第3話 委員会

 金曜日という日は、平日にも関わらず特別な日として扱われているような気がする。

 古くは花金、プレミアフライデーやブラックフライデーなど週末に向け、最後の頑張りどころというか、終われば気が抜ける、みたいな? 明日は休みだからゆっくりしようぜ敵な雰囲気が学校にも漂っている。


 そんな金曜日の放課後、俺はグラウンドではなく職員室の隣にある教室へと向かっていた。


「ちわっス」


 印字のされていない札に『風紀委員』と書かれた腕章が掛けられた教室に入ると、すでに数人が集まっていた。


「オウ、ノブ」


 教卓で頬杖をつきながら資料をめくっていた坊主頭が俺に気づき声をかけてきた。


 風紀委員長の3年、山本一二三やまもとひふみ先輩だ。

 キラリと輝く綺麗な頭に、美しいと形容されるマスク。身長は低いが細マッチョなボディ。

 校内イケメンランキングなんてものがあるかわからないが、もしあるとするならば5指に入るであろう先輩の周りには女子が……遠巻きに見てきゃーきゃー騒いでいる。


「相変わらずの人気ぶりに引くわぁ」


 身近な席に鞄を置き、女子の間をすり抜けてひふみんのそばまで行くと、資料の束をバサッと手渡してきた。

 

「わりぃ、ノブ。みんなに配ってくれ」


「んなの、俺に頼まんでも取り巻きのお嬢様方に頼めばよかったのに」


「わかって言ってるんじゃねぇよ」


 スッと目を細め睨みつけられると、それを見ていた女子たちからきゃ〜っと悲鳴が上がった。


 瞬間、ひふみんの身体がビクッと震えて固まる。


 実はこの人、女性恐怖症である。


 柔道部主将で最軽量級ながら全国ベスト4まで進んだ実力者。漢気溢れた性格で先生たちの信頼は厚く、同級生や後輩たちからも慕われている。


 そんなひふみんが女性恐怖症。普段はキリリとした表情なのに、女性が近づくと顔を青ざめてしまうのだ。

 なんでも、幼少期に幼馴染の女の子にこっ酷くいじめられていたのが原因だとか。


 幼少期の周りの環境って大事だよな。


 そんな訳で、モテるくせして女子とお近づきになれないひふみんの代わりに資料を渡していくが、俺が持っていったことで女子からは露骨に残念がられるか、ビビられて距離を取られるかの反応をされた。


「はははっ、難儀なやっちゃな」


 余った資料を戻しにいくと、ひふみんはバシバシと俺の腕を叩きながら笑う。


 文句の一つでも言ってやろうかと思っていると、ガラッと扉が開き広瀬が息を切らせながら入ってきた。


「はあはあ。す、すみません。遅れました」


 律儀にひふみんのそばでぺこりと頭を下げると、ひふみんはスススと距離を取りながら「お、おう」と応えた。


 頭を上げた広瀬が俺に気づくと、ハッとした表情になってスススと距離を取る。


「あ、汗がっ」


 スカートのポケットからハンカチを出して汗を拭う広瀬に、男子からは「はうっ!」という声が上がる。


「ほれっ広瀬、資料」


 ひふみんから渡す素振りのない資料を差し出すと、ハンカチをしまいながら受け取った。


「あ、ありがとうございます」


 慌ててきたからだろう。頬を染めながら受け取る広瀬の姿に、教室内の男子は胸を押さえながら悶絶している。


「やばっ! 広瀬ちゃん、かわいすぎやろ!」

「俺、風紀委員で良かった!」

「くそっ! 俺が手渡したかった!」


 委員会は各クラスから男女1人ずつ選出されているため、全員が必ずどこかの委員に属するわけではない。なので委員決めの時はやりたいやつがいないため、揉めることもよくある。


 うちのクラスの場合は、真斗と水面下で約束をしていた白鷺が図書委員に立候補したために、白鷺とお近づきになりたい男子の立候補者が殺到。

 逆に担任の熱烈な推薦で俺に決まった風紀委員は、くじ引きでハズレを引いた女子が半泣きになっていたが、ひふみんがいることを知ると手のひらを返すように色めきたっていた。


 この日の委員会では、翌月の校内パトロールのシフト決めが行われた。


「はいっ! ぜひとも広瀬さんと回りたいです!」

「危険な任務だ。広瀬ちゃんの相棒には最上級生を選ぶべきだ」

「広瀬先輩には、後輩を正しく導く使命があります!」


 委員会でのコミュニケーションを活発にするために、同じクラスの男女がパートナーになることはないので、広瀬のパートナー選びは紛糾した。

 

「はいはい。こうなることはわかってたからこっちで事前に組み合わせは決めてあるぞ。資料の最後に組み合わせと担当区域が載ってるから各自確認しておいてくれ」


 まあ、その場で決めてちゃ時間かかるしな。昨年も風紀委員だった俺はささっと資料に目を通していたからわかっていたが、騒いでいたやつらは今年が初めての上、資料を見てなかったのだろう。


 資料に添った説明の後、解散となった教室を出ようとすると、後ろから「あのっ!」と声をかけられた。


「んっ?」


「あの、元木くん。来月の当番。よろしくお願いします」


 緊張した面持ちの広瀬がぺこりと頭を下げている。


「ん」


 2-A 広瀬まいんの隣にあったのは2-B 元木信平という名前だった。きっと変わってくれと殺到するであろう広瀬のパートナー。俺がパートナーなら気軽に声をかけれないだろうと言うひふみんの判断だろう。


「去年よりは役に立てるように頑張りますね」


 胸の前で両手をギュッと握りしめている広瀬。俺と同じく2年連続の風紀委員だ。


「そんな気張らんでもいいと思うぞ。まあ、よろしくな」


「は、はいっ!」


 なぜかポッと顔を赤らめた広瀬。


「あっ! あの野朗! 馴れ馴れしく広瀬ちゃんに頭ぽんしてやがる!」


 無意識に手が出ていたことに気づきサッと手を引っ込めた。


「あっ、わりぃ。つい」


「いっ、いえっ! 全然問題ないというかっ! むしろうれしいといいますか……」


 彼氏持ちに対してやってしまったというか、モブらしからぬ行動に自分でも驚いた。


 その頃、図書室でも当番についての話し合いがあったらしいが、白鷺が先手を打っていたらしく真斗とのカップリングを見事に成功させていたらしい。


「えへへ。マサくん、よろしくねっ」


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