第51話

【前書き】

明けまして、おめでとうございます。

今年もどうかよろしくお願いします。


――――――




『北陸聖女学園』への転校が知らされ、意志疎通の制限が緩和されたアスクとのダンスパーティを行なった深夜。

 生徒会長の『蝶番ちょうつがい野花のはな』の寝室に『すずり夜稀よき』が深刻な表情で尋ねてきた。


 ──先輩たちの転校に着いていきたい。


 長くなる夜稀との話し合いは、野花の無理だという一蹴から始まった。

 最初はなるべくお互いに理性的であろうとしたのか、表面上は穏やかな会話が続いたが、それは何時しか感情的になり気がつけば数時間経過しており、朝になっていた。

 叫んで咳き込んで飲んで、それでもどちらも止まらなかった。その時の事を後で思えば本気の喧嘩でもあったのかもしれないと夜稀は思った。


 そうやってお互いに一歩も引かないため平行線を引き続けるだけと思われた会話は、疲労と飲み物切れによる休憩タイムが挟まれたことである程度落ち着く事となり、終わりが見え始めた。


「──何度も言うけど、本当に分かってるんですよね? ──アスクだけじゃない──夜稀に何かあってもボクたちは詰んじゃうんですよ?」

「こっちも何度も言うけど分かってる。その自覚もある。だからこそ無茶だってのも分かってる。でも、それでも『北陸聖女学園』へとあたしも行きたいんだ」

「──理由は──理由を聞かせてください」

「だから、転校先の『北陸聖女学園』は話を聞く限り科学研究所でもある以上、学園から脱出するさいに防衛用の機械装置などが立ちはだかる可能性がある。それは先輩たちだけでは解決できないかもしれない、そう思ったから、あたしが同行するべきだと思ったの」

「ボクが言っているのは他の理由です」


 夜稀は言葉を詰まらせた。


「その理由だけでは──やりたくないけど──東海道ペガサスたちから、ひとり選んで同行してもらったほうがいいと思います、あの子たちは優秀です──だからといって本当に嫌ですけど──転校するまでのあいだに夜稀が自分の持ってる技術をできるかぎり教えて、着いていってもらったほうが絶対にいいですって!」

「……後輩と呼称することに違和感が生まれるほど小さな子に危険な場所へ行かせたくない。それに今から教えたって幾ら優秀でも付け焼き刃だと思うし……それに彼女たちは『北陸聖女学園』に大小なりともトラウマはあるから……た、頼みづらい……なんて……」

「──それはそう、ボクだって嫌、でも──でも夜稀、ものすごく目泳いでいますよ……東海道ペガサスの子たちは夜稀以上に戦闘能力も実践経験もあります──なんなら外での活動経験だって遙かに上──それに喉が乾きにくい──はっきり言って長時間の外出なら夜稀よりも適正が高いのはあの子たちのほうです」

「それは……そうだけど……」

「夜稀、遠慮しないって誓い──忘れたわけじゃないよね?」

「……忘れてないよ。でも言えないとか隠したいわけじゃないんだ。どう言語にしていいのか分からないもので、ほんの少しでも言葉を間違えたら、取り返しが付かなくなる気がして……、怖いんだ」

「──それじゃあ許可なんて出せません! ……夜稀という貴重な人材を失うリスクを取りたくない……なんて言うのはアスクに同行をお願いする事を決定した時点で──今更だよ──今更なんです」

「野花……」

「──ボクはもう目に見えないところで友達に居なくなってほしくない──知らないまま見送ることも出来ずに会えなくなると、どこかで生きているような気がして学校内を意味も無く探したりするんです──そんな日々にボクはもう戻りたくない……それにまた──間接的でも──友達を殺したくない」

「……第四分校の話を、『東海道ペガサス』から聞いたときに色んな事が頭に思い浮かび上がったんだ。嫌悪感とか拒絶感とか同じ目で見られたくないとか、そんな否定的な事を……でも、きっとそれに隠れて全く別のものも浮かんだ気がしたんだ」


