第53話


 九月二十九日、全てが変わったあの日からようやく三ヶ月目の終わり、しかしまだ半年にも届かない日。

 アルテミス女学園高等部二年ペガサスたちの転校前日でもある日に、『生徒会室』にて二名の話し合いが行なわれていた。


「──北陸聖女学園、第七分校は北陸土地の果て、能登半島に建設された日本最大規模のペガサス学園となります」


 その片方である、大規模侵攻のおりにアルテミス女学園へと転校してきた『アイアンホース』の『九重ここのえハジメ』は、ハキハキとした口調で転校先の情報を語る。


 赤染の制服に帽子を被り、背筋を真っ直ぐに伸ばして両手を背中で組んでいる様は、正に訓練された“鉄の馬”と呼ぶ相応しく、アルテミス女学園の『ペガサス』とは違う出自であると認識できる。


「他の北陸女学園分校にも言えることだが、その内部は厳重に秘匿されており、自身が在籍していた【303号教室列車】は主に北陸地区にある線路の巡回を主な業務としていたが、学園はおろか島にすら上陸したことはありません──なので道中の安全性は全くもって不明です」

「──はい、それは以前にも聞いています。それを踏まえて、ハジメが思うに道中はどの程度、そしてどのような危険があるとか分かりませんか?」


 ハジメが鉄道アイアンホース教育校に在籍していた時代。『アイアンホース』として得た知識と経験を聞くのは生徒会長の『蝶番ちょうつがい野花のはな』。

 実のところ転校先の北陸聖女学園第七分校、そこまでの経路の話は他の『ペガサス』たちも交えて何度も聞いてきた。


 そんな中で野花は不安になったものが思い浮かんだら、その都度ハジメなどに聞いており、それに対してハジメは嫌な気持ちになることなく、むしろ野花が感じているであろう不安や緊張はハジメも“ハジメ”として感じてきたものだと何よりも同情心が沸き、転校前日である今でも『アイアンホース』らしく丁寧な質疑応答を繰り返していた。


「はっきりとしたことは言えませんが、北陸方面の線路付近は西側と比べて手入れが行き届いておらず、『プレデター』およびトラブルの遭遇率は低くはないと思っていただければ」

「──数字では言えばどれくらいとか分かります?」

「あくまで自分の感覚でありますが片道に1度、2度だけだったら運が良いほうかと、ただ発生しうる事柄の危険度は分かりかねます」

「最悪を想定した場合、なにがあると思われますか?」

「はい、もっとも最悪たる状況は『富士の大災害』の再現でしょう。線路が完全に進行不可となり『プレデター』に囲まれて孤立無援のまま逃げることも叶わず、数の暴力によって蹂躙されてしまう……とはいえ鉄道アイアンホース教育校は同じ鉄を踏まないように入念な対策が行なわれています。起きることを想定して動くものではないかと」


 ハジメは聞かれた通り、自分が考え得る最悪の自体を口にしただけで『富士の大災害』と同じ規模の事故が発生するとは思わなかった。

 復旧も難しく多くの『アイアンホース』と『ペガサス』の犠牲。および人間の被害を被った東西を繋ぐ線路の機能不全事故も、元を辿れば幾つもの不幸が重なったヒューマンエラーが原因である。

 人間が起こした事故であれば、次に発生しないように対策を行なえるものであり、ハジメは『富士の大災害』の直接体験したことはないが、話を聞く限りではもう二度と起こらないような対策が既に久佐薙財閥主体で行なわれている。


「どちらかと言えば独立種との接触、もしくは特定のプレデター種の奇襲、また教室列車で最も多い事故は中型種プレデターなどの線路横断による接触事故が考えられます」

「──『プレデター』との事故……」

「はい、線路は長く線路を守る防壁も完全ではありません。教室列車には自動ブレーキが搭載されていますが……『プレデター』の多様性全てに対応できるものではなく、まあこちらも事故トラブルの中で発生する確率が高いというだけではあるので、必ずしも発生しうるものではありません」

