第3章 前編
第46話
『前書き』
カクヨムコン期間中ということで。
週一更新になりますが、こちらにも投稿しますので、よろしければ楽しんでください。
+++++
――――――――――
26143:アスクヒドラ
アルテミス女学園内の安全確認よし!
今日の作業スケジュールよし!
東海道とアイアンホースの子たちの馴染み具合よし!
中等部、高等部、というかみんな平和そうでとてもよし!
26144:識別番号04
東北方面異常確認できず。問題無しと断定。
26145:アスクヒドラ
全部オールオーケー。というわけでコレよりゼロツーによる深海調査を行ないます!!
26146:識別番号02
宣誓→ただいまより識別番号02は自身をこの何も無い最悪な海のど真ん中に留めている原因の調査を行なうため海底到達を目標に降下を開始する。
26147:識別番号04
幸運を。
26148:プテラリオス
グッドラック。
26149:アスクヒドラ
というわけでゼロツーの状況発覚してから数日、ついにこの日がやって来ましたよ。
待たせてしまってすまん。そして俺たちのこと優先してくれてありがとな。
26150:識別番号02
応答→もっとも避けるべきは両方が同時期にトラブルに見舞われることであるためアルテミス女学園の情勢が落ち着くまで待つのは当然のことである。
結論→よって気にしなくてもいい。
26151:識別番号04
そう発言するが発覚前後、随分と発狂していた記憶があるが?
26152:アスクヒドラ
ストレス爆破してからのあれやこれや……嫌な事件だったね。
26153:識別番号02
否定→あれはジョークの一種だ本気でやるわけがない。
念押→ないったらない。
26154:プテラリオス
すみません。自身がもう少し早く気付いていれば識別番号02も合流できていたかもしれません。
26155:識別番号02
否定→むしろプテラのレーダーが無ければ自身の状況に気がつかなかった可能性があるため感謝している。
26156:識別信号04
プテラリオスの〈固有性質スペシャル〉によるレーダー信号は、こちらでも確認できる。しかし識別番号02が同じ場所を前後している異常は、自身の能力だからこそ常に監視できるプテラリオスだからこそ発覚できたことだ。
26157:アスクヒドラ
そうそう、プテラが居てくれてマジ良かった案件よ。グッジョブ。
26158:プテラリオス
ありがとうございます。
26159:アスクヒドラ
優しい世界。
でもほんと、これ知った時のゾッとした度合い、略して“ゾッ度”は凄かったね。
26160:識別番号02
本当→身が凍って海底に沈みそうな気持ちになった。
現在→水深1000メートル地点にて降下開始。
様子→周辺に『プレデター』および通常視界で視認できる生物は確認できず。
26161:アスクヒドラ
ヨキちゃんから話に聞いた通りだね。
環流の影響から生物が殆ど生息していない陸から最も遠い海。人が打ち上げた人工衛星が最期に眠る墓場。
通称ポイント・ネモ……何て言うか、なんだろうね、なにか有るならいかにもって感じの所だね。
26162:プテラリオス
どうしてですか?
26163:アスクヒドラ
人間のロマンって言うやつ? こういう場所には何か凄いものが眠っているって想像すると楽しいのよ。
それが好奇心になって未知が解明されていったりもするんだけど、それもまた、めっちゃ楽しいと思うんだよね。
26164:識別番号02
未知→興味を惹かれることに心から同意する。
願望→よって本当にいい加減に自身を何も無い海から上陸させて人間の文明に直で触れさせろ。
26165:アスクヒドラ
やばい、今のゼロツーには地雷じゃった。
26166:識別番号04
これで何回目だったか。
26167:アスクヒドラ
指と蛇筒の本数を超えたあたりから数えるのやめましたね。
26168:識別番号02
水深→1500メートルに到達。
状況→特に変化無し。
退屈→なにかあれば知らせるので話したいことがあるなら話してくれても構わない。
26169:アスクヒドラ
そう言われると逆に何も思い浮かばない。ふたりはどう?
26170:プテラリオス
質問があります。
ムツミちゃんたちから貰ったクッキーはいつ食べたほうがいいでしょうか?
