第9話 もう一つのラブコメ
色とりどりの花があり、同じ種類の花とて違う表情がある。
俺の左右に咲く花もしかり、美しいと言葉に表しても表情はまるで違う。
「……うっ、うぅぅわぁぁあ〜」
両手で真っ赤な顔を覆う広瀬。
ぷるぷると震えながら、頑張って取ってきた料理にも手をつけることができないでいる。
「あっ、も〜。マサくん、こっそりと野菜を私のお皿に乗せないでよ。バツとして、はい! あーん」
羞恥に身悶えている親友をよそに、真斗とイチャつく白鷺。完全無欠のラブコメヒロインモード全開で周りの目なんて一切気にしていない。
アリーナでラブコメ劇場を見れるのは有り難いのだが、左右の温度差がありすぎて居た堪れない気分になる。
「おい、白鷺」
上目遣いで真斗の防壁を突破し、野菜を食べさせることに成功し満足そうな白鷺にコソッと声を掛けた。
「うん? なぁに?」
とろけそうな笑顔で振り向かれると、無関係な俺でさえドキッとさせられる。
「イチャつきたいのはわかるし、俺としてもごちそうさまなんだけどな? ほら、あれなんとかしてやれよ」
チラッと広瀬に視線を向けると、白鷺は「あ〜、仕方ないなぁ」と笑った。
「ねぇ、ノブくん。昨日のお弁当なんだけどさぁ」
わざとらしいくらい大きな声で白鷺が話しかけてきたので、隣の広瀬にも声が届いたようでピクっと身体が震えたように見えた。
「弁当がどうかしたか?」
「うん。どうだった?」
どうだった?
「いや、それなら弁当箱返す時に———」
「どうでした?」
言ったよな? と返事をしようとすると、反対側の広瀬がすがりつくかのように詰め寄ってきた。
「お、おう? ま、まあ普通に美味かったけど?」
さっきの絶叫といい、いまの詰め寄り方といい、おとなしい印象だった広瀬に面くらってしまった。
「お、美味しかった? おいしかった、おいし……、え、えへへ、よかった、です」
「は? あ、おう。……よかった?」
何が?
「ふふふっ、よかったね、まい」
「広瀬さん、早起きした甲斐があったね」
「あ〜、私だって毎日頑張ってるんだよ?」
「わ、わかってるって。鏡花には感謝してるから」
広瀬に労いの言葉をかけた真斗に、白鷺は袖をクイクイと引っ張りながらアピールをしている。
「たまには態度であらわしてくれてもいいんだよ?」
「あ〜、じゃあ今日は奢るということで」
「ぶ〜、残念。違います」
白鷺は人差し指を交差して小さく×を作り、頭を差し出す。
「はっ? こ、ここで?」
「うん♪ さ、どうぞどうぞ」
伝家の宝刀『頭なでなで』
この様子だと白鷺は、ご褒美と称して真斗に何度も要求しているのだろう。
「わ、わかったよ」
キョロキョロと周りを見渡した真斗が、優しい手つきで頭をなでる。
「えへへへ」
まさか伝家の宝刀をアリーナで鑑賞できるとはっ!
これが王道! ラブコメ最高!
1人で感動に浸っていると、袖をクイクイと引かれた気がした。
「あ、あの」
振り返ると遠慮気味に広瀬が袖を摘んでいる。
「ん?」
かわいらしくチョンと摘んだ指と、広瀬の顔を交互に見る。
どういう状況?
「そ、その、私も……頑張りまし、た」
話の流れでなんとなくわかったけど、昨日の弁当は広瀬が作ってくれたものだったんだ。
「あ、そ、そう?」
「は、はい。なので、その……」
袖を掴んだまま、広瀬がそっと頭を差し出してきた。
「わ、私もお願い、します」
潤んだ瞳で見つめられ言葉を失う。
待て!
「きゃ〜! まいってば大胆!」
待て待て!
「ノ、ノブくん!」
待て待て待て!
まさか、そういうことなのか?
広瀬が俺を?
彼氏はまだいない?
俺のために弁当を?
頭なでなで?
好き、なのか?
真斗と白鷺のラブコメのモブの俺を?
ひょっとして、もう一つのラブコメがあって広瀬がヒロインで、主人公は俺なのか?
理解できない状況を、ない頭で考えていると、ちょんちょんと肩をつつかれた。
「ノブくん、ノブくん。待たせ過ぎ」
苦笑いの白鷺に促されるまま、反射的に右手を広瀬の頭に置いた。
「あ、ありがとう」
「……は、はい」
顔を上げた広瀬の表情は、咲き誇るイベリスの花のようだった。
(イベリスの花言葉は『心をひきつける』)
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