第10話 元木くんと延平くん?

 波乱のランチが終わり、俺たちはモール内を散策することにした。


「おっ、白鷺さんに広瀬さん。今日はツイてる」

「あっ、鏡花ちゃん。お買い物?」

「広瀬先輩、私服姿もかわいいっす」


 まあ、わかってたよ? 校内でも屈指の美少女たちと一緒だからな。俺も真斗も空気になろうと必死さ。


「あっ、マサくん。勝手に行ったら迷子になるよ」


「あっ、あのTシャツ。元木くんに似合いそうです」


 マンツーマンの密着マークなんて慣れてない俺は正直どうしていいのかわからん。

 真斗の苦労がいまならわかるような気がする。


 それにしても、だ。まさか広瀬にこうもドギマギさせられるとはな。

 これまでも風紀委員の見回りで2人っきりで行動したことはあったけど、彼氏持ち、俺には縁のない美少女と思い特別に意識したことはなかった。にも関わらず、俺に好意を持ってくれてると気づいた今、異性としてもっとも気になる存在になってしまった。

 現金なやっちゃな。


「あ、あの元木くん。疲れてますか?」


 いや、ずっとお前のこと考えてる。なんて言えるわけない。


「悪りぃ、ちょっと考えごとしてたわ」


「そ、そうですか」


 広瀬なりに気を使ってくれているのが手に取るようにわかる。

 元々、広瀬はおとなしいタイプだ。それなのに今日はよく話しかけてきてくれている。


「だっせぇな、俺」


「えっ? ごめんなさい。なんて?」


 ほらっ、俺の小さな呟きさえも拾ってくれている。


「独り言だよ。そういえば広瀬ってさぁ」


「あ、はいっ」


 苦笑いしながら話を変える。


「朝、結構な確率で会うよな? で、あいさつするとき名前呼ぶだろ?」


 話を聞いている広瀬の表情が曇る。


「……私、いつも元木くんにあいさつしてるのに無視されちゃってます」


 しょんぼりとする広瀬。


「あ〜、それは……あの間の悪いやつがな?」


 これだけで伝わってくれたようで、不貞腐れたような表情を浮かべた。そんな表情もかわいいなんてズルいよな。


「元木くんは『元木くん』って呼びます。あの人のことは『延平くん』って呼ぶと思います」


「たぶん?」


「私、あの人と会話したことないんです。同じクラスなんですけどね?」


 クスッと笑う広瀬。


「そうなのか? 名前で呼び合ってるから仲良いんだと思ってた」


「まいんって呼ばれるの、好きじゃないんです。女子はみんな『まい』って呼んでくれます」


 たしかに、俺たち世代はドンピシャだしな。ってことは延平は本人が嫌がっているのを知らずに呼んでたってことだ。

 残念イケメンってやつだな。


「あ、でも。元木くんになら、名前で呼んでもらえたら、うれしいですよ?」


 訴えるような目で見つめられ、思わずドキッとする。


「いや、それはハードル高いわ」


「でも、サッカー部って基本下の名前で呼ぶんですよね? マネージャーも」


 そう。簡潔に呼ぶなら名前の方が呼びやすいってことらしく、代々下の名前で呼ぶ習わしだ。


「まあ、俺も『延平』って呼ぶし、あいつも俺を『元木』って呼ぶけどな」


 いまならあいつが俺をライバル視していた理由が少しわかる。

 

「はい。で、女子マネージャーも下の名前で呼んでるんですよね?」


 そこ、こだわるとこ?


「まあ、サッカー部員だからな。そういう慣習だから仕方ない。それにほらっ、幼馴染だって苗字で呼んでるぞ」


 前でイチャつく白鷺を見ると、ピクッと身体が震えクルッとこっちを向いた。


「それっ! ノブくんに物申します! 昔は『きょうちゃん』って呼んでくれてたのに、いつの間にか白鷺って他人行儀な呼び方して!」


 腰に手を当てながらプンプンと怒り始めた。


「小学校低学年の頃の話じゃねぇか! そんなの普通のことだろう」


 他人行儀云々じゃなくて思春期故の恥ずかしさってやつだ。


「マサくんは『きょうちゃん』から『鏡花』に変えてくれたよ?」


「真斗と俺じゃあ立場が違うわ!」


 主人公とモブを比べんじゃねぇっての。


「立場なんて、関係ないもん。ノブくんだって大事な幼馴染なんだもん」


 少し悲しそうな表情で見つめてくる白鷺。甘えるような上目遣いじゃないが、破壊力はありそうだ。


「……俺にその手は通用しねぇぞ」


 白鷺のかわいさに対する免疫はすでにできているので、これくらいで籠絡されることはない。


「……そんなんじゃないもん。マサくんが特別なのは認めるけど、ノブくんだって違う特別だもん。そんな悲しいこと、言わないでよ」


 そうは言っても、俺が突然名前で呼びだしたら他のやつらは変に勘繰るだろう。

 

「……呼び方で関係性が成り立ってるわけじゃねぇだろ? 俺だってお前のことちゃんと幼馴染だと思ってる」


「……でも」


 特別かどうかはわからないが、近い存在であることは間違いないだろう。


「……うらやましい」


 広瀬の小さな呟きにはどれだけの思いが込められているのだろう。

 直接思いを伝えられた訳じゃない。それでも何かを伝えようとしてくれているのはわかる。


「わかったよ『きょう』。『まい』も俺のこと名前で呼んでくれるんだよな?」


 萎んでいた花がパッと咲き誇る。


「えへへへ。私の勝ちだね、ノブくん」


 真斗の腕を抱きしめながら破顔するきょう。


「あ、はいっ! えっと、信平くん? ノブくん?」


「好きに呼んでくれ」


 真剣な表情で悩んでいるまい。


 2つ目のラブコメが動き出そうとしている。


 

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