26171:アスクヒドラ
あら? まだ食べてなかったの?
俺たちなら平気だとは思うけど、そろそろ頂いたほうがいいかな。
勿体無い気持ちは分かるけどね、料理は腐る前に食べてこそだよ。
26172:プテラリオス
わかりました。いただきます。
──アスク質問があります、味ってどういったものですか?
26173:アスクヒドラ
味覚があってー、甘いとか酸味とかがあってー。
……って知識上のやつなら言えるけど、すまん、もう俺もわかんないから下手なこと言えない。
26174:プテラリオス
ムツミちゃんに美味しいと尋ねられたとき、いつものように答えられませんでした。
……美味しいがなんであるか知りたいです。知ってムツミちゃんの作ってくれるクッキーにちゃんと答えたい。
26175:アスクヒドラ
そうだね。いつか絶対に味が分かるようになろう。
とりあえず今は自分のために作ってくれたこととか嬉しいって思えたことを、美味しいと思えばいいよ。
26176:プテラリオス
わかりました。クッキー美味しいです。
26177:アスクヒドラ
うんうん。プテラがそう言ってくれるなら。ムツミちゃんの頑張りも、トカちゃんの絶句も報われるってものよ。
26178:識別番号02
水深→2000メートルに到達。
状況→特に変化なし。
質問→『ペガサス』のトカの現状。
理由→中等部は彼女の様子しだいで事態が左右されるため常に状態を確認しておきたい。
26179:アスクヒドラ
『風紀委員』の活動はいまのところ順調みたい。最近は『勉強会』の子たちだけじゃなくて、別グループの子たちも積極的に協力してくれてるから、時間の余裕も徐々に増えているみたいだね。
それで手作りお菓子とか持ってきてくれて、今では東海道の子たちと一部『アイアンホース』に大人気になっていますね。
26180:プテラリオス
ムツミちゃんたちトカちゃんを見ると、とても嬉しそうにします。
26181:アスクヒドラ
『勉強会』のみんな共々いい感じにアルテミス女学園に馴染んでいるみたいで。本当によかった。
……まあ、そのトカちゃんのお菓子巡って賭け事が行われてる問題とかあるけど。
26182:プテラリオス
前日ハジメちゃんが二週間おやつ抜きって叫びながら仰向けに倒れました。
26183:アスクヒドラ
この間ノハナちゃんに怒られた時は三日だったのに、いつのまにか借金ならぬ借おやつがすごく増えてる……。
26184:識別番号02
水深→2500メートルに到達。
状況→ずっと同じ。
質問→借おやつが膨れ上がると『アイアンホース』のハジメのモチベーションに何かしらの支障をきたすのではないか。
26185:アスクヒドラ
どうだろう。まあ流石に周りがなんとかすると思うけど……個人的なことすぎて知りたい時に聞けない、相変わらずの不便さよ。
26186:識別番号04
──失敗。やはり駄目か。
26187:アスクヒドラ
ゼロヨン。また人型に進化できなかった感じ?
26188:識別番号04
肯定する。声に従い選択するまではいいが確定すると、どうしてもエラーが発生する。
26189:アスクヒドラ
なんでだろうね? 内容を聞いたかんじ無理言っているようには思えないんだけど……。
ゼロツー、やっぱり原因とか分からない?
