第52話
――――――――
563:アスクヒドラ
大地を自由に、動きたいな~、はい! 謎の過去映像~!
564:識別番号04
いい加減冷静になれ。
565:アスクヒドラ
念願だったからね、あと二週間は浮かれてもいいじゃん……なんて平和にやれてたらよかったのにな!
空気よめねぇ大人は嫌われるんだぞ!?
566:プテラリオス
殲滅します。
567:識別番号04
本当に冷静になれ。でないとプテラが冷静にならない。
568:アスクヒドラ
よし落ち着いたわ!
……真面目な話、プテラの気持ちは凄い分かるよ。ムツミちゃんたちの事があったし、そんな奴らがいるところに1キロにも近づけたくないのはガチ。
でもこれ以上勝手なことをして皆に迷惑を掛けたら、今度こそ取り返しの付かないことが起きるかもしれない。だから俺たちは『ペガサス』のみんなの言うとおりにしよう。
569:プテラリオス
ごめんなさい。分かってはいます。
ですが不安です、むつみちゃんたちが話を聞いてから怖がっています。
570:アスクヒドラ
わかっとる。心からマジでわかっとる!!
571:識別番号04
アスクヒドラ、事前に北陸聖女学園第七分校の場所を把握しているならば、自身が先行調査を行なうべきだと打診する。
572:アスクヒドラ
それも含めて危険だから当日までは動かないでって、マカちゃんたちの転校、ツクヨちゃんの実家が絡んでいるみたいで、その当主がめっちゃヤバイ奴だから下手に動くとバレる可能性があるんだとか。
573:識別番号04
ツクヨの血縁関係者であり、そこまで警戒するほどの人間か、了解した。
574:アスクヒドラ
なんなら第四分校の時もだいぶ危なかったらしくって……何もしてこなかったのは奇跡レベルで運が良かったらしい。
575:プテラリオス
ごめんなさい。
576:アスクヒドラ
何度も言うけどアレは俺もああしたと思うから。言っただけだからあまり気にしないでくれ。おかげでムツミちゃんたちを助けられた。そう思おう。
577:プテラリオス
はい、わかりました。ありがとうございます。
578:アスクヒドラ
それで改めて転校の時どうするかだけど、プテラは学園に残って皆の傍に居て、それで俺達がどうしてもヤバイってなった時は発進して助けに来てほしい。
579:プテラリオス
いいのですか?
580:アスクヒドラ
うん緊急事態の時は俺たちの安全をなによりも最優先するって。ただ最終手段として考えていて欲しいとのこと。
やっぱりリスク自体は、どうしてもね……プテラ、もう何度目か分からないけど、戻ってくるまでみんなのこと頼む。
581:プテラリオス
もちろんです。アスクたちが戻ってくるまで自身が学園のみんなを守ります。
それと今回で27度目です。
582:アスクヒドラ
なら27度目の感謝感謝……出発するまえに祈願も兼ねて100回は言おうかな?
583:識別番号04
自身の転校までの活動はどうする?
584:アスクヒドラ
俺たちが帰ってくるまでは『街林調査』を自粛するみたいで、その間にゼロヨンのほうで『遺骸』を集めて貰うと助かるかも。
ただあんまりしすぎると『ギアルス』が来ると思うから様子を見ながらになるけど。
585:識別番号04
実際に『ギアルス』や独立種が登場した場合の対処は?
586:アスクヒドラ
いま考えてくれてるみたいだから、マニュアル出来たらここにコピペするよ。今のところはざっくりいって戦いやすい場所に誘導して共闘かな?
もしも見たことのない『ギアルス』や独立種だったら、その前にできれば情報を集めてくれると助かる。
587:識別番号04
了解した。現在時刻をもって『遺骸』の収集を開始する。
続けて質問する。北陸聖女学園までの移動手段は判明したのか?
588:アスクヒドラ
当日になるまで確定ではないけど、ハジメちゃんたちと同じ感じになる筈だって。なんか法律的にそうなってるっぽくて、だから鉄道アイアンホース教育校の教室列車での移動になるみたい。
589:識別番号04
非正規同行メンバーの移動手段は決定したのか?
590:アスクヒドラ
まだだね。ただ運が良かったら、そういうこと考えなくてもいいかもってツクヨパイセンは微笑みながら言っていた。
591:識別番号04
なら自身はアスクを搭乗させて教室列車を追跡する形での移動になるのだな。
592:アスクヒドラ
そう。プテラレーダーがあれば遠くても場所が分かるから、だいぶ離れて付いていく感じだね。もしかしたらカビちゃんとふたりで乗るかもになるけど、大丈夫?
