短編集

野花さんぽ

【前書き】

お久しぶりです。

再開するにあたり、先ずは別サイトの方で投稿していた短編集をカクヨムの方にも掲載していきたいと思います。

どうか楽しんで頂けたら幸いです。


+++



 アルテミス女学園。

『P細胞』を体内に取り入れて常人を超えた力を持った少女たち、『ペガサス』が生活している学園。


「──無理、散歩しよ」


 そんな学園の生徒会長である『蝶番ちょうつがい野花のはな』は、生徒会業務をしているなかで悩んでいた。

 悩みに、悩んで、悩むことに疲れて疲れて休憩を取ることとなった。


「できれば、今日中に決めたかったんですが──無理、即時即決できない──15時まで息抜きして、それでも決められなかったら明日決めましょう──うん、それがいい」


 ぶつぶつと呟きながら生徒会室へと出る野花。


 ──室内から誰もいなくなったと思いきや、書類棚の下引き戸が開いて中から灰色の長い髪を持つ小さな『アイアンホース』Aエーが前転しながら出てきて野花の後を付いていく。


「──いやでも、これは今日中に決めたほうがいいですよね。夜稀にも話を通さないといけないですし、明日の『街林調査』の時に必要物資の回収をお願いできますし──でも仕事が増えるし、珍しいこのタイミングで増やしていい仕事ってわけでもないし──ほんとどうしよう」


 高等部校舎の空間が広く作られた廊下を、野花は腕を組み歩きながら、悩みを訴え続ける。


 悩みの内容は、先輩から提案された追加業務を実行するか否か。

 それ自体は後で必ず必要になってくるものであるが、いま必要と言われるとそこまでであり、時期的にも仕事を増やすのは避けたほうがいい気がする。


 どっちでもいい、あるいはどっちとも微妙ともいえる提案。

 持ちかけてきた黒髪の先輩に、貴女が決めてくださいとお願いされたことで、野花は一日中悩んでいた。


 野花は絶対必要となれば多少無茶でも許可を出すし、お願いだってする。

 逆に見て明らかに必要が無さそうであるならば、頭を下げられたって無理だと言い張る。

 そうしなければ酷いことになるという経験則ゆえに、はっきりとわかっているものに答えを出す事はできていた。


 だけど、五分五分な選択肢を求められるのは、ものすごく苦手だった。

 選んだほうで何か失敗してしまう、それでものすごく後悔することが怖くて慎重を期過ぎてしまい。彼女の根っこ、優柔不断なところが全面的に出てしまう。


「うむむ──こんだけ悩むなら別になくても……あ、いつのまに……」


 気がつけば訓練所前まで来ていたことに気づく。野花は自分から訓練所へとくる事はあまりない。

 本人が戦う能力が乏しく苦手というのもあるが、生徒会長の業務で時間を取られているため、業務上使用する時や訓練をするにしても理由をつけて先輩に首根っこを掴まれ引きづられる時でもなければ近づく機会が無かった。