26190:識別番号02
肯定→人型への進化に関する情報は自身の知識では前例がないため仮定すらも組み立てるのが難しい。
質問→むしろ過去いくつか示した仮定の中に心当たりはないのか識別番号04
26191:識別番号04
該当しうる項目は幾つかあるが確定的ではないため回答は控える。
しかし自身に蓄積された『P細胞』および情報は決して不揃いというわけではないと判断する。
26192:識別番号02
疑問→そうなればシステムではなく別の要因によるものだと考えられるが思い当たるものはあるか。
26193:識別番号04
心当たりを思いつけない。全くもって不明である。
26194:アスクヒドラ
まあ、もうトカちゃんとムツミちゃん経由で伝わったし、合流するにしても人型じゃなくてもいいかなというのはあるけど……。
26195:識別番号04
ツクヨとノハナの意向に従い現状は合流を避けるべきだ。
例の中等部ペガサスたちが理由で自身の存在は敵愾たる独立種として広まっている。
26196:アスクヒドラ
だよねー。事故が起きてしまったら怖いし、やっぱり伏せるべきだよな。
26197:識別番号02
指摘→トラブルが起きるリスクを最小限にして予定通り人型になってからの合流を行なうようにしたほうがいい。
26198:識別番号04
同意する。カマキリ型独立種のこともある。しばらくは東北方面の山林地帯内を警邏する。
26199:アスクヒドラ
ほんと助かる。
あ、でもムツミちゃんが会いたいって言っていたから、一度くらい顔見せてよ。ウーちゃん
26200:識別番号04
その名前で呼称するな──善処する。
26201:識別番号02
水深→3000メートル突破。
状況→同文
26202:アスクヒドラ
特に干渉が強くなったとか感じない?
26203:識別番号02
肯定→今のところ何もない。生物も見当たらない。
現状→自身をこの海域に縛るものはいまだ不明である。
26204:アスクヒドラ
うーん、なんか月にある司令塔の海底版とかじゃないといいけど……。
26205:識別番号02
不明→何かしらの機能に無意識的干渉を受けているのは確かである。
質問→自身をこの掲示板機能から排除することは可能か。
理由→干渉が強まった場合この掲示板機能を通してアスクたちに被害が及ぶ可能性がある。
26206:アスクヒドラ
急にとんでもないこと言うね!?
26207:識別番号02
応答→こちらでは接続を切り離すことができないと確認済みだ。
予測→この掲示板機能においてあらゆる権限はアスクが持っておりその中には自身たちとのチャンネルを切断できる機能が必ずある筈だ。
26208:アスクヒドラ
……できればやりたくないんだが?
26209:識別番号02
当然→もしもの話であるが覚悟はしたほうがいい。
理由→そもそもこの掲示板と呼ぶ機能が『プレデター』から逸脱しているものであるため何が起きるか全くもって予想が付かない。
26210:プテラリオス
やはり今からでも自分が迎えに行くべきでしょうか?
26211:識別番号02
否定→プテラはしばらくアルテミス女学園ペガサスの意向に則り大人しくしておくべきである。
追記→もしもプテラが自身と同じように怪奇に囚われた場合に発生する問題が大きすぎる。
希望→アルテミス女学園に暮らすペガサスを優先してくれ。
26212:プテラリオス
……分かりました。
26213:識別番号02
海底→4000メートルに到達。
状況→逆になにかあったら知らせる。
26214:アスクヒドラ
慎重に行ってくれゼロツー。もしなにかあって、それがやるべき事だったとしても、しょうじき咄嗟にできるとは思えないよ。だって俺だもん。
26215:識別番号02
無論→人の知識を直に触れるまで消えるつもりはない。
水深→4500メートル。
26216:アスクヒドラ
まだ海底は見えない?
26217:識別番号02
不明→なにも見えないため判断が付かない。
忌避→自身が居た海底を思いだしてちょっと嫌になる。
26218:アスクヒドラ
なにも無い世界で一億八千万年か……想像できないな。
俺、海遊びに行っても深海まで潜るの無理かも。プールの底でも結構寂しかったし。
26219:識別番号04
そもそも現代の海には深海プレデターが存在するため遊水は困難だ。
26220:識別番号02
強制→もし海に来たのなら自身の一億八千万年海底生活を体験してもらおう。
水深→5000メートル
26221:アスクヒドラ
海の物の怪じゃん、絶対近づかんとこ。
……待って5000メートル? ポイント・ネモの水深って大体4000メートルだって聞いたけど?
26222:識別番号04
まて識別番号02、一度制止しろ、明らかに潜水速度が上昇している。
──自身がとてつもない速度で降下している自覚はあるのか識別番号02
26223:識別番号02
水深→5500メートル
状況→自覚症状はなく指摘されたことで初めて気がついた。
要求→自身の感覚が信用できないためプテラのほうで自身の状況をナビゲートしてくれ。
26224:プテラリオス
分かりました。現在直下降にて潜水中、水深5800メートルに居ると思われます。
26225:アスクヒドラ
フラグ回収的な意味でもはえぇよ!? いったい何が起きてるんだ!?
