第13話 外堀
バンっ!
イライラした気持ちを表すかのように、荒々しく投げつけられた鞄が机の上で大きな音を立てる。
「ひゃっ!」
ニヤニヤと俺を見ていたきょうが驚きの声を上げた。
「お〜、だいぶキテんな。気持ちはわからんでもないけど物に当たんなよ」
一緒に教室まできた諭が、肩をすくめながら横をすり抜けていく。
「……わかってるよ」
大人げない態度だってことは自分がよくわかっている。だけど仕方ねぇじゃん。
「あの、ノブくん? 怒ってるの?」
ドカっとイスに座った俺にきょうが遠慮がちに声をかけてきた。
「……ちょっとイラついてるだけだよ」
それを怒ってるって言うんじゃねぇ? そう思いながら自分を落ち着かせるように、ゆっくりと答えた。
「えっと、今朝のこと?」
「今朝? ああ、それじゃねぇよ」
きっと、きょうが気にしてるのはまいと一緒に登校してきたことだろう。
まあ、それが原因の一端ではあるだろうけど、根本は違うしきょうもまいも悪くはない。
「朝練で何かあった?」
珍しい俺の態度にまいが絡んでいるかもしれないことをきょうは気にしているみたいだ。
「ちょっとな。男の嫉妬はみっともないってことだ」
遠巻きにヒソヒソと言われるのは仕方ない。いままでイケメンと噂になっていた美少女がフツメンと仲睦まじく登校してきた訳だからな。いろいろ勘ぐられるだろうよ。
問題はそのイケメンだ。
あいつの訳の分からない対抗意識がなんだったのか、今日ハッキリとした。
あれは嫉妬だ。
あいつがまいに入れ込んでいるのは周知の事実だ。部活でもまいの話題を頻繁にしていたからな。付き合っているって噂も案外あいつが流した自作自演なのかもしれない。外堀から埋めるための、な。
「ひょっとして、延平くん?」
「……思い当たることあるのか?」
「……ほらっ、まいと付き合ってるって噂あるでしょ? あれ、ほんとに困っていてね。実際に延平くんのファンに嫌がらせみたいなことされたりもしてたみたいだし。ノブくんも知ってるんじゃない?」
やっぱり噂の出どころは延平本人か。まいは基本おとなしいタイプだから、反論してこないとでも思っていたんだろうか?
「見回りのときに女子からイヤミ言われていたのは聞いたことあるな」
「そうなんだよ、ひどいと思わない? まいは何もしていないのに色目使って誘惑したなんて言われてさっ!」
きょうと違い標準サイズの双丘をしているまいが色目———、おっと。視線を下げたことに気づかれて軽く睨まれた。
「知っていたなら噂の火消しくらいしてやれよ」
「もちろん、友達伝いに根も葉もない噂だって拡散してもらったし、それとなく延平くんにも注意したよ? それでも私たちと一緒にいると何気なく近づいて来て親しげに話しかけてくるから、周りも信じちゃったみたい。ほらっ、延平くん、あれでも周りの信用あるみたいだから」
あれでもね。真斗の親友だけあってきょうも強くは出れないのかもしれない。
「でも、それ以上にまいがこれじゃあ嫌だって強く思い始めてね。まあ、なにが? ってあえて言わなきゃわかんないほどノブくんは鈍くないと思うけど?」
「えっ? いや、おぉ」
突然の直球に不意をつかれ口籠もってしまう。
「個人的な意見としてはですね? これからはノブくんがそばで守ってあげてくれるとうれしいな〜って思ってるわけです」
ニヤニヤとした笑顔が優しい顔つきに変わる。きょうがまいのことをどれだけ大事に思っているかが伺える。
「……それは」
しかし、俺は即答することはできない。
なんせ、これまでそういう対象としてまいのことは見ていなかったからな。
ヒトの彼女、高嶺の花。
俺はあくまでラブコメのモブキャラにすぎない。ヒロインレベルの美少女と縁があるなんて思ってもいなかった訳だ。しかもだ。これまでの経緯を考えると、まいの気持ちはラブコメヒロインレベル。突然、主人公に祭り上げられても戸惑いしかない。
そんな俺の様子に気づいたのか、きょうは「ん〜?」と考えながら口を開いた。
「突然で戸惑うのもわかるけどね? とりあえずはあの子のこと、もっと知って欲しいな。なんだかんだ言ってもそんなに話したことないでしょ? だから、一緒にいる時間を増やしてあげて? ノブくん、意外と紳士だから今のままだと絶対に受け入れてくれないし」
「意外とって、失礼なやつだな」
さすが幼馴染と言うべきだろうか。真斗のことほどじゃないにしても俺のことを理解、信用してくれているわけだ。
♢♢♢♢♢
昼休み。
いつものように諭とメシを食う準備をしていると、授業が終わった直後に教室を出て行ったきょうが真斗を引きずって戻ってきた。
「ちょ、ちょっと鏡花。教室は勘弁してよ」
まわりの注目を集めている真斗は居心地が悪そうだ。
「も〜! 別に悪いことしてる訳じゃないんだからコソコソする必要ないでしょ? ねぇ、ノブくん、水野くん?」
なぜか俺たちに同意を求めてくるきょう。
「ん」
「まあ」
曖昧な返事が気に入らなかったのか、笑顔の抗議が怖い。
「やっぱり噂はホントだったのか!」
「ちくしょ〜! なんだってあんなヤツに!」
「お〜、広瀬やるねぇ」
廊下側の生徒たちが教室の入り口を見ながらガヤガヤと騒いでいる。
「お〜い、まい。早く入っておいで」
扉の向こうで様子を伺っているまいにきょうが手招きする。
意を決したように歩き出したまいが、俺の正面で真っ赤な顔をしている。
「あ、あの信平くんっ! 一緒にお弁当食べてもいいですか?」
まいの手には少し大きめの弁当箱。一昨日見たのと同じ弁当箱だ。
「ん、まあ、どぞ」
前の席が空いていたので右手で誘導すると、ぱぁっと花が咲いた様な笑顔を見せてくれた。
「ねぇ、マサくん。最近の私、新鮮味が薄れてきてたみたい。反省しなきゃ」
真剣な顔で真斗に言うきょう。
「何言ってるのさ」
呆れ顔で返す真斗だが、きょうの言葉が冗談じゃなかったことにまだ気づいてないようだ。
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