第12話 色づく高校生活

 月曜日の朝。


 いつもならば憂鬱極まりない週の始まりは、今までに感じたことのない高揚感みたいなものを感じていた。

 早く学校に行きたいというか、居ても立っても居られないというか、とにかく落ち着かない。


 原因はわかっている。


 広瀬まいんの存在だ。


 勘違いしてはいけない。俺はあいつと付き合ってるわけじゃない。


 勘違いしてはいけない。俺はあいつに好きだと言われたわけじゃない。


 勘違いしてはいけない。俺はあいつを好きなわけじゃない。


 それでも心が沸き立つのは仕方のないことだ。今までラブコメは見るだけのものだった。両思いなのに踏み出さない踏み出せない真斗と。そのじれじれ感がよくて見てる俺まできゅんきゅん? してしまうような感覚。高校生になってからは周りにカップルが増えてきたことも影響したのか、きょうが攻勢をかけるようになってきている。

 ソシャゲで言えばURのきょうと、よくてRの真斗。どちらが引きやすいかと考えてみれば焦る気持ちもわかる。何気に真斗のことを気にしてるやつもぽつぽつと知っているしな。


 月曜日でパート休みの母さんが朝食を用意してくれていたので、今日はおにぎりと味噌汁……、土曜日との違いは手作りというところだな。


 土曜日といえば、あの弁当。

 ちゃんと確認してないけど、あの様子だとまいが作ってくれたんだよな? しまったなぁ。まだちゃんとお礼言ってないな。きょうに確認してみるか。


「いってきます」


 玄関を開けると塀の向こうから話し声が聞こえてきた。


「あ、おはようノブくん!」


「あの、おはようございます。の、信平くん」


 美少女2人のお出迎え。あ、いや、片方はおまけ?


「ん」


 いつものように軽く手をあげて応える。


 不満そうなきょうにクスクスと笑うまい。


 URの上ってなんだ? DKなら誰しもが夢見るであろう朝の光景。ごちそうさまです!


「あ、広瀬さん、おはよう」


 ガチャリと門を開けながら真斗がまいにあいさつをした。


「おはようございます冴木くん」


 小首を傾げながらの破壊力のあるあいさつも真斗は涼しい顔でやり過ごす。


 ヒロインきょう以外眼中にないってか……


 いつもなら小声を言ってくるきょうだが、今日のターゲットは俺じゃないらしい。


「ちょっとマサくん? まいにだけあいさつ?」


 威圧的な笑顔でズイっと迫ると、勢いが余ってたのか故意なのかはわからないが、止めようとしていた真斗の手にぷにっと突っ込んだ。


「ひゃっ!」


「ご、ごっ、ごめん!」


 朝からラッキースケベ! 


 いや、待てよ? しら……きょうがそんな初歩的なミスをするか?


 まさかっ! 念のために親友にまで牽制をしているのかっ! 一種のマーキングか? 


 若しくはただの見せつけだろうか? 


 ……あ、あの顔はマジ照れのやつだ。ギャップかなにかに躓いたんだな。

 真斗はおいしい思いをしたのに焦ってんな。まあ、いろいろ気まずくなるのもわかるけど。


 一方で、隣にいるまいは真剣な顔つきで時折頷きながらうんうんと呟いている。


「……やっぱり触れ合うのが効果的」


 悪りぃ、聞こえちまった。誰にやるのか知らんけど、心臓に悪そうだから俺にはやらないでくれっ! いや、うれしいんだけどね?  


「学校で、みんなのいるところの方が効果的?」


 それはやめてくれ。俺の高校生活が終わってしまう。あと、だんだんと呟きじゃなくなってるぞ?


 意外と危険思想の持ち主だったまいと並んで歩いていると、少しずつ差がついているのに気がついた。


 あ、歩幅か。


 少しずつ歩幅を狭めて来るのを待つと、隣に並んだまいがニッコリと微笑んだ。


「ありがとうございます。やっぱり信平くんは足が長いですね」


「いや、身長差があるだけだ」


 褒められたのがなんとなく照れ臭い。


 前方では何をイチャついてるのか知らないが、真斗がサッと走り出してきょうの前に出ると車道側に入れ替わっていた。


「冴木くん紳士的ですね」


 どさくさに紛れて入れ替わったつもりだろうが、その前からソワソワと気にしていたのは後ろにいる俺たちにはバレバレだった。


 学校に近づくにつれ、生徒の数が増えてくる。もちろん、視線の数も。


 いつもはきょうと真斗に向いている視線が、今朝はまいに集中しているように思える。理由は隣にいる俺だとは思うけど。


「な、なんだあのガラの悪そうなやつは!」

「まさかっ、広瀬さんの彼氏?」

「ははは、ないない。全く釣り合ってないし」

「あれだろ? 広瀬ちゃんの彼氏ってサッカー部のやつじゃなかったか?」


 周りの反応を見るに、まいと延平が付き合っているという噂は学年を越えて広がっているようだ。


 本人も嫌がっているし、なんとか噂を払拭できたらなぁ


 学校の敷地内に入ると、いつもの『白鷺詣』が始まった。


「白鷺さん、おはよう」

「鏡花ちゃん、今日も髪サラサラね」

「白鷺先輩と広瀬先輩コンボ! 最強っすね!」


 男女問わずにわらわらと集まり出したところで、いつものようにフェードアウト。

 気配を消して速度を落とす。


「……まい?」


 きょう同様に囲まれていたはずのまいが、俺の隣に寄り添うようにいた。


 ピッタリとくっ付いているので、まいの体温が感じられる。


「おはよう真斗! 鏡花ちゃんも相変わらず囲まれているねぇ」


 そこに爽やかイケメンが女子を引き連れながらやってきた。


「おはよう元輝。囲まれているのは元輝だろ」

「おはよう延平くん。そうね、あなたに言われたくないね」


 はははと笑いながらも延平は周りをキョロキョロ。こちらを向くと一瞬嫌そうな表情をしたが、広瀬を見つけたらしく笑顔を作った。


「やあ、まいん。おはよう。真斗たちと一緒に来たんだね」


 スススと近づいてきた延平が俺とまいの間に割って入ろうとするが、まいが俺の背後から反対側に回り込んだ。


「おはようございます、延平元輝さん。ええ、今日信平くんと登校することにしましたから。あと、名前で呼ぶのはやめてください」


 言葉の端々から延平に壁を作っていることがわかる。周りも刺々しいくらいのまいの対応に動揺を見せた。


「あれっ? 広瀬さん、やたらとヨソヨソしくない?」

「あの2人、付き合ってるんじゃないのか?」

「広瀬ちゃん、あのデカイの壁に距離取ってねぇか?」


 俺は壁かよっ!


 付き合っている疑惑を払拭するにはいいタイミングなのかも知れないな。


「あははは。みんなそんな噂信じちゃだめだよ? 2人は付き合ってないから。ねっ、まい?」


 耳ざとく周りの声を拾ったきょうが、まいに言葉を促すように話しかけた。


「根も葉もない噂。付き合っている人はいないのにね。でも……好きな人はいるよ?」


 まいの言葉に延平をはじめ、周りのみんなが固まる。


 そりゃそうだよな。


 まいは上目遣いで俺を見上げながら手を繋いできたのだから。

 

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