593:識別番号04
問題無い、委細承知した。
594:アスクヒドラ
おけ……これで本日のお知らせは全部かな? なにか他に聞きたいこととかあったら遠慮無く言ってくれ。
595:プテラリオス
質問があります。本当に大丈夫でしょうか? あんな風にならないでしょうか? 怖いです。
596:アスクヒドラ
うん、俺も怖い。だから俺やプテラ、ゼロヨンにゼロツー、これからも変わらず皆で守っていこうぜ。
597:プテラリオス
──はい、分かりました。
598:識別番号04
自身たちレガリア型に関する情報で新しく共有できたものは?
599:アスクヒドラ
それが無いんだよね。ジェスチャーでなんとなく答えられるものは答えきったと思うし、それ以外は相変わらずだしね。
簡単でも、もうちょっと文字で伝えられればなぁ……。
600:プテラリオス
『レガリア』を書いている時のアスク、とても大変そうでした。
601:アスクヒドラ
実況していたから分かると思うけど、自分が書いているものがパッと視界から消えたかと思えば、なんかグニャグニャ動き出したり、ペン先の進む方向がいつのまにか90度曲がっていたり、なんかもう五感の全てで邪魔してきて、『レガリア』の時なんて二時間で四文字とかだったから、マジもうむりぃ……。
602:識別番号04
だが直筆による情報の共有は成功した。
603:アスクヒドラ
それなんだけど書けたって言っても、かなり歪だったからね。マヒルちゃんが居なかったら多分、レガリア型の象形文字としてもの凄く考察されちゃっていたと思うよ。
604:プテラリオス
現在、ムツミちゃんにお願いされて文字を書いているのですが難しいです。
605:アスクヒドラ
マヒルちゃんに解読してもらおう、ちなみになんて書いたの?
606:プテラリオス
スキです。
607:アスクヒドラ
おー、ストレートでグゥ。
……なんなら両手でハートマークを作って見せ合うのもあり、ラブアンドピース。
608:プテラリオス
分かりました。やってみます。
609:アスクヒドラ
よしじゃあ……締めにゼロツーさん、いかがっすか?
610:識別番号02
只今→本体は人型進化中によって休眠モードとなっており会話することができません。ご用がある場合は進化後、改めて話しかけるようにお願いします。
611:アスクヒドラ
うんうん、なんも分からねぇ。
612:識別番号04
知識担当も海底に墜ちたようだな。
613:アスクヒドラ
くくっ、しょせん俺たちレガリア四天王の叡智よ……なるはやで復帰してくれないと正直困る。
気になるところは率先して何でも質問してきたから、なんか抜けがあるようで不安です。
614:識別番号04
それよりも緊急時の対応に不安が生じる。自身たちの思考観点では対処や手段はどうしても識別番号02に劣るため迷惑を掛けてしまう可能性が高い。
615:プテラリオス
難しいこと考えるの苦手です。
616:アスクヒドラ
もちろん、ゼロヨンもプテラにも別のところでめっちゃ助けてもらってるけどね。適材適所って奴ですぜ。
……っと、もう時間か。ともかく当日になったら何が起きるか分からないから準備は万端に、というわけで死の縁体験してくるわ!
617:識別番号04
了解した、今回のレートは。
618:アスクヒドラ
エナちゃん、カビちゃんのタッグです……。
ちなみに東海道ペガサスたちの予想では大体30秒前後で固まっていますね……。
ついでにハジメちゃんはついに出禁になりました。
619:識別番号04
少しずつタイムは伸びているが、転校を考慮して段階を上げると予測、24秒だ。
ハジメに関しては残当だ。
620:プテラリオス
1分でお願いします。
621:アスクヒドラ
プテラ、別にお菓子上げてもいいからって、ワシに遠慮しなくてもええんじゃよ……。
うし、じゃあなるべく頑張ってくるわ!