「──結局、考えるだけ仕方がないって感じですね」

「事故とは本来そういうものです」


 野花は移動車両における事故というものに関して経験が疎い。なので知識として知っている“事故”というものに過大に恐怖を感じている部分がある。それに付け加え話に聞くことでしか知り得ない遠くの土地。不安は尽きることはない。

 それでも、もう自分がやれることはやりきっているのだとして、野花はなんだかんだで頼れる大和撫子系妖怪先輩にも言われた通り、学園に残るほうとして無事であることを祈りつつ、業務を熟すしかないのだと心に言い聞かせる。


「……ハジメ、前の日なのに話を聞いてくれてありがとうございます!」

「はい──構わない。今日は自分も眠れる気がしない。生徒会長が望むのならば朝まで付き合いますよ」

「それはマジで申し訳ないですし、もしも寝付けなかったらAエーが一緒にゲームしてくれるので大丈夫です!」


 Aエーもハジメたちと同じく『アイアインホース』であるが、車掌教室に在籍していた時の彼女はまともに外の経験を積めていたとは言い難く、野花の傍から離れると精神的にどうなるか分からないなど多くの理由から、候補にすら挙がらず学園に残ることになっている。


「わかりました……野花生徒会長。自分からも質問があるのだが、よろしいでしょうか?」

「あ、はい。どうぞ」

「自分たち同行組の移動手段なのだが、前日になっても何も情報が共有されていません。その理由を伺っても?」


 転校する高等部二年ペガサス四名たちに追従するハジメたち同行組はどう付いていくのか、考えつく限りあらゆることを話し合っているなかで、それだけはずっとあの手この手ではぐらかされ続けていた。

 まだ学園に来て浅いハジメであるが、あの碌でもない人の皮を被った化け物ような先輩だけならば“話さなくても問題無いとして困らせているだけ”とも言えるが、野花がまあり聞かないで欲しいという空気を醸し出していたので、なにか考えがあってのことだと積極的に聞こうとは思わなかった。

 ただ流石に前日となっても伝えられないのは支障が起きそうだとして、これは直前にならないと教えられないパターンかと思いつつも駄目元で尋ねることにした。


「あー、そのことなんですが──もういいかな──転校に関する情報はボクたちは予想することでしか語れません。なので変に期待させるとも──もしその予想が的中した

 場合の──どのような結果になるのかを考えるとハジメたちにはギリギリまで伏せておいたほうがいいかなと思ったんです」

「…………」

「──移動手段は間違いなく教室列車になるだろうってなったとき、頭に過っていることがあるよね?」

「……ですが、そうと決まったわけでは……」


 確かに転校先が第七分校は、北陸地区の能登半島。充分に可能性はあった。

 しかし荒地ならともかく、今回は『ペガサス』たちの転校輸送と特例任務が与えられる立場かと考えれば微妙なところであり、当てが外れてがっかりする可能性のほうが高いと考えないようにはしていた。


「……何か確証があるのか?」

「ボクには無いんですけど──月世先輩曰く“そういう流れになった”らしく──あくまで多分ですが、ハジメにとって早い再会になりますよ!」


 +++


 ──そんな会話が成された翌日の9月30日、転校当日。

 ハジメたち『アイアンホース』二名は、事前確認のために先んじて合流先である貨物駅に訪れており、身を隠しながら待っていると、そこに見覚えのある古びた教室列車がやってきた。


「──まさか本当に、こんなに早く再会できるなんて……結構な別れ方しただけに、なんだか恥ずかしいな」

「そう言うくせには、だいぶウザい顔してるわよ」

「そう……ですね。正直とても嬉しい」


 積まれた赤色のコンテナ上で伏せて、マークスマン型ALISの【KG9-MR/ナイン】のスコープ越しに様子を伺っていたハジメであったが、【303号教室列車】を視界に収めたら時点で引き金から指を離し、頬を緩ませていた。

