第16話 用心棒

 延平の乱があってから1週間が過ぎた。

部活では特に変わった様子は見せていない。俺のことは今まで通り空気扱いだ。

 真斗に聞いたところ、クラスでも特に変わった様子は見られないらしい。まいに嫌がらせでもしていないか心配だったが杞憂に終わりそうだ。まあ、今回のことはすでに学校中で噂されることになり同情されたり見限られたりしてるみたいだからな。


 さて、もう1人の当事者のまいの方は変わった様子しかない。

 1番顕著なのは俺との距離感だろうか。


「あの、信平くん。今度のデートはいつにしますか? 2人きりが恥ずかしいということであれば不本意ではありますがきょうちゃんたちとのWデートでもいいですよ?」


 毎日の登下校に休憩時間、週末すらも一緒にいようとグイグイと攻め込んでくる。それはもう肌が密着していい匂いがするくらいに。

 衣替えも終わり肌の露出も増えたので、密着されるのは男子高校生とするとうれしさ半分、戸惑い半分……いや、うれしさは8割以上はあるかな?

 

 俺の意識も大分変わってきたと思う。


 観賞用から恋愛対象になりうる存在としてのまい。


 自分がまいと釣り合わないのは理解しているが、だからと言ってまいの気持ちを蔑ろにしていいわけではない。

 大事なのはまわりの評価じゃなく、自分たちの気持ちなのだからな。


 人生初のデートはお互いに有意義な時間になったと思う。

 これまでの俺たちの関わりは委員会での短い時間だけしかなかったから、まいのことはほとんど知らなかった。

 4人家族で大学生のお姉さんがいること。パグを飼っていること。喫茶店でバイトしていること。サボテンを育てていること。

なぜか俺のことはよく知っているみたいだ。ソースはきょうだろうけどな。


 ただ、どうして俺のことを好きになってくれたのかは最大の謎だ。決定的に何かが変わる気がして聞けなかった。


♢♢♢♢♢


 火曜日から土曜日までの週5日、19時から2時間。俺はワオンの食料品売り場の商品の品出しと在庫管理のバイトをしている。

家から近いということもあり、同級生や他校にいった同中のやつらも結構いたりする。

 

「ノブくん、彼女できたんだって?」


 他校にも名前が知られているほどの美少女まいのことだから、噂が広範囲に拡散されていることは知っていたが、相手のモブキャラまで特定されていたとはな。


「……身に覚えがない」


「へぇ? UR美少女の熱愛発覚! お相手はサッカー部にいる凶悪犯って聞いてたからてっきりノブくんかと思ってたけどほんとに違うの?」


 しゃがみこんで作業していた俺に話しかけてきたのは、小中と同じだった笹本楓ささもとかえで

 俺の顔を覗き込む拍子にハラリと落ちてきた髪を耳に掛けながらクスクスと笑っている。


「誰が凶悪犯だコラっ!」


「あ、怒るってことはやっぱりノブくんのことだったんだね」


「……カマかけやがったな」


「ホント、ノブくんって正直というか、単純よね」


 上品に口元を手で隠しながら笑う姿に、バイト仲間や男性客が見惚れているようだ。


 肩甲骨あたりまで伸びた黒髪をポニーテールに結い上げ、メリハリのあるモデル並みのスタイルの正統派美少女———、いや、高校生になってからの笹本は一気に大人びたことで美人と呼んだほうがしっくりくる感じだ。


 中学時代はきょうと人気を二分していたが、2人の仲は良好だったと思う。現在は聖カトリーヌ高校という女子高に通っている。


「噂は噂。別に付き合ってるわけじゃねぇよ」


 陳列作業を続けながら素気なく答えると「ふ〜ん?」と疑いの目を向けてくる。


「私以外にもノブくんの良さをわかる人が出てきちゃったか」


 ぶつぶつと呟きながらカートを押してバックヤードに戻っていく笹本に、大学生らしき2人組が声をかけていた。


「ねぇねぇ店員さん。バイト何時上がり? 終わったらカラオケ行かない?」

「その前にメシ行こうよ。美味しいワイン出す店知ってるんだよね」


 笹本とはシフトが被っていることが多いので月一回は見かける光景だな。多分、大学生だと見間違えられているのだろうが、未成年だからアルコールNGだぞ?


 いつもなら丁寧にお断りする笹本だが、何か考え事でもしていたらしく後手に回っているようだ。


「何かお探しですか?」


 戸惑っている笹本の前に立ち、完璧な営業スマイルで男たちに声をかけた。


「ひぃっ! い、いや大丈夫です!」

「やべぇ! 用心棒だ! すみませんでした!」


 俺の顔を見た男たちは慌てた様子で逃げていく。


「またのご来店、お待ちしています」


 遠ざかる背中に向けて声をかけるが、すでに奴らの耳には届かないだろう。

 調味料の補充が一区切りしたので、裏の陳列棚に移動しようとカートを押すと、ちょいちょいと脇腹をつつかれた。


「あん?」


 俯いている笹本が顔を上げると、惚けた表情で見つめてきた。


「いつもありがとう」


 ニコリと微笑むと、そこには年相応のあどけなさが見られる。


 俺たちがシフトが被っているのは偶然ではない。今回みたいに笹本が声をかけられることが頻繁にあるため、バイトリーダーが俺を用心棒に指名したのだ。


「美人ってのもいいことだけじゃねぇな」


「ふふっ、そうだね。でもノブくんに美人って言ってもらえるのは役得だよ?」


 あざとい上目遣い。美少女に見慣れてる俺じゃなきゃ落ちてるかもな。

 

「はいはい。安上がりな子だなお前は。ほら、さっさとバックヤードに商品取りに行ってこいよ」


 しっしっと右手を振って笹本を追い払う。


「単純なことこそうれしいんだよ? まだまだノブくんには女心がわからなそうだね」


「そんな難問、一生かかっても解けねぇよ」


 ため息混じりで答えると、鈴が転がるような声で笑われた。


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