可抗力については謝るが誤解を生む言い方はやめてくれ」


 わざとらしく両手で頬を押さえながら恥ずかしがる姿に頭を抱える。


「あ、あの。そういう風紀を乱す行動は良くないと思います。よって風紀委員会までご同行願います」


 いつの間にか俺の左腕をしているまいが涙目で見上げてくる。


「いや、俺も風紀委員」


「風紀委員が示しをつけなくてどうしますか? さあ、いきますよ?」


 問答無用でグイグイと引っ張られる俺を、円ちゃんは呆気に取られた表情で見ていた。

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