第5話 お礼?

 AM 8:30


 インハイ予選初戦の行われる市民競技場のサブグラウンドに集合した俺は、一緒にきた諭と柔軟をして身体を解していた。

 

「なあ、諭。いつもより人多くないか?」


 弱小とまでは言わないが、部活動に力を入れてない我が校のサッカー部。誰かがサボるとベンチが寂しくなるような台所事情があったりする。

 それが、だ。ぱっと見だがウチの学校のジャージを着た生徒がいつもより多く感じられる。


「は? ああ、1年の仮入部期間が終わって本入部したからだろ。仮入部中は試合に来なくても良かったからな」


「あ〜、なるなる。納得」


 チーム事情に無頓着な自分に恥じながらも納得。よく見ると新人マネージャーがあたふたとしながら先輩について試合の準備をしていた。

 その中に見知った顔を見つける。


「へぇ〜結局、まどかちゃん入ってくれたんだな」


「ああ、……手、出すなよ?」


「相手にされねぇって」


 ジロリと睨む諭に苦笑いで答えた。


 新人マネージャーの水野円ちゃんは諭の妹。ラブコメ主人公であれば義理のということもあったかもしれないが、そこは俺と同じモブ。ちゃんと血の繋がりはある。


 これまで、うちのマネージャーは3年生が3人いたのだが、そのうちの2人は受験を理由に早々に引退。俺の学年は延平目当てで何人か入部したのだが、まともに仕事しないやつらばかりだったので、みんな辞めさせられている。


「3人か。どれだけ残ってくれるかだな」


 新人マネージャーは円ちゃんを含めて3人。ぱっと見粒揃いなので、俺たちのモチベーションアップのためにもぜひ頑張って欲しいところだ。


「信平せ〜んぱい。おはようございますっ」


 噂をすれば影、円ちゃんが柔軟中の俺の背中を押しながら話しかけてきた。


「ん。円ちゃん、諭と一緒は嫌って言ってたから入らないと思ってた」


「あはははっ、確かに兄と一緒ってのは気恥ずかしいんですけどね。やっぱりサッカー好きだし、それに……」


 背中を押していた両手を肩に回し、声をひそめながら小悪魔のささやき。


『せんぱいのそばに、いたいからですよ?』


 ふっと耳元で息を吹きかけるかのように円ちゃんは言う。


「はいはい。そういうのはいいから。あんま他のやつにやりなさんなよ。本気にされると厄介だぞ」


「え〜、私はいつだって本気ですよ? せんぱいに対しては。ですけどね?」


 肩を落としながらため息をつく諭。


「ノブからかってないで仕事してこいよ」


「は〜い。じゃ、せんぱい。試合頑張ってくださいね」


 ひらひらと手を振りながらニッコリと微笑む。

 彼女のいない俺は、中学時代からこうやって何度からかわれてきたことか。


「円ちゃん。また成長したな」


「……妹を邪な目で見るなよ」


 背中に残る感触に浸りながら呟くと、真面目な表情で牽制してくる諭に肩をすくめた。


 柔軟を終えてジョグをしていると、チームメイトが騒がしくなっていた。


「何事?」


「誰かきたっぽいな」


 騒ぎの中心には真斗と延平、それにジャージ姿の女子とかわいらしい格好をした小柄な女子がいた。


「白鷺と広瀬か? そりゃ騒ぎになるな」


 サブグラウンド(名前だけ聞くと立派な施設っぽいがただの広場だったりする)に学校ランキング上位の美少女が現れれば、そりゃ野朗どもは喜ぶわな。


「白鷺さん、応援にきてくれたんだ」

「広瀬ちゃんの私服姿! 眼福や!」


 両方ともお目当ての男子の応援にきていることを知っている俺は、舞い上がるチームメイトに呆れながら諭とジョグを続けた。


「おーい、ノブ! 白鷺さんがお呼びだぞ!」


 身体が温まってきたので、ボールを使ったメニューに切り替えようとしていたところで声をかけられた。チラッと視線を向けると白と青のバスケ部のジャージを着た白鷺と、坂で見かけた誰もがうらやむメインヒロインのようなファッションの広瀬が近づいてきた。

 

「おはよう水野くん。ノブくんもお疲れ様」


「ん」


「おう」


「もぅ、あいさつできないコンビだな」


 腰に手を当てながら肩をすくめて呆れる白鷺の横で、手で口を隠して控えめに笑う広瀬。


「お二人とも、おはようございます。試合頑張ってくださいね」


 コテンと首を傾げながらニッコリと微笑みながらのあいさつする広瀬は、まぶしくて直視できないレベルだ。


「お、おう」


 そんなかわいさ溢れる広瀬に、さすがの諭も照れている様子で顔が赤い。


「ノブくん。ちゃんとお礼言ってよ?」


「きょ、きょうちゃん⁈」


 なぜか広瀬に対してお礼を強要する白鷺を、広瀬が焦ったように止めようとする。

 お礼? 応援にきたことに対してだろうけど彼氏延平の応援にきたのに、なぜ俺がお礼を言わにゃならんのだ? エースのモチベーション上げてくれてありがとうってか?


「まあ、せっかくの休日にお疲れ様。天気いいから紫外線には気をつけて」


 観客席には屋根がついてるので、日陰を確保できれば問題ないだろう。白い綺麗な肌の広瀬のことだから対策はバッチリだろうけどな。


「ちょっ、違———」

「わぁ〜! あ、ありがとうございます。試合、頑張ってくださいね」


 白鷺の背中を押しながら逃げるように観客席に向かう広瀬。


「なんだ、ありゃ?」


「さあ?」


 訝しげに見送った俺たちは試合に向けてアップを再開した。


♢♢♢♢♢


 試合前のスタメン発表でちょっとしたサプライズがあった。ラブコメでいうところのイベントにあたるのかも知れない。


 主人公、真斗の高校初めてのスタメン出場だ。大会前の登録時点では控えの予定だったのか、背番号は17番。たしか白鷺は7番をつけているはずなので、ユニフォーム姿の真斗を見れば勝手に運命的なものを感じてしまうのかもしれないな。


 今晩はさぞかし盛り上がることだろう。

 残念ながらベッドの上ではないだろうけど。


 ちなみになんだが、俺はいつも通り1番。集合がかかったのでユニフォーム姿になりグローブをはめる。右手、左手の順番ではめるのが俺のルーティン。


 パンパンとグローブを合わせて気合いを入れた。





 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る