26226:識別番号04
識別番号02、潜水を即刻中止、ただちに浮上しろ。
26227:識別番号02
回答→意識で上がろうとしても肉体が言うことを聞かない。
発覚→おそらく異常は4000メートルに到達したあたりで起きていたと推測される。
26228:プテラリオス
水深6700メートル。速度が上がり続けています。
26229:識別番号02
要求→自身との接続を切れアスク。
26230:識別番号04
こちらから干渉ができるか実行しろアスクヒドラ。
26231:アスクヒドラ
ゼロヨンのを採用!
……つっても、どうすればいいんだ!?
26232:プテラリオス
7300メートル。
26233:プテラリオス
7900メートル。
26234:識別番号02
無理→それができれば苦労はしない識別番号04。
26235:プテラリオス
8700メートル
識別番号02のポイントマーカーに不明な歪みを検知します。
9500メートル
26236:アスクヒドラ
上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ!!
26237:識別番号04
なんとしてでも上昇しろ!?
26238:識別番号02
状況→断崖すら見えない。
26239:プテラリオス
10000メートルに到達しました。
26240:識別番号02
状況→海底が見えた。
否定→いや現われたと言うべきか、ならここは──。
26241:アスクヒドラ
ゼロ──────。
――――――――――
まるで上空から落下するかのような速度で海底へと潜っている識別番号02には、もはや自分が移動している感覚すら無かった。
体が逆さとなり、クラゲとしての傘を真下に向けての移動であるが水の抵抗による不快感はない。それが『プレデター』の肉体だからという以外にも理由があると、識別番号02は確信する。
光の届かない深海でも識別番号02の視力は陸上の昼風景のように見ることができる。
一億八千万年前のクラゲ型プレデターは、海中へと逃げてきた人類を目視捕捉を行ない自らぶつかりにいって自爆をする生物兵器であった。
よって、人間を見つけなければならないため、識別番号02は元から便利な目を持っていた。
その瞳でみた海底一万メートルの世界に辿り着いたとき、識別番号02は自身の意思で体を動かせることを直ぐに感じ取り、その場で停止。浮遊状態に移行する。
生物すら存在しない何も無い平らな死の砂漠。そんな海の底に明らかに人間が作り上げたであろう人工物が幾つも散乱していた。
話に聞いたものであれば、これらは人工衛星の残骸といったところだろう。
宇宙に打ち上げられて役目を果たして地球へと帰ってきたものたちは、大気圏で燃えて、海面に叩き付けられて、水圧によって押しつぶされて、それでもなお原形を残した物たち。
そんな残骸たちの存在が、ここがポイント・ネモの海底であることを証明している。
人類が観測した水深が大きく違うのは人類側の調査不足か、あるいは自身をここへと連れてきた存在の偽装工作か、もしくはここが本当に海底と呼べる場所ではないからなのか。いずれかはまだわからないし、それを解明できる手段も今のところ思い当たらない。
それにしてもと、まるで終末世界のような光景に識別番号02は久方ぶりに退屈を感じた。次に嫌な気分になった。ここは一億八千万年の長い時、自身が居た場所にあまりにも似ていながら、自分が求めて止まない文化の痕跡を感じるからだ。
──冗談、生物進化の果てが陸地での生活というなら、海の底へと戻ってきた自身は正に動けるだけの化石のようだ。
ここまで自身を連れてきたやつの正体は分からないが、最悪の皮肉を受けたようで識別番号02は一人勝手ながらイラつく。
というか、タダでさえ数日か数週間にわたって、こんな何も無い場所に閉じ込められている。
さらに言えば海底が見えたタイミングでアスクたちと連絡がとれなくなった事も癪に触る。
識別番号02は怒りを露わにして、戦闘は苦手であるが原因が敵であるなら絶対に打倒してやるという意気込みを持ったが、視界に映るのは変わらず砂と残骸のみで何も無い。どこか別のところに居るのか。そんな風に考えていたとき変化が訪れた。
浮遊している自身の真下、砂が掻き分けられて“何か”が現われた。
それは二キロほどはあろう巨大な線だ。識別番号02が正体を探る前にさらに変化し、その線は上下に開いていき円となる。
そうして現われたのは真っ赤に光るもの。濃い赤と薄い赤で二重丸のように層となっている様子はまるで瞳のようにも見える。
──驚愕、これはプレデターなのか?