 そんな様子に同じく『アイアンホース』であるルビーが呆れかえった溜息を零す。


 【303号教室列車】は、ハジメが在籍していた教室列車である。寂しく辛い思い出が詰まった動く鉄の箱であり、父親のように思う車掌教師、そして妹のように想う同級生たちと掛け替えのないものがある大切な故郷。

 いずれと思っていた再開が、早めに来たとハジメは戸惑いつつも純粋に嬉しくなった。


≪こちらルビー、【303号教室列車サンマルサン】現着、貨物駅へと停車。こちらの存在に気付かれた様子無し、指示を求むわ≫

≪真嘉先輩たちが、そちらへと到着するまで待機でお願いします! ……あ、どうぞ!≫

≪了解、なにか変化があったら連絡するわ。通信終わり≫


 ハジメの隣で同じように伏せて様子を見守っているルビーはインカムの通信にて野花の指示を共通する。転校するとなった事で緩やかに行なう予定だった通信用の中継機器を『東海道ペガサス』たちを動員させて急ピッチで建設、おかげで学園内から貨物駅の距離なら問題なく通話ができるようなっていた。


「にしても情報を伏せていたのはこういうことね。先に知っていたらあんた絶対暴走していたもの」

「自分でもそう思う」

「いまどんな気分?」

「一秒でもはやく、みんなの安否を確認および夜稀を抱えての突撃許可を貰いたいですね」

「お菓子と違って、我慢できて偉いわねぇ」


 まだ別れて二ヶ月も経っていないが『アイアンホース』の寿命を考えれば、活性化率がどうなっているか分からない。そもそも無事で生きてくれているのか。

 ハジメは平静こそ装っているが、とても感情的になっており、車掌教師であるゼロ先生の声が聞きたいと、後輩のフタミツの顔が見たいと、首輪を無力化できる『すずり夜稀よき』が早くやってきて欲しいと焦がれている。


「まっ、【303号教室列車】が来るってことが分かっていたなら、生徒会長やあの顔だけやたらいい悪魔先輩のことだから何か考えてるでしょ」

「はい、ただ心配なのは、その考えていることが穏便に済むものかどうかだ……」

ミツはよく知らないけど、フタはあんたが生きてるって分かるだけで、ルビーたちの味方になってくれるわよ。ゼロ先生はどうなの?」

「仕事一徹ですが……なんとかします」


 いくら大切にしている存在とはいえ、【303号教室列車】は鉄道アイアンホース教育校の所有物である。もし転校届けが出されていない非正規の『ペガサス』や『アイアンホース』が搭乗するならば非暴力における交渉よりも、こちらで生殺与奪権を握ったほうが安全にことが進みそうというのが『アイアンホース』としての考えであった。

 特にゼロ先生は自分たちを大切にしてくれているとは裏腹に、仕事に関しては真面目で融通が効かない、“不器用”であるため説得できるかどうかはハジメも自信がないのも上げられる。


「まあ何にしても、ヤバイと思ったら、あんたはいつも通りに勢い任せに動けばいいじゃないの?」

「そんなテキトーな……」

「いつものことでしょ? そっちの方が上手く行っているしね」

「命令無視に単独行動を推奨しないでくれ、それにあれらは緊急自体ゆえであって、なにもやりたくてやっているわけでは────まて、あれは? ……不味い!!」

「は? どうし……って馬鹿! 待ちなさい──!!」


 +++


 アルテミス女学園高等部区画に届けられる物資が運ばれ置かれる場所に、高等部区画にて生活する殆どの『ペガサス』および『アイアンホース』たちが集り、既に貨物駅にいるハジメとルビー、そして“二名”の『ペガサス』を除いた彼女たちは均等に並べられたパイプ椅子に座っていた。


 先頭の列には北陸女学園に転校する高等部二年の『土峰つちみね真嘉まか』『篠木ささき咲也さや』『白銀しろがね響生ひびき』『雁水かりみずレミ』、そして公式では“卒業”扱いとなっている“同行組”の『穂紫ほむら香火かび』の五名。