 野花は言葉を詰まらせた。


「野花、あたしは直接『ペガサス』を殺傷した事は無い。でも……だからどれだけ酷な事を頼んでいるか分かるよ」

「……それでも、行きたいんですね」

「あたしだって、こっち側の『ペガサス』なんだ。なのにアスクやプテラの装備案も喉が渇くからって作れないままで居る、そんなのは後悔しか生まないって分かってるのに……だから“技術者”になるか“発明家”になるのか、それとも違う別の何かになるのか、──知らないと行けないんだ……!」

「──辛いよ?」

「こんなこと言うのは卑怯だろうけど……野花にだけは言われたくないよ」

「──本当に卑怯ですよ」

「野花、友達として一生のお願いだよ。ほんのちょっとでもいい。『北陸聖女学園』の校舎を直接見るだけでもいいから──あたしが外に出ることを許して」


 長い時間行なわれた話し合いは野花が折れる形となり、夜稀は高等部二年ペガサスたちの転校に同行する事となった。


 +++


 それから数日後“自立”の準備だけではなく、月末に出発する高等部二年ペガサス四名の『北陸聖女学園』への転校に向けた用意で、さらにアルテミス女学園高等部は忙しくなっていた。


「──ほぇ~、す、すごい……」

「すごいねー」


 毛先が紫色の金髪をハーフツインとしている『嫌干きらぼしキルコ』を筆頭に、“作業補助”の腕章を腕に巻いている『ムツミ』を含めた東海道ペガサス七名は訪れた室内の光景に圧倒されて、ぽかんと口を開けていた。


「なんていうか、綺麗な“お花畑”ね。悪くないわ」

「──気に入ってくれて良かった」


 また、その隣ではショートヘアーとなった『アイアンホース』のルビーもおり、彼女も滅多に見られない光景に、気分を良くしたのかにやりと笑みを浮かべた。

 そんな違うペガサス学校から“転校”してきた彼女たちの反応に、アルテミス女学園ペガサスである『すずり夜稀よき』が、まるで自分の事のように嬉しくなる。


「見た感じ、本当に全部が単一ワンオフ機なのね」

「こ、これ全部専用ALIS……」

「うん……ここ『専用倉庫』に眠るのは、アルテミス女学園高等部ペガサスに与えられた専用ALIS。あたしたちの先輩が在籍していたという証、遺された“手向けの花”が眠る場所だよ」


 夜稀は“工具箱”を床に置くの忘れて、そのまま手に持ちながら訪れたこの場所について話をはじめる。


 アルテミス女学園高等部ペガサスは、進学と共に『ALIS』を提供している東京地区から、個人ごとにデータを参照として製作された専用ALISが贈呈される。

 何十人と中に入っても余裕なほど広い倉庫内には専用ALISが壁や棚、展示台などに数多く飾られていた。

 見栄えのバランスは何も考えられておらず、多くの『ペガサス』たちが専用ALISを自由に、なるべく見栄えが良くなるように置いていったことが見て取れる。


「でも夜稀先輩、本当にいいんですか? ……こ、こういうのってちょっと、う、動かしていいのかなって……」

「呪われても、恨まれても今は使えるものは何でも使わないとでしょ?」

「……オカルトやスピリチュアルに関しては専門外だから発言を控えるけど、ここに有るのは『ALIS』だから……装備は使ってこそだよ」


 そう言って夜稀は手を合わせて目を瞑った。それにキルコたち東海道ペガサスとルビーも合わせて黙祷を捧げる。

『専用倉庫』に貯蔵されているものは、歴代の高等部ペガサスのもの、つまり持ち主は既に“卒業”しているものばかりであり、これらは夜稀の言うように遺された“手向けの花”であり、そして存在していたという証そのものであった。


 中には戦い抜いたのだろう、見て分かるほど破損しているものもあり、その中には『街林調査』にて発見して、帰ってきたものもあった。

 ボロボロになってもなお、自らを象った『ペガサス』が居たんだと主張するかのように野ざらしの状態で地面に刺さっていた、それを見た時は何か言いようのない感情が込み上げそうになったと発見者は語る。


「……遺された“手向けの花”ね。そういえば専用ALISは全部花の名前なんだっけ?」

「うん、どういう理由で命名されていたかは分からないけど……きっと意味はあるよ。技術者としての直感だけど」


 兵器というのは安定した量産品こそ至高である。それなのに活性化率がどれだけ上昇していても、短い時間しか戦えないとしても高等部へと進学した『ペガサス』に例外なく、己の生きてきた日々を象り生まれた専用の『ALIS』が与えられてくれる理由は、きっと悪いものじゃないと夜稀は信じている。


「……うん、それじゃあ、作業をはじめようか」

「あ、はい。それじゃあみんな、ご安全に……!」

「「「「「「「はーい!」」」」」」」


 キルコの号令とともに東海道ペガサスたちが作業を始める。夜稀たちが今回『専用倉庫』にやってきたのは、もしかしたら使う時が来るかも知れない。そんな時のため専用ALISのデータ取りと点検を行なうためである。

 学園内で使われている械刃重工製の第三世代量産型ALISは、専用ALISとは物が違うため比べて語るものではないが兵器としての総合的な利便性と強さは圧倒的に第三世代のほうが軍配があがるので、実の所わざわざ専用ALISを使う理由はほとんど存在しない。


 それでいて専用ALISは贈呈された『ペガサス』のみが使うことを想定して設計されているため、他の『ペガサス』が使用するとなれば、その癖の強さにむしろポテンシャルが落ちてしまうだろう。

 しかし、もしかしたら必要になるかもしれない時の備えとして、またホコリを被ったまま放置するのも気持ち的に良くないとして生徒会長の認可の下、手入れを加える事となった。


「差込口どこー?」

「あ、ここにあったよー」

「これ重いから一緒に下ろして」

「はーい!」


 東海道ペガサスたちは二人一組となって、専用ALISの必ず取り付けられている差込口を見つけては、タブレットと繋がっているコードを差し込んでデータを取っていく。


「あわわ!?」


 その手付きは、とても丁寧で尚且つ早く、これなら夕方には終わりそうだと夜稀が思っていると聞き慣れた悲鳴が聞こえた。


「わっ、あぶなかったー」

「ご、ごめん、ムツミ!」

「別にええよー」


 声のしたほうを見るとキルコが専用ALISを抱えており、相方となったムツミに支えられたいた。

 どうやら専用ALISを棚から下ろそうとしたとき、バランスを崩しそうになったらしい。


「あー、キルコまたドジしてるー」

「キルコ、けがしてないー?」

「ううっ、へ、平気……夜稀先輩ごめんなさい!」

「うん、怪我がないようにね」


 そんなキルコに年下の東海道ペガサスたちが声を掛ける。その内容はフランクなものであり先輩の態度にしては随分と気さくであるが、きちんと心配が含まれていることが分かる。

 先輩として舐められてはいるが慕われている統括者。それが東海道ペガサスたちを纏めるキルコの立ち位置となっていた。


「それじゃあ、ルビーも見せてもらうわね」

「うん、なにか気になるものがあったら呼んで」


 ルビーは倉庫内を歩き始めて専用ALISを見ていく、彼女がここにやってきたのは自分が使って合いそうなものがないか探すためだった。

『アイアンホース』が使用するのはK//G社製の銃型ALISであるが、アルテミス女学園では配布されておらず弾薬を補充できない。


 ルビーが使うショットガン型ALISの【KG4-SG/T3フォーティースリー】が使用する弾薬は大規模侵攻のさいに鉄道アイアンホース教育校の車掌教師たちが置いていった残りがまだある。しかし、その数は『街林調査』などで通常使いをしていれば、あっという間になくなってしまうほどであり、節約する事が求められた。


 そのためルビーは基本的に『第三世代ALIS・片手剣』を主装備として『街林調査』を行なっており、『アイアンホース』としての癖か『専用倉庫』のことが話題に出たとき他に適した『ALIS』がありそうなら探してみようと同行を申し出た。


「でも、本当に異常な光景ね。これら全てが『ペガサス』、ひとりひとりに与えられた実戦用だなんて」

「うん、それはあたしも、そう思う」

「それでいて性能だけを見れば、どれも一級品でコストも尋常じゃないでしょ? ……頭おかしいわね〜」

「うん、それはそう、うん」


 兵器という観点からでは専用ALISは異常というルビーの意見に、夜稀は思わず持ったままになっている“工具箱”を見ながら同意するしかなかった。


「だからこそ戦う以外にも、きっと違う思いが込められていると思う……これも技術者としての直感だけどね」

「そう、結構好きよ、そういうの……ん、夜稀、これ良さそうだからちょっと見て」

「分かった」


 ルビーが手に取ったのは、まるで十字架のように見える西洋剣ロングソード型の専用ALIS。鞘にしまわれた刀身は全長80センチほどと対プレデターを想定している『ALIS』にしては小振りであり、小型種向けのもののように見える。他と比べて目立った装飾が施されているのもあって実践で使われるものというかは儀式用に見えた。