―――――――
アスクは戦闘センスが皆無である。
別に剣が振れないわけではなく、銃のトリガーだって問題なく引ける。
ただ純粋に、本当に、センスがないのである。
それがレガリア型としてのシステム上の都合であるのか、それともアスク本人の才能の問題であるかは分かっていない。
とにかく、いま言えることは“戦う”ということに関してアスクはかなり不器用であった。
とはいえ“血清”を生み出せるアスクの命は、そのまま『ペガサス』全員の命に関わることであるため、アスクの戦闘訓練は自然と自分よりも実力のある相手に、どれだけの時間生き残れるのかという事に絞られた。
──矢が迫り来る。なんとか避けるが動かし続けていていた足が止まってしまう。
続けざまに赤紫色の髪を靡かせた『ペガサス』が、十文字の刃を持つ『第三世代型ALIS・槍』で貫いてくるので、アスクは腰から生えている蛇筒を地面に叩き付けて、無理に横方向に跳んで避けて、とにかく移動を行なう。
本来であれば自慢の急加速かつ超スピードで動き回りたいのだが、そんなことをすれば急な回避行動をとりずらくなるため、予測して放たれた矢の餌食になってしまう。
よって極力速度を抑えて、なおかつ前衛に追いつかれないほどの速さで動き回らなければならない。
──しかし悲しいかな百発百中の射手の前では、どんなに変則的な動きをしようとも、自分を追尾するかのように矢が迫ってきて、二秒ほどで再び足を止めてしまう。
身体に命中していないのは、これが訓練というだけで、この身近な時間の中で十回以上は死んでそうだとアスクは内心で涙を流す。
「
「ん……」
そんな必中の矢を放つ、味方とすればとても頼もしい高等部三年ペガサスの『
──香火は強靱な脚力にて、地面を強く蹴ってアスクとの距離を一気に詰め、手加減はあれど容赦のない一振りがアスクに振るわれる。
槍が迫り来るなか、アスクはちゃんとしないと訓練にならないのは分かっているけど、もうちょっとだけ優しくしてほしいなと思った。
+++
「──うん、段々動きが良くなってる! でも中には動くよりも放水したほうが良かった場面があるから、今度はそこを意識したほうがいいかも」
アスクたちは一戦が終わるごとに反省会をする形式をとっている。今回愛奈が気になったのは動くことに集中する余り、アスクのあらゆる毒を生成する〈
訓練では浴びたら一定時間動けなくなるなどのルールを設けた水となっているが、確かにいちどたりとも使うことなく終わってしまったなとアスクは素直に反省。
それを踏まえて、言い訳であると本人も自覚しているが、愛奈と香火のふたりが相手の時はそんな余裕マジでないんだよなぁと黄昏れる。
アスクの訓練はシフト表で予定が組まれており、『ペガサス』のコンビネーション訓練も兼ねて行なわれる。その中で最強の前衛と後衛コンビとなるこの二人が揃った時のタイムは明らかに他と比べてとても短かった。
とはいえ多種多様の『プレデター』、あるいは今後『ペガサス』との戦闘の可能性も考えれば、せめて愛奈香火コンビ相手でも三分は持たせたいなとアスクは高い目標を掲げる。
ちなみにふたり共、大規模侵攻で自身の専用ALISを失っており、量産型ALISを使用しており、難易度がセーブされている状態であるのは考えないことにしてる──のだが、識別番号04に指摘されて心の中の単眼が涙をこぼす。
「……んぅ……もっと“蛇筒”本体も活用する……そうすれば、変幻自在に動けるふわぁ……」
手振り身振りで意志疎通することができるようになってから、触手呼びされていた八本の管は、アスクの献身的な努力と奇跡によって呼び名が共通された。
その時の感動は今でも余韻に残っており、レガリア型の仲間一名からはうざがられている。
「ふふっ……駄目だよ、それじゃあ
夢と現を行き来する香火は話の途中であっても眠ってしまい。今のように現実の会話に夢の内容が挟まれる。
どうやら夢の中の自分は香火を楽しませているようでなによりだと、アスクは自分が海の中で蛸っぽく泳いでいるところを想像する。また同じような光景を浮かべたのか、愛奈がくすりと笑った。
「アスクは蛇筒もあるし、色んな効果がある液体を生成できるから選択肢がもの凄くあるの。だから逆にどれを使えばいいのか混乱する時があるんだよね?」
そうだとアスクは頷く。アスクの戦いのセンスが無いというのは攻撃において洗練された動きができないというのもあるがもうひとつ、瞬時に次の動作に移らないと行けない時に、考え込んで選択できないというのもあった。