 その後ろにアルテミス女学園ペガサスが高等部から中等部まで学年順に並び、野花の隣に『アイアンホース』のAエーが座り、そしてムツミや『嫌干きらぼしキルコ』たち『東海道ペガサス』が座り、その後ろにアスクヒドラにプテラリオスのレガリア型の二体が立っている。


 ほんの一ヶ月前までは高等部ペガサスだけしか居なかったのに、気がつけば四倍以上の『ペガサス』が活動していたことに野花は、そりゃあ仕事も増える筈だと瞳のハイライトをオフにする。


『ペガサス』たちの前には真っ白な布を敷かれた会議用長テーブルが置かれており、その上には100%フルーツジュースが積み上がった三宝と呼ばれる神事において使われるお供え用の台が置かれていた。


 ──赤と白の巫女服へと着替えた中等部一年ペガサスの『上代かみしろ兎歌とか』と『祝通はふりどおり可辰かしん』がテーブルの前へとやってきて、三宝に向かって深々と祈りを込めて礼をする。

 それから兎歌は手に持っていた御幣を力強く振るい始める。何事もなく無事に到着できますように、帰って来れますように、全身全霊気持ちを込めて安全祈願を行なう。可辰も同じように強い祈りを込めて、真嘉たちひとりひとりに対して神楽鈴を鳴らしていく。


 兎歌と可辰が行なっているのは神道の儀式的なものであるが、祈る神はあやふやで、手順も内容もめちゃくちゃだ。正しさはなく、しかし祈りは本物。ゆえにこれは“祈祷”ではなく“儀式”と呼ぶものだろう。

 だからこそ、ふたりの祈りは純粋に誰かに捧げているものと言えるのかもしれない。少なくとも所為北陸女学園へと向かう『ペガサス』たちには届いていた。


 送りの儀式の内容は可辰が決めたものであるが、提案したのは高等部三年ペガサス『久佐薙くさなぎ月世つくよ』によって提案されたものだった。

 運という不確定な要素が存在していると理解し、また流れというものがあって、それは人によって変わるものだと確信している月世にとって、こういった祈祷の類いは率先して行なうべきという考えであった。


 そうして選ばれた『ペガサス』は幸運の特異点と評価する兎歌と、スピリチュアル関連の信仰心が高い可辰であった。

 この安全祈願の儀式によって本当に真嘉たちに幸運が得られるのか分からない。そもそもちゃんと効果が発揮されるか『ペガサス』といえど観測できる手段は存在しない。

 それでも出発するもの、残るものの気持ちを切り替えるためにも、こういった行事は決して無駄ではない。


 兎歌と可辰は予定の時間が訪れるまで仲間たちの無事を、ひたすら祈り続けた。


 +++


「──亜寅アトラ、忘れ物ない?」

「おう、お泊まりセットから『ALIS』に、三日分のおやつまで完璧だぜ」

「うぅ、亜寅ぁ……」

「んな顔するなよ丑錬うしね、すぐ帰ってくるって! ……あと可辰、もう分かったから耳元で錫鳴らすのやめてくれ、しゃらんしゃらんって音、夢に出てきそうだわ」


 安全祈願の儀式が終わり、出発するまでに余った僅かな時間、『ペガサス』たちはそれぞれのグループに分かれて話し合っていた。

 そんな中で巫女服のままである兎歌と可辰、そして同じく中等部一年ペガサスである『大麓おおろく丑錬うしね』は、『鈔前しょうぜん亜寅あとら』をに来ていた。


 当初同行する予定が無かった亜寅であるが、大規模侵攻後に『キメラ』となったさいプテラリオスのGPS機能を共有できる力を得る事となり、プテラが登録した『ペガサス』や、レガリア型の位置が分かる事で数日前に野花の口からお願いされる事となった。

 場所を知る事だけならばアスクも分かるのだが、意志疎通は今だ難しく、それによって緊急事態の時に対応を間違えてしまう可能性は無視できるほど低くはないと考えられ、また安否確認であるなら学園に残るプテラリオスを通して分かるとして、同行メンバーに入る事となった。