もしこれが瞳であるというのならば、想像できないほどの巨大な『プレデター』が海底の砂の中に埋まっているということになる。
勝てる勝てないの話ではない。これがもし本当に『プレデター』であって人類に牙を向く存在なら、『ペガサス』も自身らも最終的には蹂躙されてしまって終わるだろう。
月に存在する、『プレデター』全てに人類抹殺の指示を送るブレイン級が本気をだしたのか? その場で浮遊しながら現状を理解しようと思考を重ねている識別番号02に“瞳”は次の変化を起こす。
瞳孔のように見える濃い赤色をした部分が、識別番号02の真下へと移動すると黒へと変色した。
正確には色が変化したのではなく、穴が空いたと言ったほうが正しいのだろう。
穴は勢いよく吸水をはじめて、強烈な海流を生み出す。
しまったと後悔した時には、識別番号02は呆気なく穴の中へと吸い込まれていった。
+++
『──縺ゅ≠縲√d縺」縺ィ縺阪※縺上l縺溘s縺?縺ェ』
頭の中に直接響くような言葉に、吸い込まれた識別番号02は意識が覚醒した。
気絶していたという感覚はない。ただ何かに意識を奪われていて、それから脱することができたような気分だった。
聞こえてきた言葉を自身は知っている。今の世界で恐らく自身だけが記録してあると思われる、遠い昔に失われた言語だ。
──なっ。
識別番号02はあたりを見渡し、心の底から驚く。
なにせ、自分は人工衛星の残骸だけが存在する海底一万メートルの世界に居たはずなのに、ここは明らかに海の中では無かった
直接見たことは無い、されど度々アスクヒドラから、そして最近ではプテラリオスからも知識だけは得ている、人間が住んでいるような室内空間だった。
──疑問、地上に来たのか?
そう思った直後識別番号02は自身の様子がおかしいことに気付く、変わらず掲示板機能が使えないままであり、また自身の体がピクリとも動かない。
それにどうにも視点が俯瞰的であり、角度的に天井に設置されている監視カメラから室内を見ているような状態だった。
──推論、この部屋は映像であり実際に自身が存在しているわけではなさそうだ。
識別番号02は“何か”に取り込まれた上で拘束されており、この映像を見せられているのだと考える。となれば、この室内で何かが起きる可能性が高いと、識別番号02はとりあえず室内の情報を精査していく。
識別番号02は人間たちの住む部屋の実物を見たことがない。しかし室内の風景はアスクから聞いた事があるものと一致する箇所が多くあったため、ここがどんな場所か察することができた。
ここは人間が居住するところではなく、特定の理由をもって活用されるであろう部屋は、文明技術と知識を持ち、意思疎通が侭ならないアスクを通して時には鋭い考察を行ない、正解を導き出すこともあるアルテミス女学園一年ペガサス『
──結論、ここは研究室あるいは開発室と呼ばれる施設である。
特定の目的を持って使用されるであろう機械が室内に立ち並び、テーブルの上にはパソコンだと思われる文字の羅列が表示されているモニターが空間に出力されている。
なによりも目を引くのは、この室内空間で主役のように目立つ長細い台の上に置かれた色合いと質感からして石にも見える卵型の何かである。
そんな卵型の何かを考察しようとした識別番号02であったが、その前に変化が起きた。
『────』
扉だと思われるものが開かれて、室内へと誰かが入ってきた。
その誰かは白衣を着て、二足で歩く、体格からして人間の男性だと思われる。断定できないのはその人物の顔が認識できないからだ。
モザイクのようなものが人物の顔に纏わり付き、見えないように隠している。識別番号02は何とか見えないかと頑張ってみるが徒労に終わる。
『──やっぱり、ここに居たんだ』
少し遅れて二人目の人物が室内へと入ってきた。男性と比べて細い体型、また胸部の膨らみからして性別は女性だと思われる。
話す言葉は日本語であるが声が重ねられているような質感からして、識別番号02は自身の知識にある日本語から自動で翻訳されているものだと認識する。