なんでそうなってしまうのか、レガリアたちの間で生まれた考察としては『プレデター』という人外だからこそだという。
人間とは違い、五感という感覚が無いに等しく情報という形でしか体験できないこの身は、だからこそ肉体の反射神経というのが鈍く、全ての行動が思考によって稼働しているような、アスク自身そんなふうに感じるところが何度かあった。
つまり機械のAIのように全ての動きが意識的になっており、考えれば考えるほど動きが鈍くなり、かといって感情的になればなるほどガムシャラにしか動けなくなる。必死に逃げたり、誰かを助ける時のほうが動きにキレが生まれるのは、そういう理由なのだろうとアスク自身、納得できるものであった。
常人相手であれば、レガリア型のパワーで強引に勝てるかもしれないが、主な相手は多種多様で自分よりも巨体で強い力を持つ個体が当たり前のように存在する『プレデター』であり、〈魔眼〉と人としての強さを持つ『ペガサス』である。
──まあ、難しい話を置いといて、どんな理由があるにせよシンプルに戦うのが下手っぽいんだよね。
「だからこそ、もっと蛇筒を動かして慣らしていこうね!」
──愛奈と親指を立て合う。自身の〈
「それじゃあ二回目、しよっか」
愛奈のお誘いにもちろん喜んでとアスクは二回目の模擬戦を始めるために定位置につく、合図が出るまでの時間、腕を組んで初動をどうするか考える。
──ふと思いつく、上手く行けば大きく記録を更新できるかもしれないと試してみることにした。
「それじゃあ、はじめ!」
お菓子博打で勝ったのか、ほくほく顔になっている東海道ペガサスの開始の合図と共に、アスクは愛奈に目掛けて突撃する。
後衛潰しの定石手段。だけど愛奈たちにとってはもっとも狩りやすい動き。ただもちろんのこと破れかぶれの突撃ではなく、ある作戦を実行するためであった。
それは対ペガサス用というよりは、喜渡愛奈専用の対抗策。アスクは彼女へと接近しながら両手を合わせてとある形を作って前へと突き出した。
──名付けて、ペガサスハートアターック!
「……え!?」
自分へと唐突に向けられた“ハートマーク”に、愛奈は照れによって一瞬硬直する。それはアスクの脚力であれば距離を詰め切るのに充分な時間であった。
──よし、このままエナちゃんを確保どぶべぇ!!?
作戦は上手く行った。しかしすっかり頭から抜け落ちていたペガサス最強によって失敗に終わり、終了時間三秒と最短記録を更新した。
+++
──アスクヒドラの夜は長い。
生物兵器である『プレデター』には睡眠が必要無いためか、アスクは眠ることができない。これがある意味で『ペガサス』との決定的な違いである。
だけどアスクは苦とは思わなかった。特に学園に来てからは有り難みすら感じていた。
『ペガサス』たちが就寝している深夜帯、アスクは私室にて蛇筒で床を押してロッキングチェアを激し目に揺らしながらライトノベルを黙々と読みふけっていた。
──人外ものは、ためになるなぁ。
人外存在を主人公にした物語は創作であるが、色々と参考になることが多い。また自分が人外であるため感情移入をする事もあり、娯楽としてとても楽しめるものであった。
一冊を読みきり、続きを手に持とうとしたところで、アスクは時計を見て日付が変わったことに気付くと起き上がって電球製のカンテラを持った。
「──ん~……んぅ……」
私室にはアスクだけではなく、ソファで香火が毛布にくるまって寝ており、彼女の頭を優しく撫でる。
挙動制限がなくなったことで小細工をせずに、『ペガサス』に優しく触れられるようになったのが何よりも嬉しいことだった。
彼女はアスクが傍に居ると熟睡できる事から護衛も兼ねて就寝時は、基本的にアスクの私室で寝ていた。とはいえ他の『ペガサス』たちも気兼ねなく過ごす場所となっているため、香火だけというのは最近では珍しいほうだったりする。
「──行ってらっしゃい──すぅ──」
香火は、アスクと離れてしまうと起きたり寝たりを繰り返す状態に戻ってしまう。どうするか悩んでいるとき本人から負担になるのは嫌だとお願いされたことで、いまから行なう高等部寮の巡回の時は、ひとりで見回ったほうが何かと都合がいいとして彼女の意志に甘えることにした。
私室を出たアスクは習慣となった順路で高等部寮を回る。カンテラは周囲を淡く照らしているのみで光源としては頼りないが、アスクの視界は暗闇の中でもはっきりと見えている。光の役割は黒い甲冑のような外見の自分を示すためのものである。
