第4話 お弁当

 週末の土曜日。


 今朝も白鷺は早くから真斗の朝食作りのために冴木家に向かって行った。


「毎朝よくやるな。これがラブコメパワーか」


 365日、雨の日も雪の日も欠かさず通い妻を続けている白鷺。これが愛ってやつなのかね? これで真斗が他の女とくっついたりでもしたら……、まあ、考えるだけ無駄だな。お互いに好きのオーラを出しまくっているのに一歩踏み出せないだけの両片思いラブコメ。いま、冴木家ではどんなラブコメが繰り広げられているのかはわからないが、何かイベントでもあれば一気に進展するんじゃないか?


「っと、俺も飯食うかな」


 スマホ片手に1階に降り、前日に買ってあったおにぎり2つとインスタントの味噌汁を用意して未読だったメッセージを確認。味噌汁用のお湯が沸く頃には確認し終わっていたのでテレビを見ながら食べていると『ピンポーン』とインターホンが鳴った。


「こんな時間に誰だよ」


 手に持っていたおにぎりを口の中に放り込みながらディスプレイを確認すると、ジャージ姿の白鷺が手を振っていた。


『おはよう、ノブくん』


「あらっ、信平はもう出かけたわよ」


『なにそれ、おばさんの真似? ちっとも似てないんだけど。それよりも早く開けてくれない?』


「セールスお断りだ」


『何も売りつけないわよ。早くマサくんのところに戻りたいから早く〜』


 俺が白鷺の気持ちを知っているからって遠慮ねぇなぁ。仕方ないので玄関を開けると、白鷺が門を開けて階段をトトトっと上がってきた。


「おはようノブくん。朝ご飯まだだよね?」


 後ろ手で覗き込んできた白鷺はあざといくらいのかわいさだった。


「いや? 食ってる最中」


「どうせいつもの食パンとコーヒーでしょ? はいこれ、お裾分け」


 サッと目の前には弁当箱が差し出された。


「はっ? なんで?」


「なんでって今日は試合でしょ? しっかり食べなきゃいいパフォーマンス出来ないよ?」


「そりゃわかってる。いまおにぎりと味噌汁食ってるとこなんだけど」


 弁当箱を渡そうとしていた白鷺の手が止まり、表情が曇る。


「えっ? なんで?」


「なんでって、そりゃ俺がなんで? だよ」


 今までに白鷺が弁当を作ってくれたことはおろか、お裾分けだって初めてだ。


「そ、それは……」


 顎に手を当てながら目を逸らした白鷺がブツブツと呟いている。


「しまった、遅かったか! ごめん、まいっ!」


「は? なんて?」


 小さくて聞こえなかったので聞き直すと、コホンと咳払いしながらスルーされた。


「仕方ない。ノブくん、こっちのお弁当を優先的に食べてください。そうすれば今日の試合のスターはキミだ!」


 ビシッと指をさしてくる白鷺の表情はなぜか焦りの色が見える。


「いや、作ってもらってわりぃんだけど、今日午前中の試合なんだ。そんなに食えねぇよ。せっかくだから昼にでも———」

「お、お昼じゃだめなの! 朝食用だから、今食べて欲しいの」


 ガシッと胸ぐらを掴み迫ってくる白鷺。

 

 いや、近い近い。


「なんでだよ。……はっ⁉︎ お前まさか相手チームのスパイか⁈ その中には毒が⁈」

「入ってないからっ! 愛情たっぷりの愛妻弁当だからっ!」


「……作った時はそうかも知んねぇけど、真斗用じゃなくなった時点で愛情抜け落ちてるじゃんか」


「愛情は抜け落ちませんっ! いいから、いま食べて! まだ食べれるでしょ?」


 懇願する様に上目遣いで見られ、ウッとなりながらも弁当箱を受け取った。


「いい? 絶対に残したりしないでね? 出かける前にお弁当箱回収に行くからね? わかった? 絶対に食べて!」


 受け取ったことでホッとしたのか、最後の言葉に若干の違和感を覚えながら走り去っていく背中を見送った。


「なんだよ食べてあげてって。そこまで弁当に愛情込めてるのかよ」


 真斗のために作ったもののお裾分けなんだから、愛情たっぷりなのはわかるけど、わざわざ3人分も作る意味がわからん。


「まあ、せっかくだからいただくか」


 食卓に戻り、弁当箱を開ける。


「おお〜、こりゃすげぇ力入ってんな」


 白鷺の言っていた愛情たっぷりの意味がわかるほどの力作。見たところ冷食やできあいのものが入っている様子はない。


「いただきます」


 パンッと手を合わせて弁当と向き合う。


 小さめの彩りどりの俵形のおにぎり。定番の卵焼きに唐揚げ。ゆで卵とベーコンがゴロゴロと入ったポテサラなど、俺の好きなものが詰め込まれている。


 しかしながら、少々不恰好だ。


「あいつ、失敗作を寄せ集めたな」


 白鷺は真斗のご飯を用意している関係で、昼の弁当も2人分作ってきている。席も近いので中身も見たことがあるが、出来栄えは素晴らしいものだった。


「普段の弁当はおばさんが? そりゃないか。今日はたまたま失敗したから……、まさか! 動揺するほどのイベントがあったのか?」


 完全無欠の美少女が得意な料理を失敗する。それは心を乱すほどのイベントがあったからに違いない。


 寝ぼけた真斗に抱きつかれたとか、つまづいた真斗がラッキースケベ的に胸にダイブしてきたとか。


「き、気になる……、後でそれとなく探りを入れるか」


 ウチにきたのは火照った身体と頭を冷ますためだろう。やつらのラブコメは俺のライフワークでもある。俺に文才があれば小説にしたいくらいだ。


「味は大丈夫だろう。いただきます」


 ポテサラに手を伸ばし口に放り込むと、ゴロゴロとした食感が満足感を与えてくれる。


「うん、まあ美味いかな」


 絶品とまではいかないが、それなりには美味かった。真斗は絶品だと言っていたが、それには好きな子補正がかかっていたからかもしれない。


 比較的小さな弁当箱だったので、あらかじめ用意してあったおにぎりと味噌汁も完食した。


「どうだった?」


 弁当箱を回収にきた白鷺がワクワクとした表情で感想を聞いてきた。


「まあ、失敗作にしては美味かったんじゃない?」


「はい? 失敗作?」


「ん? 違うのか? 料理中に真斗に後ろから抱きつかれたかなんかして焦って失敗したのを寄せ集めたんだろ? まあ、形は不恰好だったけど美味かったぞ。さんきゅ」


 弁当箱を手渡すと、ムッとした表情をしながら受け取る。


「失敗作って失礼ね! それにマサくんにそんな度胸ありません!」


 真斗をサラッとデッスりながら白鷺は去って行った。



 


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