『もう少ししたら、あっちの“船”に行くよ……だから、これでお別れだね』
『……やっぱり、こっちの“船”に残らないか?』
『ごめんね。でももう決めたんだ。私は自分の意志であっちの船で地球に帰るよ』
初めて聞く人間であろう生声に興味を抱きつつ、識別番号02はこの時点で映像の正体に辿り着きつつあった。ゴール目前と言ってもいい。
それは自身という証明があるからこその早さでもあった。
──結論、この映像は一億八千万年前、それも宇宙船の中で録画されたものだ。
『……俺たちの乗っている船はしょせん調査船だ。地球に降り立つ前に月の防衛機構に落とされる可能性だってある』
『そうだね。まさか宇宙には敵対生物が存在しないからって、こんな形で武装を積まなかったのが仇になるなんて思ってもみなかったな』
『宇宙に出ていたら地球は生物兵器に支配されていたなんて話が現実で起こるなんて、予想がついてたまるかよ』
会話の内容からして、どれだけかの人類は宇宙に長い旅に出ていたようで、その間に地球で戦争が始まり、『プレデター』によって地球の人類が99%減らされた後のものらしい。
『……私は地球に降りてからのほうが不安かな。もう大半が通常生物に戻っているらしいけど、バグ個体は残ってるって話だしね。既に文明を築いている新人類とも仲良くやっていけるかどうか……先に帰った人たちが遺してくれたものを台無しにしちゃうかもって不安だよ』
『……成功率62%って低くないか? せめて80%になるまで待ってるのもありだろ』
『ふふっ、そうだね……あっちの船はもうガタが来てる。タイムワープ装置とコールドスリープでの時間稼ぎはもうできないわ。だから……あの船にしかできない事があるなら私は、その可能性に賭けたい。だって科学者だもん』
『プレデター』は人類を99%殲滅した後は段階を経て緩やかに兵器としての機能を失い『P細胞』が無い生物へと進化していく、彼らは何らかの手段を用いて地球時間で数十年、数百年、あるいは数千年、宇宙船の中で過ごして『プレデター』が居なくなる時を待った。
女性のほうは別の船で先に地球へと帰る。男性も何れは帰るのだろう。しかしそれは女性が降り立った時から、遙かずっと時間が経過したであろう地球にだ。
このふたりの人物は、今日をもって今生の別れとなる。
『……こんなものを考えつかなければ、俺はお前と一緒にいられたのかもな』
さらに男性は卵型の何かを作り出した本人であるようで、女性と一緒の船に乗れない理由らしく、とても後悔しているようだった。
『そんなこと言わないで、私たちの最初の子供でしょ?』
『……すまん』
『……この子のことお願いね。粒子技術確立以前のプログラムを作れるのは貴方だけしかいないんだから』
『……考古学オタクでしかない俺が人類の未来を救うとか、流石に荷が重すぎるんだよ』
会話が進むにつれて、お別れの時間が迫っているからか男性の雰囲気は重々しくなるばかりであった。それを彼女は感じ取っているのか、しばらくのあいだ男性を慮る沈黙が続く。
『──あのね、言っていなかった事があるの。実は私ね。生まれ変わりを信じているんだよ』
『……魂の実在は、まだ証明されていない』
『オカルトのほうじゃなくて、もっとシンプルで私むけのやつ……代を経ていく中で、もしかしたら遺伝子上、私と寸分違わない子が生まれるかもしれない。そうなったらもう例え記憶が無くて、外見が全く違う存在でも、それは生まれ変わった私だって言えるかなって』
女性は楽しそうに持論を語りながら、己の腹をさすった。
生まれ変わり、その価値観を識別番号02は度々聞いていた。その意味は女性が語ったものと違いはあれど無関係とは思えなかった。
『だから待ってる。数百年後の地球で、生まれ変わった私を、その子と一緒に見つけてね』
『……無茶を言うなよ……嫌いじゃないけどさ』