アスクは日課として深夜帯に『ペガサス』の様子を確認して回っている。
アルテミス女学園高等部ペガサスたちは何かしらの心の傷を持っている、そのため寝静まる時間となると発作的に心を乱すことがある、そんな彼女たちに対してできることは少ないが、眠れなくなったというならば出来る限り傍に居てやりたいと始めたことだった。
──『
『
『
『
『
『
『
『
そして、アルテミス女学園高等部の最後のひとり。『
そんな愛奈の反応が寮の屋上にあった。ひとりで何かを待っているように動かない。
──見回りの最後に屋上へとやってきたアスクは、毛布にくるまって星空を見ている愛奈をすぐに見つける。
「……アスク」
アスクの甲冑のような身体は普通に歩くだけで、ガチャガチャと主張的な音が鳴る。静けさを壊してしまう音を、みんなはどう思って居るのか不安に思っていたが、来てくれたことが直ぐ分かると愛奈には好評だった。
『ペガサス』は風邪を引かないが、寒さは感じる。冷たくなってきた秋風を浴び続けると心の具合が悪くなりそうだとして、アスクは愛奈の傍へと寄ると胡座を掻いて、持ってきたクッションを足の上に置くと愛奈を座らせて、そして自分の巨体を纏えるほどの布に包む。
「暖かい……ん……」
──それから星を眺めているだけの時間がしばらく続いた。なにか言いたいことがあるのは分かっている。だけどもし自分が普通に話せるとしても聞くようなことはしないだろうと愛奈が話してくれるのを待つ。
「……たった数日……なんだけど……アスクが、こうやって来てくれなくなるって考えたら……月世が居てくれるのに……眠れなくて」
ぽつりぽつりと愛奈は話し始める。それは真嘉たちの転校に関係するものであった。
「アスクだけじゃない。真嘉たち二年のみんなに夜稀、ハジメやルビーたちも……たくさん学園から居なくなっちゃうって……もちろん、帰ってくるけど……分かってる」
最年長ペガサス。トップクラスの射撃の名手でもあり最強格。また心情を読み取って欲しい言葉を掛けてくれる彼女は、後輩たちから頼れる先輩として好かれている。
──しかし、その内側に潜む心はひどく小さく、そしていつ壊れてもおかしくなさそうなほど脆さを見せる。
「……真嘉たちが転校しないといけないことも……こんな風になったのが私が願ったからだってことも……」
みんなで生き残る。誰も“卒業”して欲しくない。あまりにも難しく子供の我が儘と言われても否定できない願い。
それは大規模侵攻で全員生き残ることができた理由なのかもしれない。だがいまは転校の話で大きな博打染みた策を打つことになってしまった理由である。
最初は十人いた同級生たち、高等部三年に上がった時には月世も昏睡状態になって彼女はひとりになった。
徐々に少なくなっていく大切な
「──でも、嫌だなって……ほんの少しでも我慢できないかもしれない……そんな自分にも嫌だなって……」
アスクに見せる弱々しい少女の本音。いまここに居るのは高等部三年ペガサスではなく、再びひとりぼっちになる事にひたすら脅える喜渡愛奈であった。
なにもこの様子をアスクに見せるのは初めてではなかった。だけど数日間離れ離れになる日が徐々に近づいてきているからか、その症状はいつにも増して深刻そうであった。
「私は……」
言葉がつまり、それ以降はなにも話さなくなる。付いていきたいと思ったのか、それとも学園に残って待っていると言いたかったのか、そのどちらにしろ優劣を決めることは、愛奈にはできなかった。
そういう意味でも愛奈は自分の言葉に動きが縛られていることがある種の救いになっているのかもしれない。
「絶対、絶対に帰ってきてね……!」
──愛奈と離れることはアスクだって酷く不安で心配だ。どうにかならないかと月世に会いに行ったことがあるが、返ってきた答えはどうにもならないという真剣なひと言であった。
最終的には自分や『勉強会』の子たちが全力でサポートしますと、月世の後押しもあって同意する事となったが、アスクもまた選べない片方を想い苦しみを感じて居た。
「──帰ってきてね──」
それからしばらく愛奈はあの日、初めて出会った時と同じく助けを請うように、何度もなんども 弱々しくアスクを求めた。
──快晴の星空であるのに、この日の夜はいつもよりも暗く思えた。アスクは愛奈の心が落ち着くまで、ずっと傍に居た。
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