第8話 まだいません!

 日曜日のショッピングモールは朝から盛況だ。10時まで、12時まで、先着何名様などの限定品を求めて主婦や家族連れが押し寄せるからだ。

 ウチの母さん? 日曜日よりも火曜日派らしくパート帰りに両手いっぱいに食料品を買い漁っている。


 歩いて20分、オープン当初は地域最大級だったワオンモール。最大級はその後建築された他所のモールに取られてしまったが、映画館やボーリング場などのアミューズメント施設も併設されていることもあり、学校帰りや休みの日に寄ると高確率で知り合いに会う。


「うわっ、駐車場の列がすごいことになってるね」


 立体駐車場や敷地外にも駐車場があるのにも関わらず、道路には待ちの列が連なっている。


「これ見ると歩いてこれる距離でよかったと思うよね。先輩がたまにデートで他のモールとかに行くらしいんだけど、待ち時間に彼氏の機嫌が悪くなってケンカになるなんてこともあるらしいよ。マサくんは大丈夫かな?」


 クイクイっと真斗の袖を引っ張りながら上目遣いで白鷺が聞くと、真斗はドライブデートを妄想したのだろう。しばらくぽ〜っとした後に「だ、大丈夫だからっ!」と焦りながら答えていた。


 来年になれば免許がとれる。白鷺なんかにとって、ドライブデートは憧れだろう。

 助手席で甲斐甲斐しく真斗のお世話をする光景が目に浮かぶぜ。


「ノブくん、ちょっと早いけどご飯にしない? 時間ズラさないと混んじゃう」


「ああ。そうだな」


 そう答えると、前を歩く白鷺がスマホを出してぽちぽちと操作し出した。


 レストラン街はすでに行列ができている店舗があったが、幸いなことに目的のビュッフェにはまだ席に空きがあり、すぐに入ることができそうだ。


「お客さま3名様ですか?」


 入り口で店員からの問いかけに答えようとすると、


「あ、もう1人きま———した。4人です」


 白鷺が俺の背後に手を振りながら答える。


「ご、ごめんね。着る服迷ってたら遅くなっちゃった」


 振り向くと、胸を押さえながらはあはあと息を切らせている広瀬がいた。


「大人4名様ですね。ご案内します」


 大学生くらいのお姉さんに案内され4人掛けの円いテーブル席に通された。


 このメンツなら俺の両サイドに真斗と白鷺。白鷺の隣に広瀬だろう。


 そう考えていると、白鷺は真斗を座らせその隣に座る。


「ほらっ、ノブくんも早く」


 グイッと袖を引かれ白鷺の隣に座らされる。結果、俺たちは両手に花状態で座ることになった。


 美少女2人と非イケメンの俺と真斗。


 少し離れた席に座っている大学生風の2人組がチラチラと白鷺と広瀬を値踏みしているかのようだ。ヒソヒソと話している。


 何度も何度も見てくるので、わざと視界に入るように移動すると目が合ったので、ギロリと睨みつけておいた。

 慌てて目を逸らした大学生風の2人組は、それからはこちらを見ないようにしていたみたいだ。


「おう、留守番してるから先取ってこいよ」


 60分の時間制限があるとはいえ、慌てる必要もないため3人を先に行かせる。


「いいの? じゃあお先に。マサくん、いこっ」


 スッと立ち上がった白鷺は、満面の笑みで真斗の腕を引いていった。


「ん? 広瀬も行ってきていいぞ?」


 スマホを取り出そうと思ったが、広瀬が動く気配がなかったためやめた。


「あ、大丈夫、です。元木くんと一緒に行きます」


 俺に話しかけられるとは思わなかったのだろうか? 肩を振るわせた広瀬は両手を左右に振りながら慌てて答えた。


「お、そう。んじゃ後で」


「は、はいっ!」


 おとなしい印象の広瀬の笑顔が眩しく、俺の汚れた心が浄化されていくようだ。

 

 しかし、このメンツで白鷺はなんで俺を呼んだのかわからん。


 延平を呼んでダブルデートすればよかったんじゃね? 今このテーブルにいるのは俺と広瀬の2人だけ。知り合いに見られると面倒なことになる。

 美少女と一緒ってことだけでも騒がれそうな上に彼氏持ち。俺はいいとしても広瀬としては勘違いされるとまずいだろう。

 

「あ、あの。元木くん」


 スマホを見てるのも失礼かと思い、甲斐甲斐しく真斗のお世話をしている白鷺を見ていると、チラリとこちらに視線を向けながら広瀬が話しかけてきた。


 座っていても座高差があるため上目遣いになる。


 これはなかなかの破壊力。


 広瀬はかわいいタイプとは言えロリっぽい訳ではない。

 栗色の髪は肩に付くかつかないかのストレートボブは動く度にサラサラと流れ、小型犬のようなつぶらな瞳で見つめられると頭を撫でてしまいそうになる。

 大人かわいいとでも言えばいいのか?


「昨日の試合ですけど、その、おめでとうございます」


「ああ、なんとか勝ててよかった。白鷺がはしゃいでたんじゃね? 真斗がおいしいとこ全取りしてったからな」


 真斗がシュートを決めた瞬間の白鷺を俺は見ていない。隣にいた広瀬ならばっちり見ていたことだろう。


「ふふっ、きょうちゃん、すごくかわいかった。内緒ですけど、感動して泣いてたんですよ?」


 内緒話をするように口元を隠しながら顔を近づけたくる広瀬。

 

 やべっ! いいにおいがする。


「お、そうか。あいつ、真斗のこと手のかかる弟みたいに見てるとこもあるからな」


 母性なのか、元来の世話好きの性分なのかはわからないが、いまも真斗の持っているお皿を見ながらあれこれと言っているみたいだ。


「冴木くんに対してだけじゃなく、誰にでも優しいですから。すごく周りが見えてるんだなって思います」


「たまにその真斗のせいで周りが見えなくなってるけどな」


「……それが恋、なんですよね。あそこまで正直に表現できるのもすごいな。憧れちゃいます」


 広瀬は羨望の眼差しで白鷺を見ているようだ。


「広瀬だって似たようなもんなんじゃね?」


 延平っていう彼氏がいるんだから、広瀬だって恋する乙女だろ?


「へっ? そ、そう見えますか?」


 ばっとこちらを向いた広瀬の顔は真っ赤に染まり、頬を両手で覆っている。


「いや、俺は見たことないけど広瀬だって彼氏といるときは似たようなもんじゃないのかって思っただけだよ」


 ひょっとしたら倦怠期とかで落ち着いた関係になってるのかも知れないけど、付き合い始めの初々しいときだってあったはずだ。


「ふへぇ?」


 変な声を上げて固まる広瀬。


 言葉の意味を咀嚼していたのだろうか、その表情がしだいに崩れ———


「……か、彼氏なんていませんっ!」


と絶叫した。

 

 

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