「にしても、当日になったら腹括るかと思ったけど、むしろ怖さが増してやべぇな」

「もうちょっと祈っとく?」

「いやいい、こういうのってし過ぎるのもダメって聞いたしな……だから錫はもういいって」


 こんな自分でも役に立てる事があるならと、亜寅は二つ返事で了承したが、それでもアルテミス女学園周辺の『街林がいりん』とはわけが違う遠出に緊張を隠せていない。

 だから兎歌たちが自分と話してくれる事にありがたいと思いながらも、同時に申し訳ないと亜寅は別で固まっている『ペガサス』たちへと視線を動かす。


「というかよ、愛奈先輩は平気なのか?」

「分からないけど、亜寅たちが帰ってくるまで、みんなでサポートするよ」


 実のところ亜寅の見送りには兎歌たち三名だけではなく彼女たちが所属する中等部グループ『勉強会』の全員、そして高等部三年ペガサスの『喜渡きわたり愛奈えな』も居たのだが、今はそれぞれに別れている。


 中等部一年の『玄純くろずみ酉子とりこ』の場合は月世に首の根っ子を掴まれて、転校組のひとりである高等部二年『白銀しろがね響生ひびき』の元へと連れて行かれた。普段なにをしているか分からなかった彼女の交友関係に、同じ寮部屋で暮らしている兎歌ですら驚くなか、亜寅は微妙な顔をしていた事に『勉強会』の面々は気がつかなかった。


 そして、残りの『勉強会』のメンバーである『戌成いぬなりハルナ』『夏相なつあい申姫しんき』『亥栗いぐりコノブ』『未皮ひつじかわ群花ぐんか』、そして愛奈はアスクヒドラの元へと集まっていた。


「あぅ、でもどうすれば……兎歌ちゃんは何か美味しいもの作るの?」

「ううん、それだと逆効果になっちゃうと思うから……なるべく一緒に居られるようにはするよ!」

「か、可辰も兎歌ちゃんが『風紀委員』の仕事がある時は、出来るだけ傍に居られるようにします!」


 ──最初こそ気丈に振る舞っていた愛奈であったが、途中から感情が溢れて止まらなくなったのか、今でも人目もはばからず涙を零し続けており、そんな愛奈の背中をハルナが撫でるなど、アスクも含めた後輩ペガサスたちがそれぞれの方法で慰めている。


「まあ、行く側になったワタシが言うのもなんだけどよ、確かにアスクが居ないってなるとすげぇ不安だよな」

「うん、それに愛奈先輩は特に……だと思う」


 アスクは『ペガサス』たちの命そのものといっても過言では無い存在であり、仕方が無いにしても長期的に離れてしまうというのは学園に残る側の『ペガサス』たちは酷く不安を感じてしまう。

 その中でも愛奈に到っては恩義だけでは説明が付かない感情を宿しており、最低でも数日は離れ離れにならないと行けないからか酷く精神が不安定になっている。


「そっか、そうだな……なんか仕方ないとはいえ変に申し訳ない気持ちになっちまうぜ……」


 アスクに対する愛奈の気持ちは、まだ名前の付けられるものではないかもしれないが『勉強会』には周知の事実である。そのため亜寅は尊敬する先輩を差し置いて、自分だけアスクと一緒に旅行に行くような気まずさを感じてしまっていた。