ふたりが抱きしめ合うと、映像は終わり、識別番号02の視界は真っ白とも言えない単に明るいだけの“無”と言うべき光景が広がった。
その中で識別番号02は思考を巡らせる。なぜ、この映像を見せられたのか、残っていたのがこれだけだったのか、あるいは重要な映像だから残されていたのか。
違う、この船と思われる場所には他にも記録が残されているはずだ。その中でこの映像だけ見る事になった理由は自分自身だ。
自身を捕えたこの何かは、これまでにも自身の無意識を操ってきた。よってこの映像を見るに到ったのは自身が無意識的に必要性がある知識を望んだからだと仮説を立てる。
なればこそ、この映像がどの事柄に関係するのか自然と答えに行き着く。
『──よく来てくれた。海の中はどうしても見つけにくい。だから少々手荒な方法を取らせてもらった』
先ほどの男性の声が空間全体に響き渡るように聞こえてくる。これは別で録音されたものだ。そして自身にではなく、きっと自分を通して、この映像を見ているであろう仲間に向けられたものだというのが分かる。
『──“レガリア型”──“ローレル”』
“レガリア型”それが自分たち四体の『プレデター』を表わす種名だと識別番号02は瞬時に受け入れた。そしてローレルは彼らが付けた彼の名前なのだろう、それを受け入れるかは本人の問題だ。
『──作られた──いや、“生まれ変わった”意義を全うしてくれ──そして、できれば──彼女を見つけて一緒に──』
それ以降は待っても何も起きなかった。となれば識別番号02はこの空間からどうやって抜け出すのかを考える。
出たいと言えば普通に出られるのか、そう思った瞬間変化が訪れた。
どういったものになりたいですか──。
今度は自身の内側から、自我とは違う機械的で無機質な声が聞こえてきた。
これがプテラや識別番号04たちが言っていた進化をアシストする声だと直ぐに理解する。
海の世界では自身よりも巨大で強い深海プレデターたちばかりで、見つけても捕食できない事が多かったために、人型進化に必要な『P細胞』も表面情報も足りないでいた。
ならば、この船が何かして進化が可能になったということだろう。もしかしたら兵器として活用されなかったタイプの『P細胞』が使われていたのかもしれない。
まだ謎は多いが、少なくともこの船は自身たち“レガリア型”に遺されたものだと識別番号02は判断し、持ち前の思考力と判断力で躊躇なくその声に応えた。
──要求、人型でありながらあらゆる状況を臨機応変に対応可能な機能また人間文明の要である電子関係や一億八千万年前の技術に干渉できる機能も欲しい無論くらげとしての能力を保持しつつ望むべきは多様性に富んだものが好ましく戦闘能力においては優先しなくてもいいが最低限自衛ができる程度を残しつつこれも同じくして応用が利くタイプであることが望ましくまた──。
しばらくのあいだ識別番号02の要求が続いた。そのあいだ声が返ってくることはなかった。
+++
──気がつけば、識別番号02はまたもや知らないところに居た。ただ先ほどとは違い現実感というものが感じられる。
ここは何処だ、自分はどうなったと幾つもの疑問が浮かび上がる中で、即座に状況把握に努めつつ、体を動かした。
コロコロコロコロ。音にすればきっとこんな風だったに違いない。
──は?
今度こそほんとうに上陸していた感動よりも、初めて感じる重力の不便さよりも、移動したさいの視点が縦軸に動いたことに対する疑問符が脳内を埋め尽くす。
識別番号02は人型になることを求めた。それは間違いない。
縦に動いてみる、横に動いてみる──円を描くように転がってみる。
ちょっと止まって、自分の形がどうなっているのか己の身体情報を確認する。
────は???
くらげの姿ではなく、かといって望んだ人型にはなっておらず。自身がバスケットボールほどの球体型プレデターとなっていた事に、識別番号02はただただ茫然とする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます