第7話 イベントへのお誘い
真斗のゴールでゲームを振り出しに戻した俺たちだったが、追加点を奪うだけの時間もなくPKへともつれ込んだ。
コイントスにより後攻となったので、しっかりとグローブをはめ直しゴールマウスへと向かった。
キッカー有利のPK。そう割り切っているので自分でも驚くくらいに落ち着いている。
1人目が出てきて入念にボールをセットする。どうやら緊張しているようで何度も深呼吸をしているようだ。
ピッ
スッとこちらに視線を向けたキッカーに、両手を広げてプレッシャーをかける。
大事な一番手、背番号10ということはエースをもってきたんだろう。キッカーの助走とともに重心を左足に乗せて身体を傾けてから、反動をつけて右に飛んだ。
バシッ
予想通りゴール右下にきたボールを右手で弾き出した。
「ナイス、ノブ!」
「よくやったムッツリ!」
味方からの声援と、
「ノブくん、さすが!」
観客席からの白鷺の声援が聞こえる。
この日一番の俺への声援だな。控えめに左手を握り締めた。
俺の幸運も長くは続かないらしく、残りの4人にはキッチリと決められた。
それに対してウチは4人がパーフェクト。そして最後のキッカーはもってる男、主人公の真斗だ。
チラリと観客席を見ると、最前列で見守る白鷺。隣の広瀬も緊張の面持ちだ。
普段の真斗ならテンパりそうな場面。ゆっくりとペナルティの中に入ると、ポンとあっさりとボールをセット。
「マサくんっ!」
白鷺の声援も聞こえてないかのように、じっとホイッスルを待っていた真斗。ピッと鳴るとゆったりとした助走。身体が開き気味だったからだろうか、キーパーは左と予測して動くが、ボールはど真ん中のクロスバーに当たりながらもネットを揺らした。
「よくやった真斗!」
勝利を決めた真斗にチームメイトが駆け寄り、揉みくちゃにされている。
同点ゴールに最後のキッカーと、このゲームの主役を演じた真斗を見ていると、やはりこれはラブコメにおけるイベントだったのじゃないかと思う。
これまで見ることのなかった幼馴染の一面に、ヒロインが惚れ直すみたいな? モブキャラみたいに目立たなかった主人公がイベントをきっかけに周りに周知されるようになり、モテはじめるみたいな?
……俺も一応、PK止めたんだけどな? この辺が主人公とモブのままの人間との違いなのかもしれない。
試合翌日の日曜日。疲れを取るために練習は休みのため、惰眠を貪るつもりで日中は予定をいれずに二度寝をしていた。
コンコン
……
コンコンコン
………
「おはよう」
何かが聞こえ、人の気配がしたので薄目を開けてみると、白い肌の太ももが目の前にあった。
「はっ⁉︎ なんだ?」
夢でも見ているのかと思い、ガバッと起き上がると、びっくりした表情の白鷺が後ずさっていた。
「び、びっくりした〜」
「は? びっくりしたのは俺の方だ。なんでお前が俺の部屋にいるんだ? 真斗はどこだ?」
部屋を見渡してみるが白鷺以外は見当たらない。
「マサくんなら下でおばさんにつかまってるよ? それよりもノブくん、おはよう」
「いや、おはようじゃなくて、何勝手に人の部屋に入ってきてるんだよ?」
「ちゃんとノックしたよ?」
「返事してねぇんだから入ってくるなよ」
「ちゃんとおばさんに許可もらったよ?」
「俺は許可してねぇだろ」
「それは……そうだけどね? ……怒ってる?」
いつも俺には弱気なところなんて見せない白鷺が、珍しく俺の様子に怯んでる。
「お前、ちゃんとラブコメヒロインの自覚持てよ。NTR疑われたらどうするんだよ? なんだかんだ言いながらもヒロインは潔白じゃなきゃいけねぇんだよ!」
売れてるラブコメ見てみろよ。ヒロインは異常なほど主人公に陶酔してるだろ? 疑われるような行動は慎みやがれっ!
「ごめん、ノブくんが何言ってるかわかんないけど、本気で怒ってるわけじゃないのがわかってホッとした」
胸を撫で下ろした白鷺が「早く着替えておりてきてね」と部屋を出て行った。
仕方なく着替えて1階に降りていくと、リビングからは3人の楽しそうな声が聞こえてきた。
「ほんとに鏡花ちゃん、美人さんになったわね。私の若い時にそっくり」
「あ、あはははは」
「学校でモテモテでしょ? マサちゃん、しっかりと捕まえておかないと信平みたいな輩に寝取られちゃうわよ?」
「だ、大丈夫ですよ」
いや、楽しそうなのは中年1人であとは絡まれているだけだった。
「頑張って若者に溶け込もうとすんなよ」
「あら、いたの? これでも最近バイトに入ってきたJKとは仲良しなのよ?」
「JKって言うな、JKって」
久しぶりに朝から母さんの相手をするのは疲れる。
「その子は鏡花ちゃんとは違うタイプの美少女なのよ。間違ってもアンタが手に届くことがないような、ね?」
自分の息子に対する評価がすこぶる悪い。
「あははは。でもおばさん。ノブくんの隠れファンって結構いるんですよ?」
「隠れ、でしょ? 人前じゃ恥ずかしくて言えないのよ」
「もう、いいから黙っててくれよ。で、お前たちは何しに来たんだ?」
『お互いの家の中央でデートしよ?』って訳じゃないだろう。しかも、こんな朝早くから———、いや、もう昼間際か。
「あ、うん。せっかくだから祝勝会がてらみんなでランチでもしない?」
白鷺がスマホに店舗情報を表示させながら聞いてくる。
「は? お前らと? 嫌だけど。2人でデートしてこいよ」
せっかくのイベントにモブ連れていってどうするよ。
「た、たまには付き合ってくれてもいいでしょ? ダブ———、ランチしよ?」
何かを言いかけてやめた白鷺が、真斗に助けを求めるように上目遣いで見つめている。
「ほら、ノブくん、ビュッフェに行きたいって言ってたじゃん。ワオンモールのレストラン街にできたらしいから行こう」
正直、ビュッフェには惹かれるが夕方からバイトが入っているため、行きたくはない。
「あら、いいじゃない。私、ゆっくりと海外ドラマ見たいから出かけてきなさいよ」
母さんは財布から紙幣を抜き取ると、俺の額に貼り付けてリビングから出て行った。
「じゃあ、決定ね」
含みのある笑顔を見せた白鷺。
「ノブくんは、さっさと私服に着替えてきて」
スエットにパーカーという俺、定番の外出着は部屋着認定され、この後5回のリテイクの後、祝勝会という名のデートイベントに付き合わされるこてとなった。
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