「あー、ワタシのほうはもういいから愛奈先輩の方へと行っていいぞ?」

「愛奈先輩は心配だけど、ハルナ先輩たちが傍に居てくれるし、今日のわたしは亜寅を見送る係だよ」


 そう行って兎歌は御幣を振るった。それに続いて可辰も神楽鈴を鳴らし、何も持って居ない丑錬が自分もやったほうがいいのかと焦って視線を右往左往する。

 亜寅はなんだかなぁと目を閉じてなんとも言えない表情を作るも、内心ではとても嬉しがる。


「あー、じゃあなんだ。お礼って言ったらなんだけどワタシが帰ってくるまで丑錬のことを扱き使ってくれていいぜ!」

「えぇ、なんで私ぃ……?」

「そんなこと言うなって丑錬ぇ、頼むわ~。ワタシや先輩たちがごそって抜けてる今が目立ち時で、みんなから丑錬ちゃん凄いって言われるボーナス時だろ~?」

「うぅ、勝手すぎる……お、お願いされたらやるけどぅ」


 付き合いが長い友達に対して軽口を叩きながら、亜寅は心配しなくても良さそうだと安心する。

 丑錬は人間時代の経験もあって主体性が無く自分から動くような『ペガサス』ではなく、そのため今のところ彼女がみんなの輪に入るのには不平等な立ち位置ぐらいが、ちょうどいいと思っていた。

 現に丑錬は歓迎会のあと再び周りと交流を持つようになってから、持ち前の高身長やパワーを生かして多くの場面で周りから仕事をお願いされることで自己肯定感を育み、着実に心が安定しはじめていると亜寅は感じていた。


 ──丑錬が、こうなっちまった原因はワタシにもあるから、このまま上手く行ってほしいぜ。


 罪悪感もあって亜寅は友達というかは保護者のように丑錬のことを慮る。


「まあ、なにも無かったら海を見て帰ってくるだけだから、写真のお土産を楽しみにしてくれたまえ」

「あ、亜寅ちゃん! 転じる狭間で未来を予測するような事を口にしてしまえば、不吉な旗印へと誘導する『加護チート』が付与されてしまいます! 決して油断しないでください!」

「お、おう悪い……今なんて?」

「──亜寅、もう時間だからコンテナに乗ってくれってさ」

「マジ? もうそんな時間か」


 可辰の勢いに押されて思わず謝ってしまったが、言っている意味がよく分からなかったので聞き返すも先に時間のほうがやってきた。

 同級生である古びたタオルを頭に巻いた『未皮ひつじかわ群花ぐんか』が、先輩たちの指示を受けて呼びに来た。


「お前の荷物、トラックの中に放り投げてやったから感謝しろっす」

「ははは、それで壊れていたら裁判開いてやるから」

「なら弁護士に相談する前に直して証拠隠滅してやるっすよ……亜寅、無事に帰ってこいよな……っす」

「おう」


 群花は頭に撒いているタオルを触りながら肘を突き出すと、身長差がある亜寅は拳を突き出して合わせる。いつの間にか生まれていたふたり特有の挨拶である。


「──うし、じゃあ行くわ!」


 亜寅は最後に愛奈やハルナたちに声を掛けようと思ったが時間がギリギリであったこと、残されたアスクとの時間を介入する勇気が持てなかったこと、また改めて全員に挨拶しに行くとなると、それこそ縁起でも無さそうだと、亜寅はできるだけ気楽な感じでコンテナの中へと入った。


 自動運転式トラックの貨物室へと入った亜寅は、閉鎖的な金属で囲われた空間に付け加え、外の賑やかしさが届かなくなったことで急に違う世界に訪れた気がした。

 既に先輩ペガサス全員が乗っており、座席なんてものは設置されていないので、地べたにマットを敷いて座っている。

自分が最後だった事に気がつき亜寅は気まずさから大きく息を吐く。


 なおトラックでの移動は『ペガサス』だけであり、アスクは少し時間を置いて単独で外に出て、同じレガリア型である識別番号04に跨がり、真嘉たちの後ろを付いていく予定である。


「亜寅、急に着いてきてもらうことになって悪いな……空いているところ好きに座ってくれ」

「あ、いえ! こちらこそよろしくお願いします! それでは夜稀先輩の隣失礼します!」


 今回一緒に過ごす事となる高等部二年勢とは、一緒に作業をする事はあってもプライベートとしての付き合いが少なく、独特の空気感を放つ真嘉たちにいつも通りにしていいか分からず、亜寅は棒立ちになってしまう。

 それを察した真嘉が声を掛けたことで、偶々空いていた上に自分の身体の事で自然と付き合いが多く成った、高等部一年先輩の『すずり夜稀よき』の隣へと座った。


「夜稀先輩、さっき振りです」

「うん、さっき振り……改めてありがとう、一緒に同行して欲しいって急な話だったのに了承してくれて」

「いやもう全然ですよ。結構外とかに興味あったし、頼られるって悪い気がしませんしね」

「そう言ってくれると嬉しい。もし不測の事態が起きた場合亜寅が居てくれれば状況の把握を素早く行なえるし、アスクの居場所も正確に分かるよ……もしもの時はよろしくね」

「……へへ、任せてください!」


 こんな怪物もどきに成り果てた自分がと失墜していた時期もあったが、扉がこじ開けられてみれば自分よりも遙かに凄い先輩に頼られている。

 亜寅もまた自分の存在を否定され続けられてきた身として素直に嬉しかった。


 ──それはそうと高等部二年先輩たちの沈黙が痛くて仕方が無かった。この先輩たちこんだけ口数少なかったか? いつも不機嫌そうな咲也先輩、いつも眠そうな香火先輩、いつも無関心そうなレミ先輩はともかくとして、いつも騒がしい響生先輩が口を閉ざしてニコニコ笑っているのが凄く奇妙に映り、なんだか背筋が寒くなるので視線を合わせられない。


「あ、あー、それで夜稀先輩。これからどうすればいいんですか? 全く何も聞いてないんですけど?」

「その事なんだけど……あたしたちを北陸聖女学園に送り届ける乗り物が、ハジメが乗っていた【303号教室列車】らしいんだ」

「え? マジですか?」

「マジだね」


 ハジメたち『アイアンホース』に関して、亜寅は好奇心から本人たちに色々と話を聞いていた。

 アルテミス女学園と比べてしまえば全くもって自由の無い生活を余儀なくされる、はっきりと地獄と言ってしまった環境で戦い抜いてきた先輩たちに亜寅は尊敬の念を抱いており、また少々乱暴なノリが割と気楽な事もあって懐いていた。

 そのため亜寅はハジメの事情に詳しく、再会が叶うかもしれないという期待と、どうなるんだろうという不安半々の気持ちになる。


「てことは、味方に引き込むとかそういうのをするって事です?」

「そうだね。ただあたしたちが交渉となっても素人対応になるから、学園からハジメに直接指示を出してくれる事になってるよ」


 そこまで言って夜稀は、なんとも微妙な顔を浮かべる。なにせハジメに指示を出すのが久佐薙月世であるからだ。

 彼女に任せれば上手く行きそうという信頼感があると同時に、その過程で何時ものように突飛な事をやらかしそうだとして、ひどく不安だった。


「……だからあたしたち同行組は指示があるまで待機、トラックの中で無事に終わることを祈ってよう」

「了解です……あと最後にいっこ聞きたいことが」


 そういって亜寅は夜稀の耳元に近づき小声で尋ねる。


「真嘉先輩たちって何かあったんですか? なんていうか何時もよりも空気が重い気がするんですけど」

「うん、まあ……ちょっとね……あと、『ペガサス』の聴覚だとこれぐらいの距離なら小声でも聞こえちゃうよ」

「いっ!? ……あははのはは……」


 指摘された亜寅が恐る恐る真嘉を見れば困ったように眉をひそめており、亜寅は渇いた笑いでなんとか誤魔化そうとする。


 ──だから夜稀たち複数の視線が『ALIS』が纏めておかれている場所に動いた事に気がつかなかった。


 +++


 真嘉はトラックでの移動の最中、まだ学園を出る前から“取り乱して”どうすると、なんとか心を落ち着かせる。

 本来であれば自分が話をするべきだった情報を、夜稀に語らせてしまっているし、声がけなどのタイミングも見逃してしまった。

 それでいて後輩には不安視されるなど、あまりにも情けないと自虐する。


 トラックが止まり扉が開かれて、このままでは駄目だと、しっかりしろと意識を切り替える。

 とりあえずオレたち転校組が外に出ないとと思い、行くかと咲也たちに声を掛けて己の『ALIS』と荷物を持って外へと出た。


「──ハジメェ!!」


 そんな真嘉の目に映ったのは【303号教室列車】の前で冷や汗を掻きながら、感情を殺したかのような、あるいは逆に感情過多でキャパオーバーしてしまったかのような顔でこちらを見ているハジメがおり──そんな彼女に小さな『アイアンホース』、ミツが泣き叫んで抱きついていた。

 またその隣には片手で頭を抑えるルビーが居て、【303号教室列車】の出入り口にてフリーズしているフタが茫然と立っていた。


「……あのですね。ミツが自分の魔眼──〈通家つうか〉を使用して教室列車の壁を擦り抜けたのを目撃しまして……」


 ──〈通家つうか〉、発動中に視覚内の壁など無機物に触れた場合、通り抜ける事ができる魔眼。それを使用してミツは列車の壁から外へと抜け出してきたと言う。


「……こいつの勝手を擁護するわけじゃないけど、『アイアンホース』は教室列車から一定距離離れると首輪の毒針が動いて“卒業”するのよ……はぁ、頭痛いわほんと」


 外に出たミツの顔はアルテミス女学園の方を向いていた。あのままだったらミツはハジメと再会を果たせずに“卒業”していた可能性が高い。

 だからハジメはいつもどおり、彼女らしく、ひどく短慮で、されど英断ともいえる行動力を発揮してミツの前に現われて彼女を止めた。


 ──どうすんのこれ?


 真嘉たちの北陸聖女学園転校の始まりは、不測の事態にたいして茫然として立ち尽くす事から始まった。


 +++


















 ────集う。



「──西へ行って死にかけたと思えば、今度は北かよ。幾らなんでも使い勝手悪すぎて笑いがとまらんねぇな!」


「お前の場合はいつもの事だろうが……自分たちの活性化率は既に85%を超えている。消費物として最後まで使い切るってだけだろ」


「そうして最後にはミンチになってお仲間のハンバーグにってか? もしそうなるならパンとレタスに挟んでハンバーグにしてほしいぜ。これが本当の犬の餌ってな、ギャハハハハハハハ!!」


「冗談も大概にしろ……ふん、けっきょく最後まで下らなかったな」


「まあ最期に【303号教室列車】には会えるみたいだし、いいじゃねぇの? ハジメとルビーとは早い再会になりそうだな、二個ニャーコ


「……ナー、死後の世界があればの話だけどな、一個ワンコ



 ────集う。



「──殺そう」


「──消そう」


「──駆逐しよう」


「──この世の全てを」


「──そうすればきっと、幸せになれるよ」


「──今度はどこがいいかな? うん、じゃあここにしよう」


「──行ってらっしゃい。さようなら。頑張って──幸せになってね」



 ────集う。



 疑問、しかしながらここは何処だ?


 推定、周辺の物質の技術水準と自身の知識から考えるに、あの船内の中ではなく人間が使用している人工的な施設の中だと思われる。


 整理、先ずはアスクたちに連絡を取りつつ、プテラの位置情報機能にて自身の居場所を特定する。


「──そこに、誰か、居るのですか?」


 驚愕、誰だ?

 驚愕、まさか人間か?

 驚愕、なればここはやはり地上。自身は何かしらの手段によって転送してきたというのか?


「──ああ、もしや、そう、そうなのですね……やっと、来てくれたのですね────メドゥーサ様」


 …………………………は?????


 ────集う。


 もっとも深海に近しい、かの地へと。


 隔離された世界である、かの島へと。


 ────集う。




――――――――――

【後書き】

これにて3章前半は終わりとなります。


後半の方ですが活動報告に書かれてある通り、しばらく休止させていただきますので、再開まで待っていただければ幸いです。

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