「うーん、うん、せっかくですし一周してもいいかもですね」


 偶然ではあるが、ただ廊下を彷徨うのも味気がないと感じた野花は訓練所の中をぐるっと一周することに決めた。

 訓練所は頑強な壁に覆われた、デザイン性皆無のなんとも寂しい円形空間となっている。


 だけど、今の野花にとっては寂しくも静かな空間のほうが考えをまとめられそうだとして、良さそうと思った。


 ただ訓練所には先に使用者がいたので、散歩は中止となる。

 いや居るだけならいい散歩目的で来ていた自分とは違い、名前のとおりに訓練で使うところだから、ペガサスたちの誰がいたっておかしくない。


「──じゃあ、いくよ……せーの!」


 ──見覚えのある茶髪ポニーテールの先輩が、空高く舞い上がったのを野花は真顔で見る。


「……えぇ」


 先輩は10メートルまで打ち上げられた先輩ペガサス──『喜渡きわたり愛奈えな』は、新体操のごとく体を捻りながら重力に惹かれて落ちていく。


 そんな愛奈先輩の落下地点に、『ペガサス』ではない人影があった。


「アスク!」


 正確には“人型”と呼ぶべきか、全長2メートル以上はある八本の管を背中から生やした西洋甲冑的な存在が落ちてくる愛奈先輩を優しくキャッチした。


 西洋甲冑のような彼はアスクヒドラ。人間の絶対たる敵とされた『プレデター』でありながら、『ペガサス』たちにとって生きるために必要不可欠な存在である。


 本人はなんらかの理由で首と指の動きぐらいでしか意思疎通ができず、その正体や目的は何もわかっていない。

 だけど、彼個人の優しくて面倒見のいい性格から野花や愛奈など『ペガサス』たちから絶大な信頼を得ている人型プレデターである。


「うんタイミングはバッチリだったね! でも予想よりも、浮いている時間が長いから、もうちょっと低くい位置で止まったほうがいいかも。次はほんの少しだけ弱めにお願い」


 アスクは首肯すると愛奈を下ろして膝を曲げると腕を下へと伸ばし、両掌を横並びに合わせた。

 そんなアスク“お手製”平台に愛奈は片足を乗せて立つと、両手に肩を置いてアスクに体重を預ける。


「じゃあいくよ、せーの!」


 愛奈の掛け声と共にアスクは全身を素早く連鎖的に動かし、発生したエネルギーを手のひらへと集中させた力で愛奈を頭上に打ち上げた。


 話し合っていた通りに、さっきと比べて低い到達点で愛奈は再び体を捻りつつ落下、とくに危なげもなくアスクの腕に収まる。


「お~」


 人型プレデターによる精密且つ強靭なパワーと、『ペガサス』の身体能力によるアクロバットに野花は無意識に感嘆の声を漏らした。


「あ、野花!」


 優しく地面に降ろされた愛奈は、野花を見つけて声をかける。続けてすこし離れた場所で隠れるように居るAエーに手を振るう。

 野花は黙って盗み見していた事もあり、すこし気まずくなりながら愛奈たちの下へと寄る。


「お邪魔してしまってすいません! 来たら愛奈先輩がアスクに──打ち上げ? 曲芸? ──ともかく何かしてるようだったので見ちゃっていました!」


「別に気にしないで、でも野花がひとりで訓練所に来るなんて珍しいね?」


「実はちょっと作業が煮詰まりまして、その息抜きに来たんです! それでおふたりは何をしていたんですか?」


「昨日、ふと思いついた事を試してみたの、こんな風にアスクに空に飛ばしてもらって矢を打てないかなって」


「それは──えっと──凄いですね!」


 愛奈は弓の名手であり、魔眼の能力もあって彼女が放つ矢は百発百中。

 そんな彼女が空中から狙ってくると想像した野花は味方でありながら、うわっと声が出そうになった。


「では、落下中に体を捻っていりしていたのは?」


「どういった動きをしたら、どの方向に体が向くか試していたの。また『ALIS』を持って試したら変わってくるとは思うけどね」


 ──なんだか愛奈先輩、よりいっそうMAP兵器染みてきましたね。


 野花は最終的に空中で三次元的に方角を変えつつ、矢を連射できるようになった愛奈を想像して乾いた笑みを溢す。


 矢を放つ行為自体は本人の技量に関わる範囲であるが、愛奈の矢打ちは曲芸じみていると言われるほど技量が高い。いまさら空中で放つ事なんて動作もないだろう。

 訓練で愛奈は矢をわざと障害物や地面に当てた反動で軌道を変えて目標に命中させていたりしており、それを野花は何度も見ている。


 本当に頼もしい、自分たちのためにも頑張ってくれている愛奈先輩を見て、野花も生徒会長としての業務を頑張ろうと意気込む。

 しかし、訓練所にきた理由である悩みの種を思い出してしまい、すぐに意気消沈する。


「……あ、そうだ野花」


 表面上は、特段変化がない野花であったが、他人の気持ちに敏感な愛奈には十分な変化であり、何かしら悩んでいる後輩の気分転換になればと、いま思いついた提案を口にした。


「よかったら、野花もやってみる?」


「え、はい……はい?」


「じゃあ、アスクお願い!」


 思考が逸れてしまっていたため、咄嗟に了承してしまった野花。

 なにをやってみると聞き返す前に、アスクが親指を立てた事で察した。


「──やってみるって──アレをですか?」


「うん、アスクに打ち上げてもらうの、けっこう楽しいよ!」


「いや、いやいやちょっとそれはえっとですね! ──普通に怖いです──はい、だからその遠慮……」


 咄嗟に断ろうとした野花であったが、いや待てよと考え込みはじめる。

 愛奈先輩は訓練として行なっていた。なので自分の考えは行けない類のものかもしれないのだが、打ち上げられている愛奈先輩を見て思うところがあった。


 ──空中でクルクル回るの楽しそうだな。


「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ──うん、本当に1回だけ──やってみます! いいですか?」


「もちろんだよ! じゃあこっちに来て」


 恐怖は消えていないが、他人がやっているものというのはとても魅力的に映るもの、『ペガサス』とはいえ年頃の少女であれば余計にである。


 実のところ野花の、そんな惹かれている気持ちを察していたので、提案した時点でこの結果は決まっていたものだったりする。


「──そう、そんな感じに片足立ちになってしゃがむの。上がるときグッって体が重くなると思うけど、それがふっと軽くなった時に足を伸ばすとちょうど良いよ」


「…………」


「跳んだときは、頭が真下にならないようにだけ注意してね。えっと足を動かさないようにすれば大丈夫かな?」


「…………」


「着地はアスクがしてくれるから、心配しないでね!」」


 愛奈が説明するなか、アスクの両掌台に足を置いた野花が笑みを浮かべていた。

 土壇場で後悔しまくって、頬が引き攣っているとも言う。


「それじゃ、321で行くよ。3、2」


「──あ、やっぱりや「1!」──すえええええ~~〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」


 ──野花はほんの数秒、重量から解放された時間は想像以上に良かったと後に語る。


 アスクにキャッチしてもらい床に足をつけた野花は、どこか晴れやかな表情になっていた。


 ──悩んでいたら間に合わない事がある。自分の決断を黒髪のほうの先輩に伝えたあと、野花は今日の業務を全部明日に回した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る