親愛クッキー

【前書き】


第四十六話で語られたクッキーあたりのお話。



+++



上代かみしろ兎歌とか』は生徒会長の認可の下、風紀委員として中等部のトラブル解決、秩序維持を行なっている。

最初こそ忙しさの字の如く“ 心が亡くなりそうなほど”の忙しさであったが、最近ではトラブルの頻度も少なくなり、自分に協力してくれる友達や先輩たち、そして中等部ペガサスたちも増えたことから時間に余裕ができた。


兎歌は空いた時間、趣味である料理を楽しんでいる。父親から教わった大切な趣味、もう作れないと思った事もあったが、今ではすっかり鼻歌混じりで包丁やフライ返しを振るっていたりする。


すこし困りごとがあるとすれば、自分の作るお菓子が『東海道ペガサス』や『アイアンホース』に人気があり過ぎて材料の出費が嵩んでしまっていること。


東京地区では考えられないような安い値段で買えるとはいえ、流石に業者みたいにキロ単位で買うとなると、月々に振り込まれる電子マネーお小遣いでは足りない。


野花生徒会長や『勉強会』のみんなが少しばかり費用を出してくれたり、夜稀先輩が小麦粉をはじめとした粉物の類は、なんとか冬が来る前には自家生産できるようにと頑張ってくれている。


趣味で続けていくにしても問題はあるが、楽しんでこその趣味。

美味しいって言ってくれるみんなの笑顔を見るのは嬉しく元気が出るため、なるべく『お菓子配りのお姉さん』をやっていきたいと兎歌は思う。


――まあ、やっぱり年上の先輩にお姉さん呼ばわりされるのは違和感あるけど。


ちなみに自分のお菓子が博打の勝利品になっていることを、兎歌はまだ知らず、後に借金している先輩アイアンホースの事を知って、多いに悩むことになる。


「――兎歌先輩、ちょっとええ?」


「ん? どうしたのムツミちゃん?」


今日作ったお菓子を配り終わり、愛奈先輩と一緒に訓練した帰り道、兎歌は『東海道ペガサス』のムツミに声を掛けられた。


「もしかして、飴もらいそこねちゃった?」


「ううん! とっても甘くておいしかったよ~」


「良かった!」


本来であるならまだ人間として学校に通えている筈の年齢であるムツミたち『東海道ペガサス』に、兎歌は自分に懐いてくれていた妹の面影を重ねており、そんな子たちにお姉ちゃん扱いされるなら、ついつい喜んで欲しいと甘い物を与えたくなる。


いっそ先輩呼びじゃなくて、お姉ちゃんって呼んでもらおうかな。いやでも流石に恥ずかしいかもと、兎歌の心は揺れ動く。


「あのね兎歌先輩、お願いがあるんよ」


「どうしたの?」


「恐竜さんに、またクッキーを作ってあげたいんよ〜。だから材料欲しくて、ちょっとだけでええから欲しいの」


「恐竜さんって、プテラリオスのことだよね?」


「うん、そうやよー」


プテラリオス、アスクヒドラと同じく『ペガサス』たちに協力的な人型ギアルスであり、学園に来る前からムツミとは友達関係であった。


「へー、クッキー作っていたんだ」


「うん! 恐竜さんいっつも美味しそうに食べてくれてー、それが本当に嬉しくて~」


「わかるー」


兎歌は完全に同意と声を上げる。食材に手を加え変わりいい匂いになっていく調理の過程も好きだが、やっぱり誰かに食べて美味しいと喜んでもらえるのは格別な嬉しさがある。


「わかった、任せてよ! クッキーの材料はまだ余っているし、持ってくるよ」


「ええの? ありがとね~!」


ムツミの場合は純粋に友達に喜んで欲しいという違う善意かもしれないが、料理の事であるのには変わりない。

そして、ムツミは本来であればアルテミス女学園に存在しないペガサス。商店街区画で買い物ができないため自分で材料を揃えるのは難しく、兎歌はまるで妹のような後輩のお願いを快諾する。


「そうだ、わたしも明日の分作れるし、一緒に作ってもいい?」


「ええよ、むしろ兎歌先輩のほうがええの?」


「うん、今日はもうやることは思いつかないから大丈夫……あ、そうだ。ちなみに他に何か欲しいものってある?」


チョコやレーズンなど、クッキーに入れると美味しい、トッピング材料で何かほしいのあるかと 兎歌はそんな気持ちで聞いたのだが。

悲しいかな、ここで根本的なズレが発覚する。


「えっとねー、できればやけどねー、こねやすい土がええなー」


「分かったよ、こねやすい土…………こねやすい土?」


なんだか食材として名前に出ていないものが出てきた気がするが、きっと気の所為だろう。

いやもしかしたら『東海道ペガサス』では、何かしらの材料は“ツチ”と言っているのかもしれない。そうに違いない、兎歌はそう願った。


「……ごめん、ムツミちゃんの言うツチって何かな? もしかしてこう、地面にこう、置いてあるというか、なんか有る土じゃないよね?」


「それ~」


「そっかぁ、これかぁ……これかー」


兎歌はもの凄くどうしようと遠い目をする。

思えばお菓子と言うものは、今の時代日常的に食べられるようなものではないものだ。それにムツミちゃんを含めた未成年ペガサスたちは、赤ん坊の頃から『中央ペガサス予備校』に引き渡されて育てられた子たちであるから余計にである。


「……ムツミちゃん、よかったらだけど、ムツミちゃんの知っているクッキーの作り方教えてほしいな」


「あのね、まず土に水を掛けて、それをコネコネして丸めたあとにやね、潰して平べったくして、おひさまで乾かしたら完成!」


──それ泥団子だよ!? 平べったくしているから違うかもだけど、何にしても泥団子だよ!


「…………他には?」


「水!」


「そうだね、必要だね……それ以外はもういいかな?」


「うん!」


もしかしたら早とちりしているかもしれないと聞いては見たものの、やっぱりムツミの言うクッキーがどう考えても平べったい泥団子で間違いないらしく兎歌は絶句する。


思えば自分が作ったお菓子を初めて見る、あるいは初めて食べたと言う後輩のクッキーが、自分の知るものとは遠くかけ離れている事にどうして気が付かなかったと反省する。


──あれ? そういえばクッキーって作った事あるよね? もしかして同じものだと認識されていなかった?


ちなみにムツミがアルテミス女学園のそこら中にある土を使わなかったのは、富士山周辺の森の土は違う種類だし、友達から学校のものを勝手に使っちゃ駄目と言われたからである。


――これはものすごく、繊細な問題だ……!


東海道ペガサスたちが、自分では想像すら難しいほどの重たい事情でアルテミス女学園へと来た事は兎歌も知っている。

まともな料理なんてできる環境ではなかったのだ。そうに違いないと想像さえしてしまえば兎歌はすんなりと納得する。

だからこそ兎歌は正直に土は食べ物じゃないって指摘できなかった。これが同級生の友達だったり、先輩だったら正直に言って、なんなら料理を嗜むものとして怒っていたところだ。


──ムツミちゃんは、ただ純粋に友達に美味しいものを食べてもらおうとして、自分の知っているお菓子をイメージで作ろうとしたんだ、それで土──え? プテラさん土食べたの?


「プテラさんって、そのクッキー? を食べてなんとも……じゃなくて、美味しいって?」


「うん、いつも美味しいって全部食べてくれるんよ~」


「そうなんだー……」


──『ギアルス』だから平気なのかな? もしかして実は主食が土とか? い、いちどアスクに聞いたほうがいいかな?


「……どうしたん?」


「え! っとその……」


わかりやすく顔に出てしまっていた兎歌を見て、ムツミが首をかしげる。


正直に土は食べ物じゃないよと言ってもいいのか悩む。でも話を聞く限りプテラリオスは食べているし、もしかしたら自分たちと同じ食事をしていたほうが間違っていたのかもしれないと、兎歌はなんだか混乱してきた。


「そのぅ……」


兎歌は悩み、そしてある事を思い出した。


──料理は人が食べられるものを作らなければならない。そうだよねお父さん。


料理を教わり始めて、着色料の変わりにクレヨンを入れようとした自分を止めたお父さんの言葉を思い出した兎歌は、やっぱり料理をするものとして、きちんと土は食べ物じゃないと言おうと口を開いた。


「あのねムツミちゃん──」


──のだが、遠くでこちらを不安そうに見るムツミの友達、『嫌干きらぼしキルコ』とアスクヒドラを目撃してしまう。


キルコに至っては、ものすごく必死な顔で両腕でバッテンを作って訴えてくる。


「……せっかくだし、今日は人が食べられる……じゃなくてわたしがいつも作ってるクッキーの作り方教えてあげるよ」


「ええの? 嬉しい!」


喜ぶムツミに兎歌は可愛いなと笑顔を浮かべつつ、こっそりキルコとアスクと親指を突き立てあった。


──このあとキルコとアスクの四名でクッキーを作る事となった。

ムツミが能力の高さを発揮する一方で、キルコがドジをするなど、兎歌にとって大変ながらも楽しいひとと時となった。


「……その、実際、土とかのほうが良かったりとか……」


焼けたクッキーにデコレーションをしていたアスクは、あんまり見ない速度で首を横に振るった。


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