「軽いし刀身も長さもちょうどいいわね。これならもしもの時は片手でも使えそうよ」

「見たまま西洋剣ロングソード型の専用ALISだね。調べるから貸して」


 ルビーからロングソード型ALISを受け取った夜稀は全体をざっと見渡すと柄頭を掴んで左に回し、引っ張る事でグリップの中に収納されていた緊急メンテナンス用の差込口を展開、床に置いた“工具箱”から有線を伸ばして接続する。


「手慣れているわねぇ」

「ずっとこればっかりやってきたからね」


 すると“工具箱”の表面に埋められているパネルが光ったかと思えば蓋が開いた。

 工具が綺麗に整頓されてしまわれている以外にも、その蓋裏には小型モニターが取り付けられており、ロングソード型ALISの情報が表示される。


「タブレット持っていないと思ったら、その工具箱についていたのね。便利ねぇ、ルビーも一個欲しいくらい」

「似たものは作れるけど、これは無理」

「あら、それだけ良いものなの?」

「うん、だってあたしの専用ALISだから」

「え、えぇ!? そうだったんですか!? あっ!?」

「わっ、っと、セーフ……キーちゃん、気を付けてないと怪我するよー?」

「ううっ、ごめん……」


 作業しながら夜稀の話に耳を傾けていたキルコが、いつも夜稀が使っている工具箱が専用ALISだった事を知って、驚きのあまりタブレットを落としかけたが、床にぶつかる寸前にムツミがキャッチしてことなきを得る。


「そういえば言ったことなかったね。改めてっていうのもおかしいけど、これが『硯夜稀』に与えられた専用ALIS──【プラタナス】だよ」


 工具箱として工具を持ち運ぶだけではなく、多方面から持ち主の作業をサポートする事に特化した工具箱専用ALIS【プラタナス】。

 まさか夜稀の愛用の工具箱の正体にキルコだけではなく、何名かの東海道の子たちも、そうだったんだと驚いた様子で夜稀を見た。


「ふーん、生徒会長のも大概だと思ったけど、専用ALISって本当になんでもありね」

「その通りだと思うけど……【プラタナス】は異例中の異例だと思う」


『ALIS』は『ペガサス』向けの装備全体を指す言葉であるが、そもそも『ペガサス』の装備となれば『プレデター』と戦うための兵器であることが大前提である。


 そのため前線向けでないにしろ、他の高等部一年ペガサスに与えられた短剣型の【サイプレス】や、ボウガン型の【ブルーベリー】など武器の形を保っている専用ALISと比べて、夜稀に与えられた【プラタナス】は、どう扱ったって『プレデター』と直接戦えるものではなく、専用ALISの中でも特殊なものとなっている。


「あたしも正直、どうして工具箱として来たのか分からないんだ」

「そう? むしろそれ以外考えられないって感じだけど?」

「自分でもそう思うけど専用ALISは本来、使用した量産型ALISのログデータを元に作られるんだけど……あたしは、今まできちんと戦ったことはないし、あったとしても工具箱型になるようなデータが取れていたとは思えない」

「『ALIS』を玩具にした時のがあるんじゃないの?」

「あるけど……それだと『ペガサス』に委ねすぎているというか……、どうにも納得ができない」


 夜稀は中等部時代に幾つか分解や調査をしていたが、それが果たしてデータとして残るかと言えば疑問である。

 また、もしそれらのデータを参照にして【プラタナス】が出来たとしても、これをどう扱って『プレデター』と戦うと考えられたのか断定できる物はなかった。


 ──確かに『プレデター』を殺傷できる物を開発したことはある。それは『ALIS』を使ったものであるが、使い捨てであったためデータが残るような事は無いはずだ。


「……何よりもやっぱり、データの出所が分からないのが怖い。この学園に無線ワイヤレス通信の類いが存在していないことは確認済みだし……まさか監視カメラの映像も参照にしているの、いやそんな筈は…………!」

