第15話 撃沈

 人間ってすげ〜なって思う。

なぜって? 理解できない状況下であっても順応できるからだ。まあ、誰しもがってわけじゃないとは思うが、自分ができたことは他人にもできるだろうと思うわけだ。


「ちょっと鏡花! 近い! 近いってばっ!」


 夕方の部活後、部室を出たところで鏡花に身柄を確保された真斗は左腕をしっかりとホールドされたまま、引きずられるように歩いている。


「あいつはいつまで経っても慣れねぇな。でも、それがラブコメってもんなんだろうな」


「ラブコメ? ああ、アイツらのことか。でも小さい頃からなんだろ? そろそろ年貢の納め時なんじゃないか?」


 独り言のつもりが一緒にいる諭から返事がきてしまった。ちょっと恥ずかしい。


「まあ、彼女持ちのお前からすれば焦ったいだけかもしれないけど、あれはあれでいいもんだぜ?」


 実はモブ親友枠の諭、大学生の彼女がいたりする。

 元マネージャーで俺たちの2つ上。見た目はキレイ系なのに中身は残念系というか天然系というか。とにかく先輩とは思えない程の頼りなさだった。


「そんなもんかね? まあ、マサはいいとしてお前は———と、噂をすればなんとやら、だな」


 俺から視線を外した諭は「じゃあ、お先」と言い残して帰って行った。


 まさかと思いながら振り向くと、両手で鞄を持ったまいがいた。


「あ、お疲れ様です」


「あ、おう」


 ひょっとしてという思いはなきにしもあらずだったが、帰りも一緒か。


「あの、信平くん。一緒に帰りませんか?」


 もじもじと自信なさげに聞いてくるまいがかわいい。こりゃまた怨嗟の的になること間違いなしだな。


「いいけどバイトあるから途中までな」


「はいっ!」


 鞄をギュッと胸に抱きしめてよろこぶまい。


 やばいな、このかわいさ。シャレにならねぇ。

 元々まいの容姿は俺の好みにどストレート。それに加えて攻撃的な好意を向けられちゃあ意識しないわけにいかない。


「噂は本当だったのか」

「イケメンから乗り換えか?」

「まさかの二股? 純情そうな顔してエゲツないね」


 最後に聞こえてきた台詞を見過ごすわけにもいかず、キッと睨みつけるとコソコソと悪口を言っていた女子は足早に逃げて行った。


「あの、気にしないで大丈夫です。こういうのも慣れちゃいました」


 どう見ても強がっているとしか思えない落ち込んだ表情。モテるのも大変なんだな。


「まあ雑音は気にすんなよ。なんかあったら言ってくれ。できることは少ないと思うけど壁くらいにはなってやれるぜ?」


 そう言ってまいの前で両手を広げる。


「……もう、助けてもらってるもん。ありがとうございます。できればその、ずっと一緒にいてもらえるとうれしいです」


 前半は小さくてよく聞き取れなかったが、クスっと笑顔を見せてくれたのは強がりだったのだろうか?


♢♢♢♢♢


 翌朝も4人で登校すると、噂が悪い方に広まりつつあることがわかった。


 まいが二股していて延平を振った。


 耳に入ってきたのはそんな内容の話がほとんどだった。

 最初は明るい表情だったまいも校舎に近づくにつれ、表情を曇らせていた。


「やあ、おはよう真斗」


 そんな時にでも噂の元凶は能天気に近づいてくる。 

 きょうの真剣に怒ってる顔なんてUR級のレア度だぞ?


「やあ、まいん。おはよう。よかったら今日の昼は俺と一緒に食べないかい?」


 注目を集めた中でのお誘いは厚顔無恥と言うか、恐れ知らずと言うか。ひょっとしてこいつは、まいの評価を下げてから自分が手を差し伸べるって作戦でもとっていたのだろうか? でも、それにしては評価を下げる期間が短すぎないか? それとも待ちきれなかっただけだろうか?


「昨日もしたと思いますが、私のことは名前で呼ばないでください」


 まいは俺の服をぎゅっと握りしめながら、淡々と話す。


「はははは。じゃあ、まいでいいかな?」


 イケメンスマイルを崩さない延平。やべえなこいつ、メンタル強すぎないか?


「よくありません。呼ぶなら広瀬で結構です。と、いうか話しかけないでもらえるのが1番です。あなたと関わると碌なことがありません」


「……あ?」


 冷たく突き放したまいの言葉に延平の笑顔の仮面が崩れた。


「入学してからずっとです。あなたと付き合っていると勘違いされどれだけ嫌な思いをしてきたことか。今だってそうです。私の幸せな時間に土足で踏み込んできて。私はあなたなんかに興味はありません」


 俯いて聞いていた延平が、まいの言葉に反応して身体をピクリと動かした。


 まずいな、と思った瞬間に身体が勝手に動いた。


 右手を伸ばしてまいに掴みかかる延平を見た俺は、左手でまいを抱き寄せて右手で延平の手を掴もうとしたが、右手は空を切った。


「元輝落ち着け!」


 真斗に羽交締めにされた延平の右手も空を切っている。


「離せ真斗っ! ちょっとかわいいからって調子に乗りやがって! お前なんて顔が良くなければただの隠キャだろ!」


 興奮している延平を、真斗が必死に引っ張っている。


「やめろって! 広瀬も言い過ぎ! もう少しオブラートに包んで!」

 

 そういう問題か? やっぱり真斗は少しズレている。


 一方、咎められているまいは俺の腕の中でじっと動く気配がない。


「まい?」


 俯いて表情の見えないまいだが、少し見えているうなじはほんのり朱がさしている気がする。


「ほえっ?」


 どれくらい時間が経っただろう? 真斗と他の男子生徒によって延平が排除された後、きょうがぺちぺちとまいの頬を叩くと気の抜けたような声を出しながら振り返った。


「大丈夫か?」


「ひゃい? あにょ、だめかもしれましぇん」


 グルグルと目を回したまいは「きゅ〜」と小さく唸りながら力尽きた。

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