「どうしたの? なにか問題でもあった? ……あー、大丈夫そうね」


 夜稀が話を中断したため何かトラブルでも起きたのかと心配になって顔を見れば、モニター画面を凝視しながらゆっくりと頬を吊り上げているのを見て、逆の意味で固まったのだと察した。

 どうやら、気になったロングソード型専用ALISは結構なものを秘めていたらしいとルビーは呆れた表情を作る。


「これ……凄いよ、電気を流すと刀身が性質変化するみたい。ほらこんな風に……ヤバくない!?」


 夜稀はロングソード型専用ALISを片手で持つと、もう片方の手で鞘から抜き放った剣先を摘まんで力を加えた。すると金属の刀身はいとも簡単に変形した。

 それは曲がったのではなく、竹のようなしなりであり、夜稀が剣先から手を離したら刀身は直ぐに元の直線へと綺麗に戻った。

 夜稀は子供のようにはしゃぎながら何度もそれを繰り返す。


「何もしなければ単なる剣だけど、実は刀身が微弱な電流を流すと硬度が変わる特殊金属であり、形状記憶合金。だとしてもこんなしなやかに形を変えられるなんて、いや、そもそも電流で変化するってどういうことなの? どうやって刃を入れたの? それに『接続反応』の発電量の調整をこんなに細かくできるなんて……本当に凄い、マジでヤバイ!」

「すごいことだけは分かった」


 ルビーは、とにかく凄いのだろうと感嘆の声を上げるが、あまり詳しくはないため本当に専用ALISって癖が強くて意味が分からないと思うぐらいで留まる。


「ほら、軽く振るうだけでも、こんな簡単に撓るよ!」

「良かったわね、でもいい年なんだから、こんな狭いところで刃物を振るんじゃないわよ」

「あ、ごめん……」


 好きな物で我を忘れるのは自分の戦友だけではないらしいと思いつつルビーは、興奮して周りが見えなくなったらしく、ロングソード型ALISを素振りしてしならせ続ける夜稀を制止させる。


「それにしても、刀身が撓る剣ね……」


 後で訓練所に持ち込んで具合を見るのは確定として自分の意志で撓る度合いを変えられる専用ALISが戦闘でどう効果を発揮するのか、ルビーは頭の中でシミュレーションする。


 ロングソード型専用ALISは面だけではなく、刃側面側もそれなりに曲がるようで、例えば振るったさいに、あるいは斬っている途中に撓ることによる弾力を加えられるなら、『アイアンホース』の筋力であれば片手でも充分『プレデター』の生物部位を斬れるほどの威力を出せるかもしれない。

 また剣を突き刺した時に、アシスト機能有りきだったとしても刺さり方次第では抜くのが大変だった時があるが、撓りを利用すれば楽に抜けるようにもなるかもしれないと幾つか利用方法を思い浮かべて、結論としてルビーは自分が求めていた物とピタリと一致するものかもしれないと思った。


「これなら【KG4-SG/T3フォーティースリー】と同時運用が出来そうで安心したわ」

「目立った損傷もないし、劣化もしていない。軽くメンテナンスすれば今日にでも使えると思うよ」

「そっ、よかった。じゃあその子の名前教えてちょうだい、あるんでしょ?」

「うん、【ナズナ】だって……本当にこれでいい?」

「ええ、一目惚れよ」


 ──笑って言うルビー。彼女が悩むことなく【ナズナ】を選んだことに自分の考えがおよばない運命的な力が働いたように感じた。その花の名前に秘められている意味を語ろうとして、きっと余計な事にしかならないと胸の中にしまう。


「……分かったよ。ルビーって明日は『街林調査』だっけ?」

「ええ、今日は超久しぶりの休暇だったの、何もすることなくてどうしようかと思ったけど、いい出会いがあって良かったわ」

「なら今日中に調整をしたほうがいいよね……みんな後の作業任せてもいい?」

「「「「「「「はーい!」」」」」」」

「ありがとう、キルコ、終わったらメンテナンスルームに来て」

「分かりました……!」

「あ、それとあそこの──」


 夜稀は頼み事をひとつキルコにしたあと【ナズナ】を明日の『街林調査』で使えるようにしたほうがいいと、データ取りは東海道ペガサスたちに任せてルビーと一緒に『専用倉庫』を出た。

 ここから一番近いメンテナンスルームへと向かう道中、直ぐにルビーが夜稀へと話しかける。


「東海道の子たち、小さいのに本当によくやるわね」

「キルコが言うには『中央ペガサス予備校』で生活していた子たちって聞いたけど、ルビーは何も知らないんだっけ?」

「ええ、私も施設育ちだけど“鉄道”のほうだから。でも“中央予備校”も久佐薙財閥が経営しているみたいだし、ルビーが居た施設と大差ない気がするわ」

「……その施設ってどんなところだったの?」

「『アイアンホース』の生産牧場」


 質問しないほうが良かったかなと、夜稀は常に持ち歩いている水筒の中身を飲んだ。


「まっ、商品扱いだったからか味気がないものばっかりだったけど飢えることなかったし、訓練は最悪だったけど特別暴力を振るわれた事も、罵声を浴びせられたことも無かったわ……それでも、ルビーにとっては退屈な場所でしかなかったけどね」

「そうだったんだ……」


 どう言葉を返していいか狼狽える夜稀に、ルビーはアルテミス女学園ペガサスのノリって難しいわねと話題を変えることにする。


「そういえば東海道の子たちに『北陸聖女学園』へ行くの大反対されたんだって?」

「……うん、白衣破けるかと思った」

「もの凄く慕われているじゃない、行くのやめたら?」

「お菓子のお姉さんには負けるよ」


『東海道ペガサス』がアルテミス女学園に来たのは、プテラリオスによって北陸聖女学園第四分校から助けられて連れてこられたからだった。

 彼女たちが北陸聖女学園に居たのは、ほんの僅かであったが後で知った事情も込みでトラウマになるのは当然であり、別の分校とはいえ碌でもない場所に夜稀が行くという話を聞いた東海道ペガサスたちは、数の暴力を活用して結構なごねかたをした。


 そんな沢山できた慕う後輩たちに夜稀は戸惑うことしかできず、説得しようとした『蝶番ちょうつがい野花のはな』は埋もれてしまい、最終的には高等部三年ペガサスのふたりが、みんなを宥めて説得してくれたことでその場は収まった。

 それからほぼ毎日、東海道ペガサスたちから不安そうな顔や泣きそうな顔で本当に行くのかと聞かれており、夜稀は申し訳なさから僅かな量であるがジュースを飲む量が増えた。


「……『北陸聖女学園』で、あたしたちがアルテミス女学園へと戻ろうとする時、想定される障害は『北陸聖女学園』に備えられている科学技術だと思う。それは『ペガサス』に対して有効的な性能を持っているかもしれない。そうなった時に必要になってくるのは技師の腕と知恵だと思うから、あたしが行きたいんだ」

「そう、でもトップが前線に向かうのは冗談と思われても仕方がない話よ。ルビーとしては東海道の子を同行させるほうがいいと思うわ。あの子たちは弱くないわよ」


 ルビーはさも当然のように夜稀の代わりに、『東海道ペガサス』の中から最も機械に優秀な子を選んで同行させるべきだと意見する。


「別に前線で戦わせるわけじゃないけど、もしもの時はあんたよりも確実に動けるわよ。それにあんたは学園でやることが沢山あるんでしょ? そっちはいいの?」


 アルテミス女学園へとやってきた『東海道ペガサス』は飛び級によって、規定年齢未満で『ペガサス』になった子たちが大半であり、それゆえに活性化率がとても上がりやすいため、直接的な戦闘には出さないと話し合って決められている。

 しかし一方で、彼女たちは中央ペガサス予備校にて赤ん坊の頃から『ペガサス』となるべく教育されてきた子たちであり、元いた東海道ペガサス教育センターでは何度か『プレデター』を相手取っている事があると本人たちが証言している。


 技工の腕は夜稀のほうがまだ上であるが、外での長期活動となると『東海道ペガサス』のほうが適しており、残りの時間夜稀は彼女たちの中から選び、自分の技術を教えこんで、送り出して、夜稀は学園に残って作業を進めるほうが合理的であるとルビーは語る。


「……分かってる。月世先輩にも言われたし、野花ともの凄く言い合いになったから……もしも、何かが起こったとき一番足を引っ張るのはあたしだってのも分かってる」


 現にストレスを感じると直ぐに喉を渇いてしまう『飲料中毒ドリンカー』という症状が、どんな風に迷惑を掛けるか想定するだけでも億劫になる。

 だけどと、夜稀は歩みを止めることなく答える。


「でも行きたいんだ。別にほんのちょっと、それこそ建物の外壁を見るだけでもいいんだ。話に聞いた『北陸聖女学園』がどんなものか、この眼で直接確かめないと……ふとしたとき手が止まって、そのまま動かなく成ってしまいそうで怖いんだよ……!」

「……そっ、まあちゃんと考えて決めたっていうなら、ルビーはもうとやかく言わないわ」


 平行して歩いていたルビーは、夜稀の胸元に拳をトンと優しく置いて足を止めさせる。


「生徒会長から、あんたの面倒を見て欲しいって命令されているの。だから安心して好きなだけ風景を見るなり、学校を見学するでなりしてちょうだい、ルビーが絶対に守って上げるから」

「……うん、ありがとう」

「そのためにもルビーの“相棒”が嫉妬するぐらい、【ナズナ新人】を綺麗にしてよね」

「分かった、完璧に仕上げてみせるよ……!」


 アルテミス女学園とは違う文化と言えばいいのか、ルビーの言動は夜稀からすれば怖い所は多々あるが、彼女の持つ竹を割ったような性格には心地よさすら感じていた。いちおう同じ学年として数えてはいるものの、まるで頼れる姉貴分のようであった。


「……ルビーって、どうして時々ハジメをグーで殴ってるの?」

「なにを言いたいのか分からないけど、アレはルビーのおやつまでチップにしようとしたアイツが悪いわよ」

「……ハジメって……何て言うか、食に関すると変わるよね」

「食い物に関しては“鉄道”に居たときから、その気はあったけどね。キモいキノコとかむしってそのまま食べた事もあるし」

「えぇ……」


 ──そんなルビーを助けられて、こうやって一緒に学園の中で生活できて良かったと、野花の手で“卒業”させないようにできて本当に良かったと思う。自分の持って居る技術が、選択が誰かを救えたっていう実績が、この上なく心を満たしてくれる。


 そう、自分が得てきた技術は誰かを助けるために使えばいい。もう自分の発明したものが『ペガサス』の“卒業”理由になることは嫌だ──。


「……夜稀? どうしたの? 運動不足かしら?」

「…………ううん、なんでもない、ちょっと考え事に没頭しただけ」


 ──足が止まったままである事に気付いた夜稀は再び歩き出した。この先のメンテナンスルームではない到着地点がなんで有るか知るのが怖い、そんな感情を押し隠して。



 +++



 ──アルフレッド・ノーベルという発明家を化け物だと思ったのは何時だったのだろうか?


 彼はより強力で安全な爆薬を作ろうとした。そして、その開発のさなか弟を含めた何人もの人間が事故で爆死した。

 しかし、ノーベルは己もその事故で怪我したのにも関わらず、開発を決して諦めなかった。


 そうして人類の発展を大きく躍進させる爆薬、ダイナマイトが生み出された。

 たくさんの工事現場で使われた。たくさんの戦場でも使われた。沢山の人の命がダイナマイトによって吹き飛んだ。


 記録によれば、ノーベルは己の発明したダイナマイトが戦争で使われること、それで人が死ぬことは実は予想の範囲内だったとされている。

 これが本当ならノーベルは己の発明で人が死ぬ事は、特になにも感じていなかったという事なのだろうか?


 強力な爆発物は何もかも吹き飛ばす、敵も、味方も、それでも彼は己の発明品を世に広めた。


 ──理解できない、あるいは理解したくないと心から思った。そのはずで、今でもそう思っているのは間違いない。


 でも、第四分校の話を聞いて、こんな事が許されていいのかと、こんな風には成りたくないのだと拒絶感に隠れながらも確かに浮かんだものが忘れられない。


 ────ずるいなぁ……。


 あたしはアルフレッド・ノーベルには成れない


 ────その筈だ。

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